最後の戦いの始まり

「……来たか」



 俺は屋敷の窓にかかっているカーテンから外を垣間見る。

 朝焼けの光に目を細めた。そして、それだけが理由ではない。

 もはや数えるのが嫌になるほどのプレイヤー。総勢ぱっと見数百から千はいかないくらいのプレイヤーが、ここを目指して歩いてきている。



 珍しくドクが緊張しているのか固い鳴き声を発した。

 それに反応する余裕はなく、ゴクリと粘度の高い唾を飲み込む。

 カーテンを閉めた。もはや屋敷は戦場になる。聞いてくれるとは思わないが、クローフィのところへ行くべきだろう。



 柔らかいカーペットを踏み潰しながら、クローフィの部屋に向かう。

 見えないのに多くのプレイヤーの息遣いが聞こえてくるようだ。頭を振って追い出した。

 瀟洒な造りの扉をノックして、そっと開く。



「ポチか」



 堂々と魔王とかが座っていそうな椅子に腰掛けるは、真祖の吸血鬼、クローフィ。

 逃げ出そうとする気配すら見せず、ゆったりと足を組み替えた。



「……もうすぐ、来、ます」

「あぁ。八百二十四といったところか? 有象無象もここまで集まれば壮観じゃの」



 なにかが見えているのか、彼女は宙をぼんやりと眺めた。

 俺はそれ以上何も言わない。いや、最後にとんでもないことを口走ってやろうかと、悪戯な気持ちが首をもたげた。薄っすらと口の端を上げ、笑みを向ける。



「一生に一度の、お願いが……あ、あります」



 安っぽい前置きだが効果はあったようだ。



「ほぅ、言ってみろ。妾に叶えられるかわからんが。なにしろ風前の灯じゃからなぁ」



 自嘲するように頬杖を突くと、クローフィは続きを促してきた。

 いつもは海風に晒された看板のように錆びた舌が、今だけは流暢に滑り出す。



「俺がやつらをすべて倒せたら……いや、クローフィに呪いをかけた『勇者』を倒せたら、一つだけ言うことを聞いてください」

「クックック、無理難題じゃなぁ。お主一人でやり遂げるつもりか?」



 彼女は面白そうに目を細めた。王にかしずく臣下のように、膝をついていた俺は何も言わずに俯く。

 そうして沈黙でもって答えた。



「よかろう。最期の余興じゃ。せいぜい足掻いてみるが良い」

「えぇ、最後の余興です」



 そろりと腰を上げクローフィを見下ろす。こうしてみると随分と小さいのだな。

 そう考えたのがバレたか、彼女は不満気に眉を歪めた。

 怒られるのもつまらないので部屋から出る。血のように真っ赤な絨毯に足を沈め、音を立てないようにドアノブを捻った。



 お別れの挨拶でもしようかと思ったが、これから何度でもできるからとやめた。

 静かに腰を折って、扉の向こうへ消えていくクローフィを見送る。

 なかなかいい感じの臣下ムーブができたんじゃないか?



「きゅー」



 馬鹿げたことを言ってないでさっさと動け、と言わんばかりにドクがぶつかってくる。

 ごめんごめんと苦笑しつつ外へと向かった。屋敷を一歩出ればそこは修羅場だ。こうやってふざけていられるのも今のうちだろう。



「よし」



 頬を叩いて気を入れ直す。

 クローフィの館の場所がバレてから二週間が経過した。この間、周りにトラップを仕掛けたりちょっと街に行ったりしていたが、この程度で本当に大丈夫だろうか。 

 今更ながら不安が湧いてくる。まぁ後悔してももう遅いんだけど。



 掲示板を眺めながら最大限の準備はした。これ以上はない、ってくらい。

 だったらこのまま行くしかないんだ。やるしかない。



 自分の気持ちを代弁しているかのような音を立てる扉を開いて、外へと歩き出す。

 こうしているだけで地面が揺れているのを感じた。向かってくるプレイヤーの数が膨大であることを否が応にも理解する。流石に緊張するのかドクが固まっていた。



「はぁ……」



 ぽりぽりと頭を掻いてため息を吐く。



「――コミュ障ぼっちの本気、見せてやるか」



 ◇



 むせ返るほどの興奮が満ちている。

 多くのプレイヤーが足並みを揃えて歩いていた。参加人数はよくわからないが、ひたすら多い。ここまで参加人数が多いのは、公式イベントを含めてもないのではないだろうか。

 有名なプレイヤー、通称勇者が参加するということで、ネットでは大きな反響を呼んでいた。それこそムーブメントの目的を知らない者ですら行き先を共にするほどに。



「いやぁ、楽しみだな!」

「流石にテンション上がるぜ!」



 鎧を着込んだ男たちが語り合っている。

 腰に佩いた剣をガチャガチャと揺らしながら、期待感に詰まる胸を撫でた。



「真祖の吸血鬼討伐だろ? いくら強い敵だからって、こんなにいたら数分で倒せるよなぁ」

「いや、ネームドモンスターは一緒に戦うプレイヤーが多いほど強くなるから、その分手強くなると思うぞ」

「マジ? じゃあ本気だすか」



 パーティーメンバーの冷静な指摘に男は頬を引き攣らせる。今までネームドモンスターという特別な敵に遭遇したことはないが、まさかそんな仕様があるとは思わなかった。確かに、巷に飛び交っている情報によるとネームドモンスターを倒すと特別なアイテムやらスキルを手に入れられるらしい。そしてそれに応じた強さを誇る。

 そんなやつを数の暴力で討伐できるとすると、なんと肩透かしなことか。

 男たちは見えてきた禍々しい館に顔を顰め、プレイヤーを率いる者の号令で止まった。



「みんな、止まってくれ!」

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