クズの片鱗
俺は恐怖した。必ず、かの戦闘狂のスライムは怒らせまいと決意した。
俺には戦闘能力があらぬ。俺は、ただの雑魚である。ホラを吹き、ロリと遊んで暮らしてきた。けれども自分の危機に対しては、人一倍に敏感であった。
つまりどういうことかと言うと。
「なーにやってんスかドクさんっ!?」
「きゅー」
「きゅー☆ じゃねぇよ!」
俺は全力疾走していた。
背後から迫るは数え切れぬほどの筋肉の群れ。筋肉が列をなし、こちらから見ると山の如き様であった。多分過去一最悪な行列だろうな。それに巻き込まれる俺可哀想。そしてぎょっと目を見開いて逃げ出したプレイヤーさん可哀想。MPKじゃないよ?
何故かヘイトがそちらの方へ向き、大群の三割ほどが不幸なプレイヤーの元へ向かう。それを見ながら、俺は「数が減った。ラッキー」とか思っていたが、そう言えばあのプレイヤーどっかで見た覚えがあるような…………。
自分と同じくスライムを侍らせ、こころなしか恨めしそうに睨みつけられていたような。
ま、気のせいなんだろうけど。よしんば知っていたとしても、思い出せないってことはどうでもいいってことさ! 是非もないよネ!(豆知識:人に興味のないコミュ障は人の名前を覚えるのが苦手だぞ! クラスに居るようなコミュ障陰キャは大体クラスメイトの八割は把握していないぞ! いわんや、ゲームのプレイヤーなど)
哀れ、プレイヤーは筋肉の山に飲み込まれてしまった! 心のなかで十字を切る。父と子と精霊の御名によって、アーメン。運の悪い人もいたもんだ。
ちらりと横を見ると、きゅーきゅー楽しそうに笑っているドク。こやつは定期的に後ろに向かって毒液を発射しており、後ろを振り向く余裕などないが悲鳴が背中で起こっている残虐な光景を想起させる。怖い。
というかシャドウバードには強い仲間意識があるようで、鳥が倒れるごとに前の奴らがそいつに群がり最期を看取っている。そのためAGIの低いナメクジな俺でも逃げられているということですね。
なんて感動的な話なんだ……(落涙)。これを利用すれば全滅させられるのでは?(天下布武)
「グルルルルウウウウルルルルルルアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああ仲間を殺された怒りで威圧感が増してるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
背後から『必ずぶち転がしてやるからな、覚悟しろ』という怨念が伝わってきそうな唸り声が聞こえてきた。思わず肝が冷えてしまい、ついつい前回り受身を取るついでに小石を拾い、ドクの身体の一部を貼り付けて投擲した。主人には眷属のドクが効かないってのは良いことだ!
理由はよく分からんが後ろから悲鳴らしきものが聞こえてくる。きっと身内に不幸があったのだろう。ご冥福をお祈りします。
そんなこんなで手足が引きちぎれそうな全力疾走をかまし。
何とかクローフィのお屋敷についた頃にはもうヘトヘト。扉に体重を預けた瞬間溶けてしまいそうになった。ドクは物理的に溶けていた。どろぉ…………って。
それを見て心配になったが流石はスライムということか、すぐさま復活していた。なんで溶けたの?
まぁきっと疲れてしまったのだろう。疲れたら溶ける習性があるのかはしらないけど。
とりあえず立ち上がろうと思い、膝に力を込める。
しかしブルブルと震える両足は一向に体重を支えようとしない。今まで生きてきて十度目ほどの反逆だ。もしやこいつらには俺の体の一部であるという自覚がないのか? もっと熱くなれよ!
ラインに修行をさせられていた時にこういう経験は死ぬほど積んでいたので、頑張って根性でなんとかする。陰キャコミュ障に根性論はキツイものがあるが。
「つ、疲れた〜…………」
口から自然に流れ出るため息。
滅茶苦茶疲れた。身体的に疲れたというのはもちろんあるのだが、それ以上に筋肉に追い回されていたという事実が精神的に来る。わりぃ、強制ボディービル鑑賞は結構辛いんだわ。
そもそも鳥だしな。いくらボディービルとかが好きな人でも「美味そうな鶏肉じゃな」としか思わないと思う。俺はあんまり興味がないので「固そうな肉だな」としか思っていなかった。
不思議と走った後は腕もきつくなる。ぷるぷると震える手で何とか扉を開けると、倒れ込むようにしてお邪魔した。
「おぉ、おかえり」
するとそこには優雅にも豪華な椅子に座り、瀟洒な机の上に山程の菓子を積んだクローフィがいた。手に持ったティーカップからはおよそ現実で飲んだとしたら金額が予想できないほどいい香りが漂ってきて、自分が飲んでいるわけでもないのに嫌な汗が流れてきた。
「…………ただ、いまです」
疲れから肩を上下させる。額から流れ落ちる汗がうざったい。
というかすっごくお菓子が多いっすね。のじゃのじゃ言っているから大人っぽいもの嗜むのかと思ってた。まぁお菓子が好きな大人もたくさんいるだろうけど。偏見です。
ドクはクローフィを見た瞬間そちらに走りより(脚はないが)、きゅーきゅーと嬉しそうに鳴く。
これがNTRか……と新しい扉を開きそうになり、自分にはそんな趣味はないと慌てて首を振った。
ちらりとホログラムウィンドウを眺めてみると、あの大逃走劇の途中で必要な分のアイテムが手に入ったようで、クエスト達成の報告が来ていた。多分アナウンスもされていたんだろうけど、逃げるのに必死で気づかなかったな。
「ほぉ、その様子じゃと試練を達成してきたようじゃな」
「……はい」
言葉足らず感はあったけどね。
関心関心、と首を振る彼女を見ながら、俺は「これが後四つもあるのか……」と絶望していた。
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