最後のクエスト

 再びクローフィの館で目覚めたとき、ピリリとひりつく感覚を覚えた。肌に汗が滲み鼓動が自然と早くなる。つま先が冷たくなって思わず肩を竦めた。

 俺がログインしたことで行動ができるようになったのか、ドクが窮屈そうにローブから這い出る。

 動かない主人を不思議そうに眺めながら――目はないが――身体を捻った。



「……今夜だ」

「きゅー?」



 喉が張り付くような乾き。

 これはシロと戦う前や勇者と会ったときと同じ……強敵の気配。

 何者かはわからないが今夜戦うことになるのだろう。アイテムボックスを開いてしっかりと準備が完了しているか確認した。

 それを感じ取ったのかフローリングに溶けていたドクも任せろ、というふうに鳴く。心なしか壁に立てかけてあるロウも頼りになる雰囲気を醸し出していた。



 普段、すべての窓にカーテンが掛けられている屋敷は、しかし月夜が見えるように開かれていた。冴え返るような星空に輝きが強すぎて孤独になっている月が一つ。

 雲は少しもない。吸血鬼にとって最高とも言える状況だ。

 若干震える脚を前に進めて玄関に辿り着く。いつもはそんなこと思わないのに、今だけはやけに重そうに感じた。重厚な木製のそれは静かに圧を発している。



 そっと手を伸ばしてドアノブを捻った。油は注してあるはずなのに嫌な音が鳴る。まるで大岩同士が擦れ合っているような音に顔を顰めさせた。

 


「………………」



 風が吹き付ける。

 一面の緑の海は頭を揃えて揺れていた。天上より月が優しく照らし、一端のステージらしくなっている。

 そこに、いた。等身大まっくろくろすけ、あるいは影そのもの。

 きっと昼間でも見通せないほどの暗闇に覆われた……いや、暗闇が立っているのか。光を反射しない姿は気持ちの悪い違和感を感じさせる。



「……ヴァンパイアハンター」



 武闘会のときからの因縁だ。クローフィがいない隙でも狙ったか。

 彼――容姿がわからないので性別も不明だが、便宜上そう呼称する――は堂々と佇みながら、こちらの様子をうかがっている。油断をしたらすぐにでも戦いの火蓋が切って落とされるだろう。

 俺はズサリと右足を半歩下げた。

 ドクがいつもよりも固い動きで横に並ぶ。



『【最終クエスト】宿敵に勝利せよ』

「うおっ」



 急に軽い音が鳴って眼の前にホログラムウィンドウが出現したものだから、驚いて少し声が出た。訝しげに書かれた文字を読むと首をひねる。



 ……まだ全部の試練達成してないはずなんだけど?

 そう思って下に記載されていた現在のクエスト状況を見ると、【クエスト:竜骨を十個集める】【クエスト:久遠の亡霊を討伐する】【クエスト:人類種を二十体討伐する】【クエスト:真祖の吸血鬼の好感度を一定上にする】が達成済みだとわかった。

 どうやら普通にやっていた行動が試練に繋がっていたようだ。棚から牡丹餅だね。



「さて、どうするか」



 ぺろりと唇を舐め敵を観察する。

 相手は人型のなにか。のっぺりとした影が空間に張り付いているようにも見えるし、立体的にも見える。攻撃が通るのかはわからない。

 一旦様子見で爆発ポーションを使うか?



「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

「…………ッ!!」



 そう思った刹那、ヴァンパイアハンターが肉薄してくる。

 地面を滑るようにいつの間にか現れた黒い刀を切り上げ、俺を一刀両断すべく声を上げた。

 柔らかく横から力を加え、わずかに進路を変更させる。出来上がった塵ほどの隙間に身体をねじ込み、勢いよく肩からぶつかった。



【反撃】が上手く発動したか想像以上に距離があく。これ幸いともはや目を瞑っていても取り出せるようになった爆発ポーションを出現させ、全身を使って投擲。

 空気を唸らせて迫るそれを警戒したのか彼は大きく後ろに飛んだ。

 舌打ちを一つして接近する。背中に回した左手にカルトロップを握りながら、右手のみで杖を上段に構える。



「――シッ!!」



 上から下へ重力の力も借りて切り裂く。

 過剰すぎる動きは当然躱されるが、隠したカルトロップをばら撒いた。

 隙と見たヴァンパイアハンターはカウンターを入れようとするが、足元には冷たく光る罠。ぐじゅりと耳をふさぎたくなるような音が響く。

 空気が冴えているから悲鳴も相応によく通った。加えて爆発ポーションを放り投げる。



「ヴォォォォォォ!?」



 一瞬炎に巻かれ死んだかと思われたが、人間とは思えない身体能力によって五メートルほど跳び、危険がない地面で転がった。

 かすかに焦げた匂いが漂ってくるものの、命に別状はなさそうだ。

 追撃をやめて杖を構える。



 じとりとした緊張感が張り詰めた。

 最初こそヴァンパイアハンターはこちらを舐め腐っていたものの、俺がノーダメージで痛痒を与えるものだから、油断を払拭したようだ。

 そのまま油断してくれていたら楽だったのだが、まぁそう上手くはいかないか。



「きゅー!」



 今まで俺が正面切って戦っていたのはドクから意識を離すため。視界外から強襲を仕掛けたことで、反応がほんの瞬きの分だけ遅れる。

 しかしそれで十分だった。



 勢いよく発射された毒液がもろに当たり、HPバー上に状態異常を示すマークが出現する。

 毒状態になれば動きは鈍るし、何もしなくてもダメージが入るのだ。これで大分戦闘が楽になるとため息を吐きそうになったとき、目を見張った。



「……おいおい」



 彼がぶるりと身体を震わせると、悪いものを放出するかのように気体が立ち上る。

 紫色のそれを見送ればそこには状態異常を回復した敵が立っていた。

 回復系のスキルを持ったボスはルール違反スよね。

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