絶望的な敵
壁の上から勇者を睨みつける。位置取りとしてはこちらの方が有利だ。その程度で埋まる差ではないが。
平野で真正面から戦うとして、俺と彼の力量の差は例えるならば象と蟻ってところだろうか。上を取っているから、それが象と亀レベルにはなったはず。
全く勝てる気がしないのは気のせいではない。
とりあえず小手調べ。
爆発ポーションを取り出して放り投げた。
「しっ」
俺としては切断なり回避なりをすると思っていたのだ。その様子を見て行動を決定しようとしていた。しかしどうだろう、勇者は予想していたいずれの動きも見せずに、優しく受け止めてみせる。
瞬間頭が真っ白に染まった。今までされたことのない対策だ。
その時間が良くなかった。彼は様になったフォームで投げ返してくる。俺が投げたときは比べ物にならない速度で迫りくる爆発ポーション。
慌てて上体を倒す。俗に言うマトリックス避けだ。
なんとか軌道上から外れることができた。石壁の影に身を隠して、大きく息を吐く。
「ふざけるなよ、あのチート野郎……!」
自分からしてみれば異次元の敵だ。何だよ爆発ポーションつかんで投げ返してくるって。あれ、ちょっとの刺激でも爆発するんだぞ? 質の悪いガラス瓶使ってるから。
ラインから教えられた技術に似たようなものがあるのを思い出した。インパクトの瞬間に身体を後ろに下げて、衝撃を上手く逃がすというものだ。よく漫画とかであるやつ。
きっと彼はそれを天性のセンスだけで為している。俺がDEXに極振りして、拳聖に弟子入りしてやっと習得した技術を、だ。
不満を吐くのも無理はないだろう。
まぁ、仕方がない。そんな相手に勝たなくてはいけないのは分かっていたことだ。条件が変わったわけでもない。むしろエクスカリバーとか抜いてこないだけマシか。
アイテムボックスから多くの武器を取り出した。一度で多数放り投げれば、一つくらい当たってくれるのでは、という期待からの行動だった。
タイミングを見計らって物陰から飛び出す。右手左手ローブの中のドク。
ものは試しと三つ投げてみることにした。
「はっ」
同時に爆発ポーションと麻痺ポーション、毒ポーションを放る。あの受け止めが片手で出来るとしても、一個はもろにぶつかる計算だ。切り抜けられると言うなら、どうやって切り抜けてみせる。
なんて賢しそうなことを考えていたのだが。
勇者は腰に佩いていた剣を引き抜くと、ひと振りですべてを切断した。
訳が分からない。もしかしてスキルだろうか。
「【飛空剣】ッ!」
「………………!!」
油断していた。まさか遠距離攻撃は出来ないと思っていた。
しかし彼が剣を振るうと、その軌道上に真っ白な光が走る。明らかに破壊力の高い攻撃だ。嫌な予感がしたために、全力で横に移動した。恐る恐る先程まで立っていた場所を見ると、大きく壁が削れている。
ブルハさんの魔法で召喚したものだぞ。それを一発で破壊するなんて。
今までこいつは本気を出していなかったに違いない。もしも勇者が本気を出して攻略をしていたなら、壁などすぐに破壊されていたはずだ。
「……ッ」
ぎり。
俺は強く歯を噛み締めた。なるほど、やつは主人公のようだ。風の噂に聞いただけだが彼は高校生らしい。普通はゲームにすべてをかけるプレイヤーには勝てないのに、それでもトッププレイヤーとして名を馳せている。どうもネームドボスを倒したりユニークスキルを持っているとか。
知ったことか。相手が誰だって勝つって決めたんだ。クローフィを守ると自分に誓ったんだ。たとえすべてが勇者の味方をしていたとしても、何度でも戦いを挑んでやる。何度負けても死ぬ気で館まで戻ってくる。絶対に諦めない。
そのすかした顔を歪ませてやる。最後まで立っていた者が勝者なんだ。
崩れた場所から登ってくる勇者に向かってカルトロップを撒いた。反射的に手で払ったようだが、別にぶつかったところで、ろくにダメージは入らない。ただ、相手の慣れた状況で戦いたくなかっただけ。
俺はよくマキビシを使うから、地面にそれが転がっている場所で戦い続けてきた。察するに彼はそんな搦手を使うタイプじゃないだろう。
しかし、そんななけなしのアイディアですら、容易く踏み潰された。
勇者の履いている黄金のブーツ。上を向いた金属が貫通しない。今までにない対応のされ方。まさか真正面から攻略されるなんて。
「クソが……!」
再び飛んでくる刃を回避しながら、俺は壁を飛び降りた。
あの攻撃は直線にしか進まないようなので、交わすこと自体は楽である。問題は遠くから戦っても近くで戦っても勝ち目が見えないことか。まだ近接戦闘は試していないが、一瞬で切り刻まれることが想像できる。
壁の下にはプレイヤーが多く屯している。それでも勇者と戦うよりは生存率が高い。落下の衝撃を逃がすついでに誰かの頭を蹴り飛ばして、俺は戦いの荒野に降り立った。
流石に仲間がいるところに斬撃は飛ばしてこないだろう。
そのまま身を隠して勇者の視線を切った。こうやって人混みに紛れるのは得意だ。普段から似たようなことをして過ごしてきたから。
それでも、俺の胸の中には多大なる敗北感が鎮座していた。
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