激戦の終わり
ガラス瓶が空気を抉って飛んでいく。内部の液体に月の光が乱反射した。
当然圧倒的な速度でもって回避されるが、本命ではなかったので落胆することはない。
後ろに回るのを視界の端で捉えながらタイミングを数える。
まだ……まだ…………ここ!
風が唸る音を聞いて上体を倒す。いや、倒すどころか地面に倒れ込んだ。
両手をついて一瞬逆立ち状態になる。一瞬どころか一時間だって修業によってできるようになったが、それもこれもこういうときのために、ラインが考え込んで課した修行だったのだ。
きっとそうだ。そうなんだ。だから脳裏によぎる哄笑する合法ロリは間違いなんだ。
それは置いておいて、意識の隙を突いた攻撃を回避されたのは衝撃を与えたのだろう。ヴァンパイアハンターは拳を振り抜いた状態で静止していた。
両足で胴体に蹴りを叩き込み、【反撃】が発動したか大きなダメージが入る。
やはり相手のステータスはAGI偏重となっているな。
「きゅー!」
空気のように草木に隠れていたドクが――スライムであるため、身体を薄くして丈の短い草の陰に隠れることも可能なのだ――喊声を上げる。気分は万の大群だ。
もろに体当たりが命中しヴァンパイアハンターが呻く。
すでに地を踏みしめていた俺は、腰を捻らせ勢いを乗せた拳を振るった。
「ヴォッ!?」
スキルを使って威力を増幅させる。
わずかに宙に浮いた彼を見ながら、回し蹴り。
MPが底をつきそうなのでスキルは使わなかった。
ドクがその種族の代名詞とも言える毒液を発射した。空気の抵抗を受け形を変えながら飛来する毒液は、地面を転がっていたヴァンパイアハンターに降り注ぐ。
頭上に状態異常を表すアイコンが現れ、固定ダメージを与え始めた。
俺は慣れた仕草で爆発ポーションを懐から取り出すと放り投げる。
さぁ、躱せるものなら躱してみろ。そのわずかなHPで、
「…………!」
彼も気付いたようだ。自分が今どこにいるのか。
この戦いが始まったとき、カルトロップをばら撒いた。戦いの最中に動き回ったせいで距離が空いていたものの、こうやって誘導してやったのだ。
彼は全身に突き刺さるカルトロップに苦しみながら、爆発ポーションを躱すのではなく
ほう……あれが爆発する条件が「ガラス瓶が割れ、中の液体が空気に触れること」であるというのがバレているのか。そうじゃなければあんな危険物を受け止めようとは思わないだろう。
が、無意味だ。
しっかりと両手に包まれた爆発ポーションは沈黙を保つように思われたが、自然とガラスに亀裂が入り、音を立てて割れた。
当然、耳を
炎に巻かれたヴァンパイアハンターの姿が見えなくなった。
さて、このゲームにおいて、出現させたアイテムというのはどういう扱いを受けるのだろうか。
それぞれに耐久値が存在する以上、いつかは壊れる。
では耐久値をゼロにすることで効力を発揮するアイテム……つまり爆発ポーションなどは、できる限り壊れる寸前にしておくほうがいいのではないか、と思うだろう。
しかし耐久値は自然と減っていく。例えば悪質なガラス瓶を使用したものはことさらに。
つまりはバランスなのだ。傷をつけるのはいいが油断すると自爆する、傷をつけなければ大きな衝撃を与えないと発動しない。
俺はやつのステータスに気付いたとき、手に持っていた爆発ポーションを
代わりに投げたのは新しく取り出したもの。持っていたのは隠れていたドクに渡した。
そうして体当たりする前に受け取った爆発ポーションを懐に収めて、タイミングを数えて使用したのだ。
「…………………………」
炎風がフードを押し上げる。いつもなら反射的に押さえていたが、今は月夜。吸血鬼にとって最も好ましい時間だ。厨二病の心をくすぐる仮面を晒しながら、ただ燃え盛る肉塊を睨み続けた。
「…………だろうなぁ、お前はその程度じゃ終わらないよ」
「ウオオォォォォォォォォォ!!!!」
瞬間、炎を切り裂いて現れるヴァンパイアハンター。
焼け焦げた香りを漂わせながら、それでも足取りは軽く瞳に殺意を滾らせている。
しかし流石に堪えたのか、完全に先程までの動きとは言えない。
「………………!」
過去の俺ならば容易く受けていたであろう攻撃を躱し、反撃に対してカウンターを入れようとしていた彼の腕を掴む。動揺したのかピクリと肩が跳ねた。
力を込めるは、格闘技において多く禁止になっている肘。
鋭く向けられたそれは鍛え上げられた感触を覚えながら、HPをすべて削りきった。
「ヴォォォォォォォォォォォ…………!!」
この世を恨んでいるような声を上げて、ヴァンパイアハンターはポリゴンと化した。
儚く散る敵だったものの破片を眺めながら、俺は月を見上げた。
仮面越しでも視界は確保されている。ここらへんはゲームらしい便利さだ。
「はぁ……」
腰が抜けた。
手をつくこともできず尻を打ち据える。
じんわりとした痛みが背骨に伝わってきて、身体を寒さに震わせた。
「きゅー」
ドクがぴょんぴょんと近づいてくる。そのまま胡座の間に収まってきて、まるで撫でろと言わんばかりに身体を擦り付けてきた。
苦笑しながらひんやり冷たい身体に手を置くと、疲れが吐息になって溶け出す。
あたりに音はない。ただ自分の呼吸音と風が吹き抜けるだけで、先程までの激戦の気配はなくなっていた。
「……勝った」
思わずため息を吐いてしまいそうだ。というか吐いた。
もはや座っているのも辛くなって、ドクを抱きしめたまま地面に寝転んだ。
空に数えるのが面倒くさくなるほどの星が瞬き、それらの王のような貫禄を漂わせる月を眺める。
『【最終クエスト】宿敵に勝利せよをクリアしました』
安っぽいファンファーレと紙吹雪が顔に吹き付けられた。
満天の星は見えなくなり、笑ってしまいそうなおかしさだけが残る。
「くっくっく」
「きゅー?」
俺はしばらくそうして、不思議そうに鳴くドクを抱きしめていたのであった。
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