いつまでもこんな奴と戦えるか、俺は帰らせてもらう

 ふざけるんじゃねえ。

 どうしてお前がここにいるんだ。

 お願いしますから帰ってください。

 


 俺の中で彼女に対する考えが二転三転してひっくり返り、縦横無尽に駆け巡る。戦場もともに移り変わり、夜の森を夜鷹のように走り抜けていた。

 衣擦れの音すら大きく聞こえそうなそこは、しかし血湧き肉躍る戦いが繰り広げられている。

 鋭く磨き上げられた鉄の響きが、鈍く地面に突き刺さった。軽やかな見た目とは裏腹にずしりと重い一撃は、ギリギリで回避した俺の頬をかすめて、木の根に回復不可能なダメージを与える。



「環境破壊とは褒められたことじゃねぇな……!」

「爆弾を使う人に言われたくない」



 はて、なんのことだろうか。

 おそらく盤外戦術の類であろうトラッシュトークは聞き流し、懐から取り出した爆発ポーションを投げつける。流石の体捌きで避けられるも、僅かな隙ができた。果敢に奴の間合いに立ち入って蹴りを叩き込む。手応えはない。



「――シッ!」



 短く吐き出された息と一緒に迫りくる剣閃。

 いつの間に地から脱出したのか。もしや刺さっていなかったのでは、という疑問は、剣先に若干こびりついた土汚れによって否定される。

 普通ならば反射的に目を閉じるところ、俺はラインとの修業によって手に入れた精神力でもって、思い切り目を見開いた。ここで視界を塞ごうものなら、一瞬にして切り裂かれるだろう。そうなればHPに乏しい自分では即お陀仏だ。



 シロの目が細められ、空気を裁断する剣が向かい来る。あえて足を滑らせて重心を下に持っていき、滑らかに地面についた手を支点に攻撃。彼女の足元に蹴りを放つ。

 けれどもやはりというか、俺の渾身の一撃は容易く回避され、ひらひらと舞う蝶のように、シロはこちらから距離を取った。遠距離攻撃手段があまりない俺としては非情に嫌な距離だ。対して彼女は魔法など、遠くからも無慈悲な攻撃をすることができる。



 思考も刹那、反転して夜の森へ身を躍らせた。

 ぽかんとしたシロの表情がやけに印象に残ったが、いつまでもあいつの相手をしているわけにはいかない。



 少し遅れて「待て……!!」と地面を踏み込んだ音が響くのを聞きながら、するりと木を登っていく。一度視線を切ってしまえばこちらのもの。鍛え上げた隠密技術を存分に活かして、無事真下を通過していったシロに安堵のため息をついた。



「……ふう」



 クソ、ただでさえ勇者とかいうチート野郎を相手にしてるのに、ここで追加チート野郎(野郎ではないが)まで相手してられるかよ。そうじゃなくても他のプレイヤーを倒さないとまずいのに、何故か執拗に追ってくる彼女を撒くのにかなり時間がかかった。

 そう、どういうわけかシロは俺を蛇のごとく追ってきたのだ。戦いが始まって最初の頃、無駄な争いをしても意味がないので早々に退散しようとしたら、「ちょ待てよ」と言わんばかりにストーキングしてきて。ストーカーなどされたことのない俺でも、ストーカーをされたことのある人の気持ちが理解できてしまった。できれば一生解することのない人生を送りたかったぜ。



 とりあえずは一時休戦ということで、ひとまずの息抜き。

 俺は木の幹に背を預けながら空を見上げた。薄い雲が月にかかって、空全体がぼんやりと明るい。今更気づいたことだが、すでに月は天上の主人とでも言うかのように睥睨している。つまり吸血鬼にとってのゴールデンタイムということであるが、その吸血鬼であるところの俺には恩恵があまりないし、加えて吸血鬼代表であるクローフィも、そもそも戦うことを放棄している。

 畢竟、誰にとっても意味のない夜ということだ。



「よい子は寝る時間だぞ」



 たまたま森に迷い込んでしまったのだろう、小人系の種族でキャラメイクしたと思われるプレイヤーが、樹の下を歩いていた。俺は音もなく飛び降りると、全体重と重力の力で彼の頭に着地。現実だったら一切の例外なく首を折っていただろうが、やはりゲームなので、HPの全損という比較的温情な最期を迎える。



 火葬のようにポリゴンがあたりを明るく照らす森を進みながら、俺は顎に手を添えて考えていた。勇者についてだ。シロは街中に迷い込んでしまったヒグマみたいなもので、気にするだけ無駄というか、大きく戦況に影響は与えないという確信がある。

 一体どこから来るものなのかはわからないが、なんというか。簡単に言ってしまうと「俺の魂」がそう言っているというか。遺伝子? とかそこら辺の。漠然としたものが確信している。



 不思議な感覚だなぁ、と首を傾げながらも、思考は止めない。

 


 最大最強の敵。シロも同じくらい強いのだが、目的が違う気がする。勇者は間違いなくクローフィを倒すためにこの地に立っている。けれども彼女は戦うため……今となっては、と戦うためにここにいる気がするのだ。不思議なことに。



 どうしてあんな戦闘狂が生まれてしまったのかと眉間を揉みつつ、戻ってきた戦場でサラの伝達を聞く。どうやら依然として勇者は復帰していないようで、しかし第三層の壁の攻略も間もなくという。

 俺は勢いよく両頬を叩くと、「やるぞ!」と気合を入れ直した。

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