凶報

 長らく壁の外側で戦いを終わらせようとしていたが、やはりそんな都合のいいことにはならないようで、残念なことに第三層目の壁までも攻略されてしまった。

 できる限り侵入する数を少なくしようとしても、一度入り込んでしまえば亀裂の入った堤防のように、プレイヤーが轟々と壁の向こうへと行ってしまう。

 


「クソ……!」



 苛立ちを舌打ちに変えて地面を蹴る。自分の遅い足が恨めしい。もしももっと速ければ、今目の前で壁を登っていくあいつを倒すことができるのに。

 そうやって文句を言っても仕方がないので、俺は諦めて反転した。気がつくと背後にプレイヤーが迫っていた。瞬間的な怒りが視野狭窄を引き起こしたのだ。

 振りかぶられた剣の間合いの内側に入るようにして、するりと足を運ぶ。まさか近づいてくるとは思っていなかった様子の彼は、ぎょっと顔をひきつらせた。



「あげる」

「え?」

「お金はいいよ。ツケといてやる」



 無理やり渡された挙げ句ツケまで背負わされるなんて可哀想に。

 俺は反射的に受け取ってしまった爆発ポーションを困惑しながら見つめるプレイヤーを眺めていた。あれはなんらかの衝撃がないと爆発しないから、そっとしておけばただの置物だ。それにしては見た目が仰々しいというか「いかにも」な感じだが、許容範囲内だろう。



 それを認めてしまえばこちらの戦い方が通用しなくなるので、ここ数時間ですっかり舌に馴染んだ呪文を唱えて、気色悪い寄生虫を召喚する。もしも寄生虫愛好家の方がおられたら申し訳ないのだが、小さいのであればともかく、あそこまで大きいロイコクロリディウムを見れば、誰でもそういう感想を抱くと思う。

 


 見慣れてきた俺ですらちょっと目を背けたくなるのだから、初めて見たであろう彼に至っては絶望である。

 急に現れた悪魔みたいな蛍光色のうにょうにょ。それに顔をさっと青くして、小さな子供が胸に抱いた人形を抱きしめるように、爆発ポーションを両手で握り込んだ。



 当然質の悪いガラスで作ってある爆発ポーションには容易く罅が入り、空気と内容物が接触して反応を起こす。僅かな時間の経過のあとに爆発を起こすと、彼はぷすぷすと煙を上げていた。

 一回でHPが全損しなかったのは幸運か不幸か。

 どちらかというと後者の方だと思うのだが、召喚されたロイコクロリディウムは自らの役目を果たそうと、おぞりおぞりと爆発の衝撃で腰を抜かしているプレイヤーの下へ這い寄っていく。



「や、やめろ……! オレのそばに近寄るなああ――ッ」



 哀れ。



 自然と溢れ出る涙をそっと拭うと、寄生虫の爆発と共に天へ召されていく彼の姿が見えるようだった。

 いや、普通にポリゴンになってデスルーラしてると思うけどさ。気分の問題。



 こうやって壁の向こうへ行くやつを少なくしているけど、手の届かない距離で少なくないプレイヤーが壁を登っていっている。今までの戦いでかなり減らしてきているから、流石に二十、三十はいないが。

 


「……まあ、大丈夫か」



 急いであちらへ向かおうとして、止まった足に頭を掻く。

 そもそもブルハさんの壁はクローフィの館を覆うように存在している。つまり中心部は館ということで、入口は一つしかない。ゲームのシステム的に外壁を破壊して侵入することはできないから、正面玄関を突破して入るしかないのだ。



 しかしそこで待っているのは俺が知っている限り最強の存在、ライン。

 あの勇者ですらも勝てる想像ができない、およそ比類すると思われるのがクローフィしかいないという化け物だ。なんで拳聖である彼女が味方してくれるのか、不思議でならない。

 ゲーム的に考えて強すぎないか? 仲間にいたらこれほど頼りになるのもそうはいないぞ。



 だから一度に数百とか襲いかからない限り、プレイヤーたちはラインに任せておけばいい。

 俺はここで壁の向こうへ行くやつを減らしていく。それだけに集中すればいいのだ。



「それにしても……」



 あの砂の塔・・・・・



 ブルハさんが「万が一のときのためだよ」と言いながら、石壁と同時に作っていたあれ。

 圧倒的な存在感を誇りながらも、ついぞ役目を果たすことのなかったあれ。

 一体あれはなんのために作られたのだろうか。ブルハさんのことだから、意味のないことはしないと思うのだが……。



 まあ念には念を入れてみたいなことだろう。俺は頭を振って余計な考えを脳内からはじき出した。

 おやっさんやブルハさん、サラにイザベル、ラインが協力してくれているのだ。この戦い、絶対に勝てる。勝利はすぐそこまで来ている。プレイヤーの残りは数えるほど。流石の勇者といっても、俺達が同時に戦えば必ず勝てる。



 間違いなく目前までやってきているのだ。いらないことを考えている余裕はない。

 


 そうだな、戦いに勝ったら、クローフィをどうしてやろうか。生きる希望を持たせるために何処か旅行をするのもいいかもしれない。流水が駄目とかいう吸血鬼だが、彼女ならなんてことないだろう。だって太陽すら克服しているのだから。

 俺のスピード的にのったりとしてしまうだろうが、そこは飲み込んでもらいたい。むしろゆっくりと旅行するほうが、じわじわ命に対する執着を持てそうでよいではないか。うん、そっちのほうが面白そうだ。



 ニヨニヨと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、戦後のことを考える俺。

 そのために、暗い表情をたたえながら歩き寄ってくるサラの姿に、なんら違和感を抱くことはなかった。



「……ポチ、さん」



 悲しげな声だった。今にも決壊して涙を流してしまいそうな、そんな声。



「……私は、伝えなくてはなりません」

「え?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ…………」



 ついに彼女は地面に膝をついて、その大きな双眸から大きな涙を流し始めた。



「く、クローフィさんが……っ」







「………………………………え?」







 ――クローフィが、殺された?

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