強敵再び

 戦いが始まってから太陽はだいぶ傾き、すでにあたりに夜の帳が降りてきていた。森に囲まれた静かな館は、しかし今日ばかりは破壊と喧騒に苛まれている。

 石壁の影は伸び、俺はそれに身を潜める。気分はさながら暗殺者。普段から気配を絶って生きている俺に隙はない。人間関係は隙だらけだが。隙間多すぎて感染症になる気がしない。



 プレイヤーの数はかなり減ってきており、目に見える形で動く人間は少ない。吸血鬼的なあれで暗視できるようになったのか、というと残念なことにそこら辺のやつと同じな俺は、影の中から外を眺める。第三層の壁は結構削られていた。比喩的な表現ではなく、物理的に。

 つまりは、やれ爆弾だの魔法だので、階段のようにされてしまったのだ。



 こちらとしては、せっかくブルハさんが作ってくれたものになんてことしてくれてんだ、と憤りたいところ。けれども戦争だからね。バナージ、悲しいね……。

 ちょちょぎれる涙を押さえる代わりに、アイテムボックスから取り出した爆発ポーションを投げつける。そこそこの勢いで飛んでいったそれは、綺麗な放物線を描き、戦いに疲れたのか木の根元で休憩していたプレイヤーに当たった。



 どかーん。



 気の抜ける音と振動が身体に響き、そろそろ戦いに戻るかと立ち上がる。

 獅子奮迅の戦いっぷりを見せてくれていたおやっさんも、流石に疲れたようで、今は壁の向こうで休憩している。俺とドクだけで戦線を維持しているのだ。

 それでも相手の数が減っているので、こうやって休憩を取る余裕も出てきた。思わず勝てるのでは、という慢心じみた未来予想をする。



「……駄目だ」



 しかし、とある顔が脳裏をよぎって、頬を叩く。

 勇者だ。やつは未だ姿を見せていない。第二層を攻略されたときから、彼は最前線に出てきていない。畢竟息を完全に入れているということで、ただでさえ強力なのに、こちらが疲労しているとなれば、多大なる不利を被ることになるだろう。



 やる気を入れて歩き出した。間もなく吸血鬼の本領が発揮できる夜が来る。ステータス上昇の恩恵は俺にはほとんどないが、相手の視界が潰れれば、かなり楽になる。

 闇に乗じてトラップを仕掛けまくれば、あの勇者であろうとそうそう上手く戦いを運べないはずだ。正面から戦ったら勝ち目などないが、別に正面から戦わなくてはいけないルールはない。卑怯上等、闇討ち上等。不意打ちをしてなんぼだ。



 そうやってプレイヤーの数を減らしていると、急に周りが静かになったことに気づいた。



「…………なんだ?」



 いくら夜の闇とはいえ、大規模戦闘が発生しているのだから無音にはなり得ない。もしも音が消えるとしたら、それは戦いが終わったその時だろう。けれども戦火はとどまることを知らず、現在も轟々と燃えたぎっていた。視界の隅で小刻みに増減するドクのHPバーがいい証拠だ。

 姿勢を低くして警戒する。こういうときは大体クソみたいな事が起きる。俺は詳しいんだ。教科書代わりの漫画とかラノベとかアニメで履修済み。

 問題は自体に対処する主人公がイケメンコミュ強であるということか。彼らはおしなべて優秀である。人間関係で円滑なコミュニケーションが取れるのに、戦いなどでも最良の結果をもぎってきやがる。どっちか俺にくれよ。



「…………さて」



 さわり、さわりと足元の草が揺れる。

 夜の匂いを運んできた風が、優しく頬を掠っていった。

 太陽は完全に地平線へと沈み込み、天上を目指す月が妖しく周囲を照らす。貼り付けたような満月だった。



 自分の呼吸音すら大きく聞こえる状況で、俺は確かに、背後の木が揺れるのを感じる。



「――ッ!」



 瞬間、剣光がひらめいた。視界の端に少々の明かり。それだけを頼りにして、眷属である杖を抜き放った。



「ぐうぅ……っ!!」

「…………ッ!!」



 思わず、呻いてしまうほどの力。

 噛み砕かんばかりに歯を食いしばり、地面に深く足を突き立てる。

 鋭く磨かれた剣が杖と拮抗し、油断すると今にも斬られそうだ。

 


 俺のSTRが少ないにも関わらず抵抗できているのは、ひとえにラインに鍛えてもらった技術ゆえだ。真っ向から立ち向かったらぶった切られるから、小刻みに力の向きを変える。

 柳のように、するりするりと。



 それでも完全に対応できるわけもなく、俺は大きく飛び退って相手の攻撃範囲から逃れた。



「はぁ、はぁ…………!」



 僅かな応対でも息が切れる。それだけ集中しなければいけない局面だった。

 眦を釣り上げて下手人を睨みつければ、白い髪が軽く揺れる。虫のような翅を持ち、けれども空を駆けるでもなく、魔法を使うのでもなく――サブウェポン的に用いたりはするが――剣でもって敵を打倒さんとするその姿。



 見覚えがある。じわりと嫌な気分が湧き上がってきた。下手をすると師匠を失っていた記憶だ。

 


「……………………シロォ……!!」

「………………ポチ」



 武闘会決勝戦。

 つらい戦いの再現が、行われようとしていた。

 彼女は鞘に戻した剣の柄に手をかけ、言葉少なに戦意を開放する。



「今度勝つのは、私」

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