例え美少女であろうと許されないこともある
強引に話を勧めた結果、二人は若干ギクシャクとした空気をまとっていたものの、なんとかイザベルの存在に納得したようだ。
今まで信仰していた対象であるイザベルが、まさか自分を認識していたなんて。推しに認知されたオタクのような態度で、サラは頬を緩ませている。
はっきり言って気持ち悪い。
いくら顔面偏差値が高かろうと、相応に薄気味悪い表情をしていれば、人類皆兄弟のお題目通りに評価は同じである。つまり百年の恋も冷める。別に俺彼女に恋してないけど。こっちにだって人を選ぶ権利くらいあるんすからね。
両手を頬に当てて腰をクネクネさせている、まともに見たら精神異常をきたしてしまいそうなサラからは目をそらした。この状態が二十分ほど続いている。はじめは生暖かい目を向けていた俺も、流石に共感できなくなってきている。
『あ、あの……サラは一体?』
「オタクの悲しき性というものです……」
困惑に満ちたイザベルの声に反応しつつ、懐から取り出したハンカチで目元をそっと拭う。まるで鏡でも見ているようで悲しみが深い。自分も傍から見たら「ああ」なんだろうなぁ、と考えると自己嫌悪と羞恥心で夜しか眠れなくなる。
学校の休み時間とか寝た振りをしてやり過ごす系ぼっちである俺にはキツイ状態異常だ。
まあそれはおいておいて、二人が互いに存在を認識したから、彼女らに情報伝達役を任せることができる。イザベルの絶対的な有利ポイントである「空からの視点」を有しているのは、何も彼女だけではないが、流石に他の保有者であるブルハさんに任せるのは、マルチタスクになりすぎてよろしくないだろう。
もしも俺が彼女の立場で、ブラック企業の上司よろしく仕事を増やしやがったら、まず間違いなくキレて屋上に行くはずだ。そのまま強力な魔法で吹き飛ばす。
――ということで二人に情報伝達役を任せたことを思い出していた。
何故自分が直接イザベルの発言を聞き入れないかと言うと、いくら存在を認知したとはいえ、信者でもない俺に言葉を伝えるのは消耗が激しいからだ。
戦いの時間が長くなることは戦闘前からわかっていた。そのため、ずっと前からイザベルを信仰し、現在進行系で世界唯一の信者であるサラに任せた。
デメリットとしては、やはりサラの移動速度の低さだろう。
流石に俺よりかは――認めるのはかなり癪であるが――速いけれど、そこそこ広い戦場でタイムラグなしに情報が伝わるかというと難しい。
第二層の壁が攻略されたために、残りの壁は一枚だ。数時間前よりも範囲が狭まったから、サラに会う頻度は上がったが。
「ポチさんっ!」
今も壁の上で休憩していたところ、ぽたぽたと走り寄ってきたサラが汗を散らす。上下する肩の動きを意識して小さくすると、緩慢にそちらの方へ首を向けた。
彼女は長い間走り回っている。俺のように馬鹿みたいな修行をして、それなりの体力を得ているわけではないから、非情に疲労が溜まっているはずだ。証拠に額に髪が貼りつている。
けれどもサラは表情を気丈に構えていた。
「『勇者』は一旦最前線から引いたそうです」
「……そうですか」
ありがとうございます。
と、ただ友達だからという理由だけで助けてくれている彼女に感謝を伝える。それに僅かな口元の綻びを見せるが、耳に飛び込んできた鬨の声に硬くした。
それにしても勇者はこちらを舐めまくっているらしい。もはやキャンディーになった気分。それもキャラメルみたいに、噛んだら歯にくっついて取れなくなるやつ。
金髪の男の顔が浮かんで腹が立ったので、頭の中で殴りつけた。こういったイメージトレーニングは十分なのだが、実際に戦ったらボコボコにされるのが悲しいところ。
結構息が戻ってきたので、壁に預けていた体重を戻す。じっとりと熱を宿す脚をなだめながら、心配そうに俺の肩に手を置くサラに笑顔を向けた。するりとおもねりじみた動きで拘束もとい心配から脱出。
コミュ障ぼっちに美少女がさあ!!! 心配そうに手を置くとかさあ!! 死ねって言ってるようなもんだよね!!? こっちには訴訟の準備があるよ。
呆れたように鳴くドクがぴょんぴょんと何処かへ行ってしまう。もしかしたら逃してしまった別れのタイミングを作ってくれたのかもしれない。心のなかで彼にも感謝を伝えると、小さく「では」と言った。
「……! はい、一緒に頑張りましょう!」
おや、実は俺達って付き合ってたっけ?
などと氷河期が来たと錯覚してしまうほど寒い冗談は、胸の中の箱に閉じ込め、深く深く地面へと埋める。さながらタイムカプセルのように。それだといつかの未来で復活するじゃねぇか。これが黒歴史誕生の秘密だニャンですか。
壁の上へと手をかけていたプレイヤーに飛び蹴りを食らわせて、俺はむさ苦しい戦いに戻った。
ドクはといえば戦闘狂のように、あるいは熟練の暗殺者のように、さりげなくプレイヤーに近づいて、山盛りの状態異常を付与している。
自分が戦うとしたら絶対に相手したくないタイプだな。
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