墓場

「やっと着いたか……」



 俺はため息を付きながら、手に持っていた地図をしまった。

 こころなしかドクも疲れているように見える。ローブの裾から若干顔を出し、体の一部が溶けていた。

 歩き続けて三千里。流石に嘘だが、気分としてはそれだけ進んできた。なんせ俺ってば足が滅茶苦茶遅いので。ナメクジみたいな吸血鬼って、存在自体が罪みたいなものだよな。どうしよう、『吸血鬼なのにAGIが低すぎてカタツムリ罪』で捕まったら。クローフィは弁護士になってくれるかな?



 なんてどうでもいいことを考えてしまうくらい、ここ・・は暗い場所だった。



 乱立する墓石。苔むし、人が訪れなくなって久しいことを見るものに感じさせる。

 当然道はグズグズに崩れ、脚を絡め取りそうなほど繁茂している雑草が行く手を阻んでいた。ここを突っ切って行くとなると、相当な覚悟が必要だろう。

 まぁどうも試練はこの先にあるらしいので、覚悟もなにもないんですが。



「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、いくら吸血鬼だって言っても、こういう怖い系は無理なんだけどなぁ」



 本日何度目かわからないため息。もうため息を付きすぎて、幸運とか末代まで来ないレベルで逃げてると思う。ゴメンな未来の子孫たち。まぁ俺に子孫もとい彼女が出来るかはわかりませんけどね!!!!!!!!

 あっはっはっはっは!!!!!!!!!!(悲しみの涙)



「きゅー」



 そんな事をしていたら、ドクが早く行くぞと言わんばかりに地面に降り立った。

 おう……もしやお主は、墓場が怖くないのか? と聞きたくなったが、よく考えてみたらこやつはスライムだった。モンスターに死者を弔うという文化がある――という設定――のか知らんが、少なくともこんな石の塔を建てるものではないのだろう。知らないものを怖がれという方が無理な話だ。

 それはそれとして怖いものは怖いので、とりあえずドクに先導してもらう。

 べ、別に墓場とかで幽霊が出るかも、なんて思ってないんだからねっ! 墓石がぼろぼろすぎて触った瞬間に崩れたら遺族の方に申し訳が立たないから躊躇してるだけなんだから! 勘違いしないでよねっ!



 さて、そんな感じでスライムを先頭に進軍する我ら(総勢三名)。

 さっきまでは鬱陶しいほど晴れ晴れとした天気だったのに、ここに来た途端に曇り空になっている。きっとこのステージは曇り空、みたいな設定になっているのだろう。吸血鬼的には日光が弱くなって安心だが、気分的には最悪だ。

 曇り空でずーん、墓場にいるから倍率ドン! 更にドン! みたいな。



「あー、早く試練終わらせたいなぁ……」



 情けなく喉を震わせた俺の願いは、誰の耳に届くこともなく空虚な墓場の空気に吸い込まれていった。



 ◇



 ジメジメとしている。

 それはもう湿度が高かった。どれくらい高かったかと言うと、昼ドラの人間関係くらいジメジメしていた。そりゃ墓石にこんなにも苔生えるわ。

 ふと幼心が発揮され、そっと墓石に指を這わせてみる。すると指先にモゾモゾとしたような、なんとも言えない感触。まるで背筋にこんにゃくでも流し込まれたかの如き悪寒。



「うわわぁ……」



 思わず情けない声を上げてしまい、少し力が抜けた腕を頑張って引っ張った。

 どうしてこう、苔っていうのは触る側の気持ちを考えていないのだろうね。見た目は愛くるしいのに。猫や犬になりそこねた生物と俺の中でもっぱら話題だ。

 多分なろうなんて思ってもいないだろうけど。



 前をずんずんと進むドクはこちらを振り返りもしない。

 その姿は一切の迷いがなくて、地図がこちらにしかなく、彼が全く行き先を知らないという事実を忘れさせた。流石にそのまま放って置くと迷子になってしまうので、急いでむずと掴んで肩の上に乗せた。



「うわおっも!」



 勢いで乗せたのは良いのだが、予想の三倍くらい重かった。

 スライム特有の体皮はこんな時にも発揮され、せっかく安定させたドクが滑り落ちていく。乗せた際に右側に傾いてしまったから加速度も上がっていた。ごめんよ?

 いや、いつも肩にあんな重い生き物を乗せていられるなんて、どこぞのポケットなバケモンをマスターすることを目指している少年は凄いんだなぁ、と思いました(小並感)。



 勝手に捕まえられた挙げ句、振り落とされたドクはご立腹。紫色の身体を振り回し、全身で怒りを表現していた。

 しかし残念、その姿は愛くるしい動物が可愛さアピールをしているようにしか見えないのであった。そうか、ポスト犬猫はスライムだったのか。苔は所詮、愛玩動物競争の敗北者じゃけぇ……!



「ごめん、ごめんて」



 てしてしと体当りしてくる眷属に謝りつつ、横目で地図を確認する。

 視界の片隅に浮かぶフィールドマップと比較すれば、まもなく目的地であることが分かった。

 いよいよ二つ目の試練に挑戦できるのか。長かったな、主に移動時間が。



 地図に描かれた目印は、どう見ても俺の目前に広がる光景を指している。

 だがどうしても行きたくない。気のせいかドクも何となく萎縮しているような。ロウに関しては木の精なので大丈夫だろう!(激ウマギャグ)



 ひゅごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…………。



 そんな音が聞こえてきそうな様相を誇る墓石の乱立群。

 ただでさえそれが恐怖を煽ると言うのに、何故か目の前の場所だけ頭上に黒い雲を背負っている。聞き間違いでなければ雷が光っており、ゲーム的に絶対落ちてくることが予想された。

 悪天候であれば風邪は強く、隙間の狭い墓石の間をくぐり抜けて変な旋律を奏でている絶景は、出来れば回れ右して帰りたいな、と俺に思わせるほどのものだった。

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