筋骨隆々

「えぇ…………」



 目の前、堂々とした立ち姿で草を食んでいるのは。

 その、鳥なのだろうか。

 もはやアレを鳥と許容してしまうと色々なところから文句を言われるのではないかと思ってしまうのだが、まぁ鳥なのだろう。名前がシャドウバードなんだから鳥なんだよ(天下無双)。



「グルルルルウウウアアアアアアアアア」



 天を仰ぎ鳥が出したとは思えない鳴き声を上げる。

 まるで肉食獣の唸りのようだが、どうも草が美味しいぜっ、的な喜びのものみたいですね。

 


「アレと戦うの? 多分撲殺されるぜ」



「きゅー……」



 ドクも自信がなさそうだ。かく言う俺はもっとない。

 だってあいつの見た目を描写したら皆諦めると思うんだ。



 筋骨隆々とした全身。黄色い脚は地面を踏み砕くように爪を突き立てており、見るだけで走るのが速いであろうことが予想される。

 ダラダラと嘴から垂れる涎が怪しい。何が怪しいっていうかと草食か怪しい。

 そしてデカい。凄くデカい。多分「デカい鳥」って聞いて考える二倍くらいデカい。

 大きな鳥と言えばダチョウだと思うのだが、おそらくアレを超える体長。ここから見たところ三メートルほどではないだろうか。



 おや、意外と小さいのでは? とでも思ったか?

 勘違いをするなよ。



 冷静になって考えてみろ。三メートルっておよそ人間が到達できる身長ではない。それが直立し、しかも馬鹿みたいに筋肉がついているのだ。いくら草食(予想)であろうとも恐れを抱くのは正常な生物として当たり前だろう。

 


「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」



「…………………………」



 俺が万が一にもシャドウバードに見つからないよう草陰に隠れていると。

 どこからともなく現れたのは涎を垂らした狼。

 どちらも口から涎を垂らしていてお見合い状態に陥ったが、空腹に余裕なさげな狼はもう我慢ならんっ! とムキムキ鳥に飛びかかった。



「グォオオォッッ!!」



 それを「遅いな」とでも嘲笑うかのように、僅かな動きだけで避けてみせる。

 これだけでもだいぶ戦いたくなくなったのだが、その後立派な脚で空中に留まったままの狼を地面に叩きつけると、鋭い鉤爪でもって喉笛を掻っ切った。



「…………無理だろ」



 あいつ、ダチョウよりもデカいくせにして頭良さそうだ。

 賢いダチョウは最強だって俺の中で叫ばれているので、奴の相手をするのには抵抗がある。

 なんとかして遠くから倒せないものか、とアイテムボックスを開いてみたが、こういうときによく使う爆発ポーションは品切れ。カルトロップはあの脚には刺さらなそう。

 つまり詰みだった。



「うーん、いくら試練って言ったってキツすぎやしませんかねぇ……」



 頭をガシガシと掻いてため息をつく。

 あれからドロップする竜骨とやらを十個集めないといけないんだろ? 一体倒せるかすら怪しいのに、そこから確率が相手になるとか……。



「グルルルルル」



「あ、バレた」














 無理無理無理無理。俺死んだ。

 全力疾走、後ろを振り向く余裕はない。

 というか背中から聞こえてくる足音が爆薬でも爆発させたのかと思うくらい大きく、乾いたものだ。これ地面をえぐりながら走ってるな?



「グギャアアアアアアアアアアアッッッ」



「うわっ」



 当然俺のスピードでは逃げ切れるはずもなく、逃げ出して僅か数秒で捕まった。

 いや、捕まったというのは語弊がある。食われた。



「お前草食だろうがぁ!」



 グルウルアアアアアアアアアア、と天に向かって雄叫びを放つシャドウバード。

 もはやこいつのどこにシャドウ要素があるのか分からないが、とりあえずそんな悠長なことを考えている場合じゃない。嘴の中に囚われている下半身の感覚からするに、口の中に歯は生えていないようだ。生えていたら速攻でお陀仏だったから助かった。

 ゲシゲシと舌を蹴るが、俺の力では到底叶いそうにない。



 ハグハグ甘噛される。

 これがネッコとかだったら「きゅーと♡」ってほっこりしたかもしれないが、こいつは見た目筋骨隆々とした訳の分からん不思議生物。恐怖しか感じない。

 限界は超えるもの。全力以上を振り絞り、脱出を図る。

 無理だ。



「やめろ! 離せ!」



「ぐるるるるるるる……」



 こら! 俺は玩具じゃありません!

 どうもこの鳥はこちらのことを玩具か何かだと勘違いしているようだ。ほら、犬が骨とかと戯れるように。ガジガジと身体が食まれているが、いつまで立っても上半身と下半身が泣き別れの憂き目にある予感はしない。おそらくいつでも自分を殺せるから遊んでいるんだろう。ふざけんなよ。



「ドク!」



「きゅー」



 ローブの下に潜んでいたポイズンスライムに呼びかける。彼は意気揚々と……とはとても言えないやる気なさげな声で鳴いた。殺る気満々のシャドウバードとはえらい違いだ。まぁ外を見たら何者かの口腔内ならそんな気分にもなるか。俺だってなるもん。やだよ、朝起きたらパクリんちょ。そのまま永い永い眠りにつきました! 〜完〜とか。



 なんとかして逃げ出さねばならないのだが、俺の力では無理。

 では誰かに助けを求めようとしてもコミュ力が邪魔をする。そもそも近辺にはプレイヤーの影はないし、いたとしても話しかけられない。勿論フレンドなるストレンジャーもおらぬ。

 きっとこの光景を眺めているだろうクローフィに「助けてちょ」って言うのも一興だが、鼻で笑われて無視される様が目に見える見える。

 つまり終わりですね。おぉ、しんでしまうとはなさけない。



 とはならない。させない。


 

 自分の力で逃げられないのなら、他者の力を借りれば良いんだよ。

 その他者がいないんだろカス、と苛立ってしまうかもしれないが落ち着いて。俺には眷属がいる。

 ロウはシャドウバードにとっ捕まったときに勢いで吹き飛ばされ、「………………」と謎のオーラを発しているが。服の下在住のドクさん(年齢不詳)なら大丈夫じゃないか!



 下半身が見えない影響でドクが一体何をしているか分からないが、俺は彼が自分を助けてくれるだろうという希望に縋り付くしかなかった。











「グ、グアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 

 ドクに状況の打破をお願いしてから三分ほど。

 ずっと生命の危険にさらされていたわけだが、どういう訳かシャドウバードは一向に俺をくおうとはしてこなかった。まぁ精神的ショックは死ぬほど大きかったので、実質殺されているようなものだが。知っているか? ぼっちは心が弱いためにすぐ死ぬのだ。



 突如苦しみだした鳥野郎。正直やつが苦しんでいる姿を見るのは非常に楽しいのだが、動物虐待とかで訴えられても面白くない。すぐにとどめを刺してやろう。あんま変わらない気もするが。

 おそらくドクがなにかしてくれたのだろう。シャドウバードの全身が紫色に染まる。

 えぇ……怖い。毒状態になるとよく見る表現ではある。しかし、こうして目の前に紫色の動物がいると物凄い違和感を感じる。毒キノコとかだってもうちょっと慎み深い色してるぜ。



 だらんと脱力した嘴から脱出。

 舌を思い切り蹴って――凄く気持ちの悪い感触だった。しばらくタンが食べられなくなりそう――天に向かって射出された。自分のステータスではそこまで到達できないけれども。

 見事な着地を決めると、攻撃を回避するために振り返った。



「グルルルルルルルルルアアアアアアアア………………」



 だが、やつはのたうち回って苦しみまくっていた。

 びたんびたんと地面が揺れる揺れる。俺の立っているところまで振動が伝わってくるほどだ。

 どうも自分が脱出した段階で、毒がキツくなったよう。見たところHPに変化はあまりないが、そのうち減りまくっていくだろう。勝ったなガハハ! 風呂入ってくる。



「………………」



 念の為にアイテムボックスからカルトロップを出現させた。

 手の中でコロコロ転がしてから、タイミングよくポイ! ゴロゴロしているシャドウバードの体の下に設置成功しました。

 当然あの巨体であるからして結構な体重の持ち主である、あの鳥は。

 だからカルトロップはぐさりぐさりと突き刺さっていく。それで悲鳴が更に大きくなるが、俺はそっと目をそらして耳をふさいだ。俺は何も聞いていない、何も聞いていないんだ……。



 そのまま数分。一応攻撃されることを警戒して気配を探っていたが、全然してきそうにない。

 ついには振動すらも止まり、何らかの決着がついたようだ。

 それが奴の耐性が毒状態を破り元の状態になったものでも、逆に儚い命はポイズンスライムを食ったことで散ってしまったのかどちらでも良いが、できれば後者がいいな。



 期待に満ちた視線をシャドウバードに向けると、そこには……。



「グアアアアアアアアアアアアア……」



「きゅー!」



 我こそが王者である、と言わんばかりに、奴の巨体の上に乗って叫ぶドクがいた。

 それとポリゴンとなっていくシャドウバード。諸行無常だね。

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