いつでも黒歴史はお前を狙っている

 鍛錬を積まねばいけない。たとえ複数人が一気にかかってきたとしても、それなりに対応できる程度の力を手に入れなければいけないのだ。ラインとの修行は主に一対一を想定していたから、今までの戦い方では駄目。

 もしも掲示板の情報が正しく勇者やらプレイヤーやらが一斉に襲ってきたら、俺はもちろん約束だかなんだかをしているクローフィもろともやられてしまうだろう。



 俺はひりつく思いを何とかなだめ、震える脚を叱咤した。

 勇者……あの男と戦うかもしれない。そうなったらどうやって倒せばいいのだろうか。意識外からの奇襲でも反応されたし、多分正面きっての戦闘でなんとかなる相手じゃないだろう。

 まぁ、やるしかなくなったらそうするしかないが。



「きゅー?」



 不思議そうな鳴き声を上げるドクを抱き上げて、「なんでもないよ」と嘘をついた。

 


 緊張していても身体は進む。

 思考が戦闘に向いていたために気づかなかったが、いつの間にかクローフィの館についていたようだ。見覚えのある建物にほっと一息つく。

 丈の短い草を蹴り飛ばし、玄関まで走った。ドクはするりとローブから這い出て前を行っている。

 ……やっぱり納得いかないなぁ! 脚ないしどう見ても動きにくそうなのに!



 AGIが自分よりも高いせいで数十秒早く館にたどり着いたスライムを眺めてため息を付いた。

 動きは俊敏でも悲しいことに腕がない。扉を開けられずにぴょんぴょんしていたドクを拾って、俺は静かに扉を開けた。



「盗人ではないんじゃからもっと堂々と入ってきたらどうじゃ?」

「ワァ!?」


 

 体を滑り込ませて安心していると、音もなくクローフィが現れた。

 肝が小さいことで有名な俺は当然のように大声を上げ、「騒がしい」と頭を叩かれる。

 結構痛かったので反射的に両手で押さえた。



「試練は順調か?」

「あっ……その、ッスー………………そっすね、えっと、うーん…………」



 言えない。試練そっちのけでプレイヤーキルばっかりしてるなんて言えない。

 陰キャあるあるの人前で喋るのが苦手プラス申し訳無さで声が出ない。

 訝しげに首を傾げる彼女から目をそらし、緊張で固まる手を背中に回した。



「まぁ良い。どうやら吸血鬼としての業は積んでいる様子じゃからな」

「……業?」

「自分で気づいておらんのか? 身体から立ち上る瘴気を」



 え、なにそれ。

 体臭的なやつかなと身体をひねるが、クローフィが違うと笑う。



「そうじゃな…………いわば、怨念とも言おうか。ポチが黄泉送りにしてきた命が、その恨みをお主に纏わりつかせているのじゃ」

「ひぇっ」



 ホラーものすか?? 自分そういうの苦手なんすよね。

 なおさら怖くなったので聖水でも浴びてみようと思ったけれど種族を思い出して諦めた。

 そもそも教会に行くだけでピリピリするんだ。聖水なんか浴びた日には蒸発してしまうかもしれない。というか怨念とか友達みたいなものだね。

 ほら、陰キャとか怨念凄そうだし(偏見)。



 要約すると、多分経験値みたいなものだろう。

 考えてみれば経験値など恨みの塊みたいなものである。だって相手を殺して強くなるって、それ怨念を糧に強くなってるようなもんじゃん! じゃあ問題ないねホラー展開じゃないです仮にホラーだとしても俺の種族が吸血鬼である以上問題ないっていうかそっち側の存在なのでちょっとレベルが違うんですよね。



「急に顔を赤くしたり青くしたりしてどうしたんじゃ?」

「……なんでも、ないです」



 疑問を呟いたクローフィに首を横に振った。

 彼女は用事があるようで開けっ放しだった扉の外に出ていったが、やはり日差しを堂々と浴びられるのは羨ましい。

 日光当たったら死ぬからな……もしや吸血鬼って外れ種族なのでは?



「きゅー」



 跳びはねて何処かへ行くドクを見送って、そろそろログアウトしようかとホログラムウィンドウを開く。

 いくら外に出ることが少ないリアル吸血鬼こと引きこもりぼっちでも、少しも現実でやることがないわけではないのだ。まぁ俺はそれすらもほとんど生贄に捧げて、ゲームをやり込むことに時間を費やしてるんですけどね……。



 ◇



 目を開ける。慣れ親しんだ天井と視線があった。

 ずっと寝ていたせいで固まった体を伸ばすとパキパキと音が鳴る。億劫なことではあるが、飯を食べないと人間は死んでしまうからな。

 あー、飲食しなくても生きられるチート能力ほしー。



「…………」



 ドアノブをひねって自分の部屋から出る。

 ギシギシと鳴る廊下にビックリしてしまった。



 誰かに聞かれちゃいないだろうかと見渡すが、ここは家なのでバレても問題ない。ゲームの中で隠密をしすぎて癖になっているようだ。

 クセになってんだ……音殺して動くの。



 ちょっと楽しくなってきて静かに階段を降りる。

 抜き足差し足忍び足。最後は数段飛ばしてジャーンプ!!



「なにしてんの?」



 見事な着地をして審査員に十点をもらったところで、冷たい目をした妹と邂逅した。

 うーん、リセットボタンはどこかな?

 背中に汗をダラダラ垂れ流しながら喉を収縮させる。どうして俺はこう黒歴史を簡単に製造してしまうんだ……将来「黒歴史を最も作った者」としてギネス登録されてしまうかも!



「別にはしゃぐのはいいけど、私を巻き込まないでよね。こんなのの妹だってバレたら学校いけなくなる」



 すいません……。

 なんの反論もございません。煮るなり焼くなり好きにしてください。

 土下座をしようと膝を引いたところで、何も言わずに妹は前を通り過ぎていった。



 おや、と目を丸くする。いつもの彼女ならもう二三言呟いてから、精神的にボッコボコにした俺を放置して何処かへ行くのが常なのだが……。

 そんな妹の背中に、なにか・・・がダブって見えた。

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