勇者との対峙
どれだけ戦い続けただろうか。体力の減少に伴って、体内時計の精度も落ちてきた。
滴り落ちる汗がローブを滲ませる。おかげで乾いた唇を舐めると、僅かにしょっぱかった。杖を落とさないように掌を擦り付ける。
まもなく第二層の壁も突破されそうだ。第一層目の壁の外で戦っていたおやっさんも、流石に戦況が移ったと見たか移動していた。今は俺の視線の先で一騎当千の働きをしている。
いやおかしいな??
もともと後方支援のために助けを求めて、自分も戦えるからとお願いした彼。それでも俺は思っていたのだ。いくらやる気があっても、鍛冶師だから戦えないだろうな、と。
錬金術師のような戦闘職ではないのだ。適材適所という言葉もある。命にだけは気を付けて、怪我のないように頑張ってほしいと思っていた。それがどうだ。
ふたを開けたら無双無双無双。俺の立つ瀬がない。とんでもない急流だった。
なんで鍛冶師のおやっさんがそんなに強いんだ? 理由を知っていそうなブルハさんに尋ねようとしても、「流石スタベンだね」みたいな雰囲気を醸し出して頷いているだけだし。
後方腕組み理解者(彼女)面だった。
しばらく首を捻っていたが、やがて諦めた。この世界には考えてはいけないことというのがあるんだ。どうして自分に友達が出来ないのか、とかな。
気を取り直してプレイヤーと戦うことを再開した。見てみれば今にも壁に上ってきそうな奴がいる。正面からぶつかると非常に不利だ。ここで叩いておきたい。
ということで壁にかかった指先を踏み潰して——靴を履いていないからあまり痛みはないだろうが——登れないようにする。彼は顔をしかめて落下していった。
「おまけね。感謝はしなくても良いよ」
爆発ポーションを自由落下させた。別に目的をもって投げたわけじゃないから、これで例え落下した先にプレイヤーがいたとしても俺は悪くない。だって偶然なのだ。雨粒が当たって天を責める者がいるだろうか。いやいない。それと同じように、たまたま爆発ポーションが降ってきて、運悪く自分に当たってしまうだけ。不幸な事故だヨ。
「ああああああああああああああ!!!!」
なんと! 真下で爆発に巻き込まれた無辜の民がいたらしい。カワイソス。後でお線香あげてあげるね。成仏してクレメンス。
さっと合掌すると次のターゲット目指して走り出した。壁からプレイヤーなんてなんぼキルしても困りませんからね。ドクもそう言っとる。な?
「きゅー」
はい正義立証完了。俺の勝ち。
走り抜けていくドクとすれ違いざまにハイタッチ(ドクは手がないから身体とだが)して、更なる戦いを求めて三千里。正直もう疲れたけど。
そのようにPKを重ねて、最初に比べるとだいぶ数が減ってきた頃。
これは館の正面で待つ最終防衛ライン(激うまギャグ)まで達さずに戦いが終わるんじゃないか、などと甘い考えすら湧いていた、そんなとき。
プレイヤーの一部から歓声が聞こえてきた。喜色満面、声音からでもこちら側が歓迎したくないことが起きたことが分かる。
思わず舌打ちを一つついて、いつまでもそんなことしていられないので様子を見に行った。運が良いのか悪いのか分からないが、現場は近かった。
そこの壁は少し崩れている。先程までは破壊されていなかったから、この一瞬で壊されたのだろう。大規模な魔法の起こりは見えなかった。つまり魔法攻撃による破壊ではなく、物理的な。
そんなことが出来るのはラインのような物理全振りな奴くらいだ。比較するのも烏滸がましいが、俺ではブルハさん印の壁にひび一つ入れるビジョンも見えなかった。爆発ポーションを連発しても、だ。
「勇者……!」
やっぱりそうか。この戦いが始まった理由。こいつがいなければ、もっと戦争は楽だった。むしろ始まりすらしなかったかもしれなかった。多くのプレイヤーが勇者のカリスマに惹かれて参加している。
そんな宿敵が立っていた。風に揺れる金髪。表情には疲れた様子が見えない。
奴も長時間の戦闘をしてきたはずだ。俺たちほどじゃないだろうが、疲労がたまるはず。そうじゃなくても罠も設置してあるのだ。消耗ゼロでここまで来るなんて不可能。
それでも彼の余裕そうな顔は崩せなかった。最強の敵にして、最も対峙したくなかった敵。
いつかの森でのことが頭を過った。奇襲をしても通用しない。正面から戦っても勝てない。ラインだったら勝てるだろうが、今この瞬間に連絡する手段はなかった。そしてみすみす逃がしてくれるような玉でもないだろう。
鋭く息を吐きだした。他のプレイヤーのことは頭から外す。意識を他に移していて勝てる相手じゃない。いや、すべてのリソースを費やしても勝てる気がしないが。
「あなたは……森の」
「覚えてたのか」
勇者は少し申し訳なさそうに口元を緩めた。申し訳ないと思うならそのまま帰ってくれ。お帰りはホログラムウィンドウを開いて、下にスクロールすれば出てくるぞ。ログアウトボタンって書いてある。
そんな戯言を吐いてみようかと思ったが、頭を振った。
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