迷える子羊を見捨てるなど
いやはや本当に久し振りである。おやっさんなどとは違い、会ったことが一度しかないというのも、その思いに拍車をかける。二人用のベンチのはずであるが僅かに存在する隙間に関係性が見えた。俺としてはこのまま滑り落ちて、くしゃみをしても大丈夫なくらいの距離を取ってもいいのだが。
「なにをされてたんですか?」
「……お茶会?」
不思議そうに首を傾げる姿が、後ろにある噴水に煌めいて美しい。金髪が陽の光に透けて輝いていた。でもこいつ紅茶ジャンキーなんだよな……神様が引いちゃうくらい信仰心篤いんだよな。まぁアレは信仰心とはちょっと違いそうだけど。
それに一体何をしていたのかと聞かれても、緊張感を誤魔化すために茶を飲もうとしていたって答えるのも恥ずかしい。なので少しばかり聞こえの良いアンサー。
「あっ、そういえば茶葉は大丈夫ですか。また摘んだので良ければお裾分けしますよ」
「…………………………お願いします」
葛藤した。滅茶苦茶葛藤した。ドクがローブの中から「受け取ったらわかってるよなアァン?」みたいな圧力をかけてくるものだから、首を縦に振るのにものすごい力を必要としたのだ。でも人の好意を断れるはずがない。典型的な日本人なのです、私は。
何処から取り出したのか大量の茶葉が入ったバスケットを手渡される。
え、ほんとに何処から出した? もしかしてプレイヤーみたいなアイテムボックス的なのがあるのかな。じゃないと説明つかないよ。だって明らかに懐にしまえるサイズじゃないし。
きっと考えてはいけないことなのだろう。俺は大人しく恭しく茶葉を受け取れば良い。それだけでいいのだ。誰もそれ以上を求めていない。
「ありがと……す」
かすれかすれの感謝ではあったが、サラは嬉しそうにはにかんだ。そうしてもらえると俺としても頑張った甲斐があるってものよ。やっぱりコミュニケーションって楽しいね!!(白目)
じゃ、ということでと立ち上がる。
いつまでものんびりお話してる訳にはいかないから 。今こうしているうちにも戦いのゴングが鳴ってしまうかもしれないのだ。ぱっぱとクローフィの館に戻って準備をせねば。
「……なにかお困りなんですか」
「え」
立ち去ろうとしたのだが、サラに裾を掴まれた。つんのめって無様に顔面着地を披露してしまうところを、なんとか気合で回避する。DEXさんがここでも助けてくれた。DEXいつもありがとう!
さて冗談はさておき、俺は悩みがバレるようなことをしただろうか。別に相手がプレイヤーでないなら隠し通すことでもないが、進んで口外したい内容でもない。コミュ障だから喋りたくもない。そんなわけで彼女にはなにも伝えず去ろうとしていた。
それに宗教的に吸血鬼とか認めてなさそうだしね。あれ、じゃあ俺の種族が吸血鬼だってバレたら浄化されるのでは。清められた聖水とかぶっ掛けられたりしたら一発でお陀仏よ。
「……ど、うして?」
「……なんとなく、ですけど」
苦悩が渦巻いている感じがしました。とサラは言った。
陰キャは感情を隠すのが上手いからバレないと思っていたのだが、それ以上に彼女は聡いらしい。シスターの迷える子羊センサー的なものだろうか。誰も信者がいなさそうな宗教だから相談しに行く人もいないと思うけど。
俺は頭を掻きながら振り返った。裾は既に解き放たれており、逃げようとすればいつでも逃げ出せる。いや多分スピードの問題で捕まるな、やっぱり。
心配そうに向けられる双眸に胸が痛んだ。これでなんでもないですなんて言おうものなら、悲しそうに細められる瞳が容易に想像できる。ただでさえ異性のそういう表情に弱いのに、原因が自分となったら爆散して死ぬかも。
「実は――」
たどたどしく、俺は彼女の反応を伺いながら話していった。自分の種族のこと、クローフィのこと、多くの人に狙われて襲われること、それに対抗するために助けを求めていること。
もちろんサラには協力してもらおうと思っていないから安心して欲しい。そう呟いたときに、彼女の目元に輝いていたものにギョッとした。
「……私は、そんなに頼りないですか?」
はらはらと涙が流れ落ちる。
白い頬に一筋のあとを残して光は消えた。しかし俺の胸には強く残っている。
「そ、んな……ことは……」
「じゃあ私も頼ってくださいよ。友達ですよね」
彼女は俺の手を抱きしめて弱々しく漏らした。声は震えており感情がそのまま零れ出てきたようだ。思わず俺も手を握り返して、宗教の関係で頼れないと思っていたと話す。
「ポチさんが何者でも関係ありません。きっとイザベル様も許してくださいます。知ってますか? あのお方は決して困ってる人を見捨てなかったんですよ。だったら私もその通りに行動します。なにより、友達が悩んでいるのを見放すなんて出来ません」
「サラ……」
なんだろう、俺も泣きそうだ。こんなに誰かに気持ちを向けられたのは初めてかもしれない。それがNPCだろうと関係ない。確かに目の前で息づいている姿を見れば、そんなこと頭から吹き飛ぶ。
「あ、ありがとう……!」
感情が高ぶってサラを抱きしめてしまった。まずいと思って一瞬で離れようとしたのだが、彼女の方からも背中に手を回される。身体能力の差で脱出は不可能になってしまった。
そして今更ながらこの場に沢山の人がいることを思い出した。会話の内容は小声でやり取りしていたから聞かれていないだろうが、抱きしめたりられたりの光景はばっちりと見られているわけで。
ギギギ……と音がなりそうな動きであたりを見渡してみれば、生暖かい目を向けてくる皆様方。あー、これは勘違いされてますね間違いない。
ちょんちょんとサラの背を突いて、あたりを指差す。不思議そうに視線を向けた彼女は何度か瞬きをしたあと、顔を真赤にした。
「すっ、すいませぇぇぇぇぇん!!」
俺とサラは居た堪れない空気から逃げ出すために、全力で走り出したのであった。
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