時間稼ぎ
ざらざらとした感触が剥き出しの足に触れる。
砂でできているのだからさぞかし耐久性は低いのだろうと思うと、しかし確かな感触。思い切り踏みしめても崩れることはない。
流石はブルハさんだ、と畏怖の気持ちを強めつつ、俺は眼前に迫りくる剣を避けた。
「……シッ!!」
勇者は鋭く息を吐いて切り返す。
眩く光るそれにまつ毛が数本切り飛ばされるほど引きつけて、ぎりぎりで躱した。
苛立ちが募っていそうな彼を眺めていると、足元に隙があるぞと言わんばかりに蹴りが飛んでくる。まあこれくらいはラインとの修行で経験しているのだが。
やはり経験というのは偉大なもので、勇者の奇襲じみた攻撃も回避できた。反射的に拳を叩きこむ。けれども手ごたえはない。
大きく跳び退った彼は息を整えていた。はあ、はあと若干肩が上下する。俺は慣れたもので少々汗が滲んでいるばかり。
勇者の額からはかなりの汗が流れていた。
このゲームには隠しステータスのようなものがあるのだろう。例えば体力。ラインに無理矢理走らされる前よりも、確実に長時間動けるようになっているという実感がある。間違いなく勇者に勝っている点だ。
ちらりとHPバーを見る。まったく減っていない。無傷だ。
だがそれは当たり前。彼の攻撃力をもってすれば自分など一撃で殺される。
そして何度か俺の攻撃は当たっているのに、彼のHPも万全。攻撃力と防御力に差がありすぎて、少しは通用しているのだろうけど、目に見える形になっていない。
勝負は膠着状態に陥っていた。
ブルハさんがクローフィを助けたいのであれば立ち上がれと言ったあと、俺達は彼女が用意した儀式の場、砂の塔に上った。途中にトラップを用意して、クローフィを呼び戻すために必要な自分以外は、侵入者を止める役目を買って出てくれて。
涙が出そうだった。心臓が高鳴る。
こんな俺にも味方がいたんだと。
錬金術でクローフィを呼び戻すという目的を果たすためには、数えきれないほどの素材が必要だった。錬金術を使うメニューの下の方、数分間スクロールし続けた先に、ぽつんと記載されていた『憑霊の道標』というアイテム。効果は『HPが全損したNPCの意識をアイテムに移す。ただしNPCはHPを全損してから一時間以内でないと、意識を取り戻すことができない』と書いてある。
すべてを捧げた。
足りない素材は頭を擦りつけて、ブルハさんやおやっさんから譲ってもらった。
そして創り上げた憑霊の道標。すぐさま発動して、クローフィの意識を現世に呼び戻す。完全に効果が発動されるまでの時間が表示された。
それが三十分。
俺が勇者から、憑霊の道標を守り切らなくてはいけない時間だ。
勝負が膠着状態に陥るのは構わない。何故ならこちらの目的は時間稼ぎであり、彼に勝利する必要はないからである。
しかし明らかに無謀な挑戦であり、確実に俺は追い詰められていた。
例えばだ。勇者が範囲攻撃をしてきたとしよう。俺はどんな攻撃も躱さなければならない。ということは範囲攻撃も躱し、自分の後ろに鎮座する憑霊の道標はがら空きになる。
そこに命中する攻撃。このアイテムは時間が経過するまで干渉してはいけないという条件があり、攻撃が当たったら最後動かなくなる。
おしまいだ。二個目を作る余裕はないし、作ったとしても一時間が経過している。クローフィは完全に失われる。
着実に焦りが体を蝕み、動きがぎこちなくなっていくのを、何処か遠くから眺めているように感じていた。
いつの間にか近づいてきていた勇者の剣がローブの裾を千切る。真っ黒な切れ端が宙を舞った。
「せいやぁッ!!」
「…………っ!」
上体を思い切り倒す。
そこを大きく薙がれた刃が通過。
少しでも倒すのが遅れたら、今頃俺はポリゴンになっていただろう。
戦闘経験から来る勘に感謝しつつ、そのまま手をついて逆立ちのような体勢になり、勇者の頭目掛けて蹴りを放った。
大ぶりの攻撃だったために彼は隙を生み、クリーンヒット。
端正な頬に突き刺さった爪先が、柔らかい皮膚の先に固い歯があることを教えてくれる。流れるように立ちあがると仰け反っている勇者の足元を蹴り飛ばした。
「ぐっ……!」
距離を離さない。
続けて連撃。例えダメージが入っていなくても連撃。いくら大いなる壁に挑む蟻のごとき気持ちを持っても、いくら諦めたくなっても、迷いを振り切って攻撃する。
距離を離して範囲攻撃を放たれるとまずい。範囲攻撃の代名詞といえば魔法だ。近距離で発動できるものもあるが、そのほとんどが遠距離からのものである。相手に魔法を使わせないためにはひたすら近づくしかない。
しかし問題は彼が近づけば近づくほど強くなるということ。
やはり称号持ちは格が違うようで、自信を持っていた近接戦闘ですら互角、あるいは勇者の方が勝っている。
しかも戦いの時間が伸びるにつれて反応がよくなっている気がした。戦闘中に成長している。先程通用したはずの攻撃が掠るだけになり、やがて紙一重で避けられる。確実にカウンターを決められ、俺はなんとか回避するのに精いっぱいだ。
時間を稼げばいいという勝利条件がひどく遠くにあるように見える。
俺は真っ直ぐに突かれた剣先を流し目で見つつ、さらに前へと足を踏み込んだ。
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