不可能な勝利条件
「え……?」
疑問が息として口から漏れ出した。
クローフィは難しそうな顔をして腕を組んでいる。
状況が理解できていないドクが吹き飛ばされたことに不満を持って背中に体当たりしてきているが、それすらも意識のうちに入らない。
「妾が戻ってきたとき、不躾な者が門の前に立っておったのじゃ」
「で、でも、認識阻害――」
「あくまでも認識阻害、じゃ。完全に見えなくするわけではない」
そんな。
戦いで疲れていたとはいえ、他人の視線に敏感な俺が気付かないなんて……。
そうやって人を追跡するやつの目的なんて一つだ。真祖の吸血鬼、クローフィの討伐。掲示板で話題に出されていた彼女を討伐することに違いない。
今までクローフィが誰にも襲われなかったのは、彼女自身の高い実力もあるが、それ以上に認識阻害の魔法がかかっているこの屋敷にいたことが大きい。
呪いを受けている彼女が襲われれば、諦めて死を享受しようとするだろう。
そんなの認められない。俺のせいでクローフィが死ぬなんて……!
「じゃ、じゃあ今す、ぐ移動すれば……」
「どこへ行く? そうやって逃げてきた先がここじゃ」
「それでも……!」
倦怠感を纏ったクローフィはため息をつく。
そしていとしげな瞳を向けてきて、
「いいか、ポチ。妾はここで終わりなのじゃ。妾を生かそうとするその思いはありがたい、しかし不要。お主は新しく自分らしく生きていける場所を探せ」
ふっ、と口元を緩めて、彼女は部屋を出ていった。
その意思が固いことを悟ってしまった俺は止めることができない。
そもそも諸悪の根源がどうして止めることができようか。すべて俺が悪いのだ。俺がいなければきっと、こんなことにはならなかった……。
「クソ……!」
力なく床を叩く。
鈍い痛みすら今は欲しかった。
自分を罰する何かが欲しかったのだ。
ドクが心配そうに近づいてくる。
すべてを投げ出してログアウトしようか、と思っていたところだった。
単眼すらないスライムの体だが、どこか強い意志を感じる。
まるで「もう諦めるのか」とでも言うようだ。くるりと反転すると、わずかに空いていた扉の隙間から外に出ていく。
「お、俺は……」
自分に何ができるのか。
以前掲示板で見たとき、プレイヤーの三割程度がクローフィ討伐に参加するという情報を得た。そんな中で、大して戦闘力があるわけじゃない俺に何ができる?
ラインのときになんとかできたのは、あれが一対一だったからだ。もしも一対多だったら、手も足も出ずに終わっていただろう。今回はそれだ。
「それでも……」
それでも。
クローフィを見殺しにするなんてできない。
「俺は……!」
床を思い切り殴りつける。自傷のためじゃない、自分に活を入れるためだ。
何を馬鹿げたことを考えていたのか。
俺はそんなに頭が回るほうじゃない。馬鹿なら馬鹿なりにやり遂げるべきだ。
ドクですらそれがわかっていた。
主人が躊躇していてどうするのか。
「やるぞ」
ドアノブを捻って部屋を出る。
するとドクが無言で佇んでおり、静かにローブに潜り込んできた。
確かな信頼を感じた。友達がいなくて、感じたことのないそれを。
熱い何かが胸に満ちる。
できるか、できないかじゃない。やるか、やらないかなんだ。
一人の力なんて大局に関係しない。これはゲームで、決められたルールだ。
それでもやるしかない。俺がやるんだ。
なるほど向かってくるプレイヤーをすべて倒すことはできないだろう。いくらレベルを上げてステータスを上げても、誰にもできないことだ。
しかし、一人を助けることはできる。
例え幾億の死の先でも、クローフィを生きながらえさせられたら、それだけで俺の勝ちだ。
「なんだ、簡単じゃないか」
俺の勝利条件は酷く単純。
クローフィを守り切る。
それだけだ。
◇
バトルロワイヤルのときの経験が役立っている。
館の周りにトラップを仕掛け、できる限りの時間を稼ぐ。
そうしてクローフィを逃がすことができたら最高だ。問題は彼女自身が逃げようとしないことだが。
苦笑しながらアイテムを作った。カルトロップを始めとするアイテム達だ。
浅い穴を掘って仕込むはポーション。素材を大量に注ぎ込んで、時間による破損をなくした特別品。
薄く土をかけてそれっぽくすれば、あっという間にトラップの完成だ。
「これだけじゃ足りないな……」
見渡せば凶器が散乱しているものの、未だ草原である。
無限の残機を利用した突貫をされれば終わり。
リスポーン地点が遠いために、一度HPを削りきれば早々戻ってこられなのが救いか。
それでも消耗戦を仕掛けられれば間違いなく負ける。
ということで物理的に行動を止めるために柵などを設置することにした。
大した障害になることはないだろうが、大勢で攻めてくるなら有効である。
一対百なら勝てなくとも、一対三くらいなら勝てる……かもしれないから。
「まずいな」
いくら楽観的な思考をしても、勝てるビジョンが思い浮かばない。
勝利条件が簡単でも成し遂げるのは難しい。難しいどころが実質不可能だ。
一人のプレイヤーが数百、あるいは数千のプレイヤーを相手取ろうとしているのだ、もしも成功させれば伝説だろう。もはやトッププレイヤーである。
……まぁ、不可能なだけで諦めないって決めたんだ。
俺はトラップ制作を手伝ってくれているドクを撫でて、気を入れ直した。
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