彼女が戦場に現れた訳
彼女がそれを知ったのは偶然だった。
「吸血鬼の真祖……?」
白い髪が揺れる。虫の翅のようなものが背中から数センチのところで浮いている、現実的とは言えない少女だ。ゲームの中なのだから、見渡せばいくらでも似たような者はいるが。
シロはたまたま目に入った掲示板で、やれ勇者だのレイドバトルだのと騒いでいるのを見る。
一緒にゲームを始めた友人は成績の悪化のため、しばらく使用禁止を食らったらしい。「ごめ゛ね゛ぇ」などと泣きついてくる姿が焼き付いていた。
ため息を付いて、シロはせっかくなので参加してみることにした。今までゲームの類はあまり遊んでこなかった彼女だが、最近はどっぷりと沼に使っている。まるで何処ぞのコミュ障のように。
そのため友人がいなかったとしても、シロがゲームを辞めるということはない。しかし暇なものは暇である。基本的に友人とともに行動してきた彼女は、これといってやりたいことがないのだ。だから偶然知った吸血鬼の真祖戦に参加することにする。
「うーん、結構遠い」
掲示板に貼り付けられていたマップは、現在攻略されている最前線からすると、かなりの後方に位置していた。便利なワープ機能など死亡したときにしか使えないので、それこそ廃人などと呼ばれるプレイヤーは、ほとんどが参加することを見送るだろう。
自称廃人の友人に付き合っていたシロは、やはり最前線の近くにいた。ここから吸血鬼の真祖がいる場所へ行くには、ゲーム内時間で三日ほどだろうか。
けれどもいい暇つぶしになるということで、彼女は出発した。その先に何が待つかなど考えずに。
道中のモンスターは、進めば進むほどに弱くなっていった。
それはそうだ。ゲーム的な攻略ルートを逆走しているのだから。これでダンジョンやらに潜ろうものなら、雑魚狩りと不名誉なあだ名をつけられてしまうだろう。
ぼっちだとかコミュ障だとか、散々なあだ名を付けられていた――小さい頃の話。成長した今となっては、そもそも存在を認識されない――兄のことを思い出して、シロはそれを嫌った。戦闘は最小限に、できる限り最短ルートを通ってマップのところまで行く。
昼も夜もなく移動したおかげで、考えていたよりも早く着くことができた。丈の短い草を踏みつけると、戦場の匂いが鼻腔をくすぐる。自覚はしていないが、戦闘狂の気があるシロの腕がうずいた。
無意識のうちに腰に佩いた剣の柄に触って、にやりと口角を歪める。もちろんこれも自覚していない。仮にこの顔を写真に撮られて、『お前はこんなにあくどい顔をするような戦闘狂なのだよ大和撫子(笑)』とか言われても、シロは決して認めない。それどころか「レベルの低いコラ画像を見せてくるんじゃねーぞ」などとほざいて飛びかかるだろう。
自分を大和撫子だと思いこんでいる一般戦闘狂女性は、大きく破壊された石壁に目を細めた。
「……終わりかけ?」
戦火は煙となって空へ上がっている。間もなく夜が訪れようとしているから、正確に視認することは難しい。けれども、それを見ることで火元の位置は大体わかった。
最も外にある壁の状態からして、あれが破壊されたのはかなり前のことだ。規模から考えるに、中にも壁があるとしても全部で三層だろう。そして火元は三層目付近。終わってはいないだろうが、限りなく終わりに近い状態だ。
戦いに来たというのにお預けになるのは溜まったものではない。
自分を大和撫子だと思いこんでいる一般戦闘狂女性は、状況の理解も早々に走り出した。
崩れた石壁を踏み越えて、三メートルほどの高さを自由落下。地面に接触するその瞬間に、柔らかく膝を折った。何処かの真っ黒なローブを纏った不審者が使っていたような技術だ。見るだけで技術を習得したシロは、完全に殺した衝撃を流しながら立ち上がる。
第一層の壁と第二層の壁の間には、ほとんどプレイヤーがいなかった。「ほとんど」と表現したからには、少数ながらいる。しかし、大きな戦鎚を振り回す、おそらく鍛冶師によって足止めされていた。彼らの顔に同じく浮かぶのは諦め。
「おらあああああああああああああああ!!!!」
などと叫ぶ彼に諦めてしまっているのだ。
きっとシロも真正面から戦うとしたら、非情に厄介な相手となるだろう。というのも、どうにもその鍛冶師はパワーで押してくるようで、技術が介在する余地が少ない。つまりは純粋なステータス勝負になり、物理ステータスにバランスよく振っている彼女にとっては、打ち破りにくい敵となるのだ。
彼と戦ってもいいのだが、もともとシロがここまで訪れた理由は吸血鬼の真祖。疼く腕に首を傾げながら、彼女は逃げ惑うプレイヤーに紛れながら、第二層の壁を乗り越えた。
そして、そこが戦場の中心だ。
先ほどとは比べ物にならない数のプレイヤーが息巻いて、最後の壁を乗り越えようと移動している。しかし落とし穴や爆弾やまきびしなど、トラップが思うように行動させない。
シロがどうやって攻略しようかな、と指を顎に添えて考えていると、視界に見覚えのある黒いものが映った。
「――あっ」
身体は勝手に
やがて森の付近まで移動して、ついに彼女は奇襲を仕掛けた。
「……………………ポチ」
「今度勝つのは、私」
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