森で悶えるまっくろくろすけ
仲のいい友人二人とゲームをしていたところ、見たことのないモンスターが現れた。一見普通のスライムのようであるが、紫色という珍しい色をしている。
それだけならスライムのカラーバリエーションの範疇であったのだが、いつの間にかいなくなった一人の心配をする暇もない戦いを通して、奴がスライムだなどという油断は消え去った。
仲がいいというのはそれだけ一緒にプレイをしてきたということであり、それだけ協力してきたということである。
つまり所見のモンスター相手でも連携することが出来、そこらへんの敵には負けないだろうと、ある種慢心じみた自信すら抱いていたのだが。この紫色のスライムは、鼻で笑うかのように自信を砕いてきた。
おそらく個体としての強さはそこまでじゃない。ユニークモンスターと比べるまでもなく、あるいはソロプレイヤーでも、このステージまで来られている者なら余裕を持って勝てるだろう。
奴の強さを引き出しているのは、とにかく厭らしい戦い方。
一体誰に似たのか、そもそもモンスターだから最初からプログラムされているのか、こちらの嫌な攻撃をしてきて、距離を詰めれば離れながら毒を放出し、それすらも乗り越えて斬りつけようとすれば、回避ついでに威力の高い体当たり。
しかも連携していることを利用され、下手に攻撃すれば仲間に当たるという位置を維持してくる。知らない仲なら無視してぶった切っているところだが、流石に今後の友情を考えると控えておきたい。いや、その程度で怒るやつじゃないけど。常識的に。
「ちまちまうぜぇ! 魔法使えないか!?」
「俺達全員脳筋戦法しか使えないのはお前もよく知ってるだろ! あと二年待ってくれ!」
「その年で彼女もいねぇのかァ!? 笑っちまう、ぜ!」
素早く動くスライムに対して剣を振りながら、軽口を叩く彼ら。
状況は膠着状態であり、二人はモンスターに対して友好的な攻撃を行えていないが、それは相手も同じだった。先程から通っているダメージは状態異常によるスリップダメージのみであり、これでは戦況がどちらかに傾くことはないだろう。
「……よし、そっち行ったぞ! 必殺技を叩き込んでや――痛ぇっ!?」
だが二人の距離を保ちながら戦ってくる相手の知性を利用して、自分が攻撃を受けて動きを止め、もうひとりが必殺の剣技を決められるようにお膳立てをした。
後は上段に構えた剣を思う存分振り下ろすだけであり、これは勝負あったか――という考えが脳裏をよぎった瞬間、足裏に違和感が生じる。
反射的にスライムの拘束を解き、ブーツを確認してしまう。してしまった。
そこにはマキビシのような見た目の、小さな武器が刺さっており、「何処から……?」という疑問も微か、胸中にいたモンスターが反撃の体当たりを食らわせた。
今まで上手いこと回避していた攻撃だったが、ここに来て初めての有効手。
予想以上の威力に尻餅をついた彼は、そこにもマキビシが落ちていたことに気が付かなかった。しっかりと地面についた手にすら金属が突き刺さり、目に見えてHPが減る。
「チャァァァァァァァンス!!!!!!」
そこに聞こえてきたのはサルを思わせる声。
思わずぽかんと上を見上げると、樹上から飛び降りてくる「黒」だけが目に入った。
そのまま突然の闖入者はプレイヤーの顔に着地、勢いそのままに蹴り飛ばして吹き飛ばした。
おまけとばかりに怪しい薬瓶を投げつけ、ぶつかった瞬間に鋭い音とともに爆発。スライムの攻撃とマキビシによる少しずつのダメージ、そこに爆発という止めも決まり、彼は状況を飲み込めないままポリゴンとなって風に吹かれた。
「え……っ?」
状況が把握できないのは残った一人も同じ。大きく目と口を開き、不審者そのものの格好と行動をした奴を相手に、どうすればいいのか視線を右往左往させていた。
そんな隙を歴戦のスライムが見逃すはずもなく、腰の入った――スライムに腰があるのかは分からないが――体当たりを見事に入れ、あっけなく残存していた敵も黄泉送りにした。
「…………………………」
戦いが終わっても直ぐ様警戒は解けず、キョロキョロとあたりを見渡す。
そうしてしばらくしていると、やっと勝利したのだという現実が頭に追いついてきて、多大なる安堵感と満足感が胸を覆い尽くした。
「あぁ〜、勝った〜!!!!!!」
「きゅー!!!!!!!!!」
地面に倒れ込んで喜びを表現する不審者に、紫色のスライムは「我も喜びを分かち合わん」と彼の胸に飛び込む。それを思いのままに掻き抱き、しばしゴロゴロと戯れている折、ふと自身の姿が冷静に思い出され、黒のローブを纏った男は静かに立ち上がった。
「やってることただのPKなんだよなぁ!! しかも喜び方中学生か!!!」
「きゅー?」
「いいんだよドク。お前のご主人は気をつけていても製造されてしまう、回避しようのない黒歴史に悶えているだけだからね。死にてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
ああああああああああああああああああああああああ!! と叫ぶ姿は、それこそ黒歴史そのものであったが、観測している者はその眷属のスライムと、豊かな自然だけであった。
それだけは、彼にとっていいことだったかもしれない。きっと後から思い出して悶えるのだろうが。
ガチコミュ障のVRMMOソロ攻略〜…282話目
太陽が沈んで
ばっちり黒歴史を製造し終わった俺は、念入りにあたりに人がいないことを確認してその場を去った。もしも誰かがいたら、しっかりと葬らなきゃならないからな……(葬れるとは言ってない)。
最近PKばかりしてきたものだから、なんだか暗殺者ムーブが様になってきているような気がする。そしてペットは飼い主に似るとは少し違うが、眷属であるドクも気配を消して、明確に戦法を持ってプレイヤーと戦えるようになっていた。状態異常を操って頭も切れるスライムとか最強だろ……。
「きゅー?」
件のスライム殿はローブの胸元から不思議そうな顔をして首を傾げ――顔もなければ首もないが――、自分が呼ばれたと思ったのかノソノソと這い出てくる。呼んでないよ、と優しく押し戻すと、これからどうするか考えることにした。
このままプレイヤーを倒し続けるのもいいが、いつか限界が来る。例えば何十人という敵が一気に襲いかかってくれば、一人でも気を抜くと負けてしまう俺ではひとたまりもないだろう。PKを続けているとヘイトを買って、もしかすると討伐隊とか組まれちゃうかも。なにそれ強キャラじゃ〜ん!
ころすぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!(やばいPKのBOCCHITV)
「はぁ…………」
まぁそんな感じでテンションを上げていかないと、いずれ賞金首チックな存在になってしまうのではないかという恐怖が襲ってくる。以前ちらっと見た掲示板とかで、【陰キャ不審者PK野郎討伐しようぜwww】みたいなスレが建てられたら死んでしまうだろう。怖い(小並感)。
だから、このクローフィを倒そうムーブメントをデリートする、アクティブでエフィケイシャスなオポチュニティをクリエイトしなければならないのだが……。
俺は首を振ってため息を付いた。
「そろそろクローフィの館に帰るか」
彼女の屋敷は何故か知らないが人があまり近寄らない。それはイベントをこなさなければ侵入できないみたいなシステムがあるのかもしれないが、とにかくそこにいる限りクローフィが襲われないという事実は、こうやってプレイヤーをPKするべく駆け回っている俺を安心させてくれた。
俺ごときに負けるような奴は、そもそも彼女に勝てないだろうという推測は無視するとして。
あいも変わらずノソノソゆっくり遅い動きで歩き始めると、太陽がもうすぐ落ちようとしていた。
◇
「………………聞いたところによると、ここら辺にいるんだよね」
あたりは闇に満ち溢れ、モンスターが強化される時間となっている。
白銀の鎧を身に纏い、薄く雲のかかった月から降りてきた線状の光が、彼のそれにキラリと反射し、まるで地上に現れたもう一つの月かのように光り輝く。
薄く光を帯びた、上等な蜂蜜を糸にしたような髪が風に揺れ、彼――勇者と呼ばれるプレイヤーはマップから顔を上げた。
「吸血鬼の真祖討伐イベント……遅まきながら、僕も参加だ」
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