攻城戦
勇者の号令でプレイヤーたちが一斉に停止する。
俯瞰してみているものがいれば目を見開いただろう。それほどまでに揃った動きだった。
そして互いに面識のないプレイヤーたちが従ってしまうほどのカリスマ。
流石に勇者とも呼ばれる存在は、普通の人間とは一線を画しているのかもしれない。
「後ろの方の人たちは見えないかもしれないけど、真祖の吸血鬼が住んでいるという屋敷が見えてきた!」
総勢数百人のプレイヤーたちは、ざわざわと騒ぎ出した。
目的地がもうすぐだというのだから仕方ないことだろう。拡声器のようなものを使っているわけでもないのに、勇者の声はよく響く。屋敷が見えないほど集まっているプレイヤーたちだが、不思議とそのすべてに彼の声は聞こえていた。
ギリギリ人の肩を透かしてみれば屋敷が目に映るという位置にいた男が、つま先立ちをして前方を眺める。
確かに事前情報通り、禍々しい雰囲気を持つ屋敷だ。
しかしなんというか、違和感があるような……。
「――どうやら、即席の砦のようなものが築かれているようだ!」
掲示板に屋敷発見の報がされたときには、こんなものは存在しなかった。
ということはレイドバトルのようなものが発生するということで、ゲーム側が用意したのだろう。
流石に規模から考えてプレイヤーが築いたとは考えにくい。
なぜならその範囲は百メートルを優に超え、屋敷を中心に軽い城のようになっていたからだ。
柵を初めとした障害に飽き足らず、当然のように石壁や、なぜか
やはりゲーム運営が用意したものだろう、と勇者は断定した。
「面白くなってきたな」
「あぁ、レイドバトルだけかと思ってた」
「ダンジョン攻略みたいな要素まで追加してくれるとは、わかってるぅ」
「でも復活できないのが面倒くさいな」
「あー、リス地遠いもんな」
がやがやとプレイヤーたちが話し出す。
各々が纏っている鎧や剣がぶつかり合う音が合わさり、一種の化け物の鳴き声のようだ。
それだけの数を集めた勇者は口元を緩め、首を振って眉を引き締める。
「計画を練るからそれぞれ従ってくれ――なんて言わない! みんなは僕がいるからついてきたんじゃなくて、面白そうなイベントがあったから来ただけなんだから!」
そうだぞー、と気の抜けた笑い声じみた返答。
「だから自由に、各々好きに攻略して欲しい! じゃあ始めようか!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
一斉にプレイヤーたちは腕を上げ、鬨の声を発した。
びりびりと空気が震え、心の底からわくわくが湧き上がる。
せっかちな男が走り出したのを皮切りにして、彼らは一斉に屋敷目指して走り出した。
大地が揺れ、いかにも大規模戦闘である。
「うわああああああああ!?」
すると、先陣を切って柵を飛び越えたプレイヤーが叫んだ。
なんだなんだ。訝しげに他のプレイヤーがそちらに目をやる。
「うわぁ!!」
そこにいたのは……形容し難いが、強いて言うなら虫、だろうか。
巨大なブヨブヨとした虫……名をロイコクロリディウムという虫が這い回っている。
本能的におぞましさを感じ、皆がそこを避け始めた。自然と生まれた空間に、不幸にも入っていってしまったプレイヤーがまた一人。
「気持ち悪い!」
反射的に攻撃を仕掛けたが案外HPは少ないのか、簡単に削りきれてしまう。
拍子抜けし笑みを浮かべたが、ポリゴンと化さないことに違和感を覚えた。
他のモンスターはすぐに散り散りになるはずなんだが……。
と、思った瞬間。
直視したくないような液体を撒き散らしながら、ロイコクロリディウムは爆発した。
当然剣でもって攻撃したプレイヤーは巻き込まれる。
ぞっと顔を青くした彼は急いで逃げ出そうとした。
「……がっ、グッ!?」
しかし、彼は地面に倒れ込んで苦しみだした。
よく見てみれば頭上のHPバーに状態異常を表すアイコンが表示されている。
毒状態に、加えて麻痺状態だろうか。体全体に電気のようなものが走っていた。
少しずつではあるが固定ダメージが入りHPが減っていく。あと少しで状態異常が回復する、というときにまたロイコクロリディウムが現れた。
プレイヤーは絶望を瞳に満たす。
「ああああああああああ!!」
その後はもう語らなくともわかるだろう。
彼は容易く命を散らし、誰も近づかない空間が哀れな犠牲者を待ち望む。
虫が嫌いな一部のプレイヤーたちは顔を青くして、「入口にこんなのがいるんだったら中にはもっといるんじゃないか……!?」と戦線を離脱するものがいた。
全体からすればほんのわずかだが、確かに減ったのだ。
石壁の上から覗き見ていた真っ黒なローブを纏った人物が、そっと握りこぶしを作る。
フードが風に揺れ、中に被っていた狐の面を露出させた。
彼はプレイヤーたちが近づいてくるのを見ると、観察をやめて石壁から降りる。
階段を下っている最中に「やっぱりブルハさんすごいな……」と壁面を撫でていた。
戦乱の空気にその言葉は紛れ、誰の耳に入ることもない。
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