説明不足

「試練についてじゃが」



 俺たちが屋敷についてから一時間ほど。

 玄関に一人取り残され寂しい思いをしていた俺は、壁にかかった首を未来の自分だと思わないように必死に目をそらしていた。

 


 どうも試練についての説明云々で用意するものがあるらしく、彼女は二階へと行ってしまった。

 その時に「ポチはここで待っておれ」という命令付きで。

 出来ればログアウトしたかったのだが、そう言われてしまったらば逆らうわけにもいくまい。落ち着いて眷属たちと友好関係を深めていた。

 ちなみにドクは紅茶が嫌いだが、ロウは結構好きらしい。良いこと知った。



 そして一時間ほど立って戻ってきたクローフィは、随分と血色が良さそうだった。

 おや? こいつ風呂入ってきたな?

 確信と共に「吸血鬼って流水だめなんじゃなかったけ……」という疑問が生じる。まぁ風呂は基本的にお湯がその場に留まっているものだから、動いてなければいいっしょ! 的な基準なのかもしれないけど。



「これを見ろ」



「………………」



 差し出されたのは古びた地図。紙の端がボロボロと擦り切れそうで、触っただけで破れてしまうんじゃないかと心配になった。

 茶色く変色したそれに書かれた、同色の、しかし少し濃い程度の線。

 それがこの屋敷周辺の地理を指しているのだろうということはすぐに分かった。窓の外に見える山々と地図上に描かれた地形の特徴が一致しているからだ。



 そして紙上には五つほどのバツが書かれている。

 一見宝の地図のようであり、おそらくはこのバツのところに「何か」があるのだろうが……。



「この印の元へ行け。そうすればすべて分かる」



 簡単そうに呟いたクローフィは、「おぉ、もう眷属を手に入れておったのか」と眉を上げた。

 その後しばらく彼女はドクたちと遊んでいた。俺はもうちょっと詳しい説明を吐かせられないかとコミュ障なりに努力していたが、「行ってみろ」とにべもない。どうも眷属たちと遊ぶのに忙しいようだ。

 おいおいおい、今まで一緒に頑張ってきた俺よりも好感度が高そうなのはどういうことだドクぅ? あれか、見た目なのか。それとも心のうちから漏れ出す「生物としての格」的なサムシングなのか。

 ちなみにこの場合の格とは蟻とか蟷螂とかそんな感じではなく、ただ単にコミュ力を指す。



「はぁ…………」



 説明不足。

 情報が足りない。

 不満というか不安はたくさんあるが、これ以上粘っていてもどうしようもなさそうだ。俺はため息を付きながら、クローフィに引っ付いていたドクを引き剥がす。

 ドクは嫌々と首(?)を振っていたが、ロウは不思議と「ここから離れましょう」みたいな意思を感じた。おそらく精霊ということで、聖なるものと邪なるもの的に相容れないのだろう。



 あれ、それだったら自分もまずいんじゃないか。

 一体俺の前にはどれだけの困難というか不都合が立ちはだかるのか。

 思わず重くなる頭を抑えて、本日何回目かわからないため息をついた。
















「……ここか」



 片手に地図を持ちながら彷徨って三十分。

 普通の人ならば結構な距離移動できるのだろうが、俺の場合は滅茶苦茶低速なのでそこまで遠くに行けるわけではない。そのためクローフィのお屋敷が目視できる位置なのだが、意外と疲れた。



 ドクがきゅーきゅーと鳴いて、私やる気ありますよと主張する。

 しかし現状何かが起こりそうな気配もないのでまだまだ出番はなさそうだ。

 場所あってるよな? マップと地図を照らし合わせて確認するが、どう見てもここは一番近かったバツマークの座標。



「うーん……?」



 クローフィは印の元へいけば分かると言っていたが、全く分からん。

 俺の読解力的なものの問題なのか、それとも想定外の事態が発生しているのか。

 試練とやらがモンスターと戦うものであった場合、そいつが移動してしまったという可能性もある。または誰かに倒されたとか。

 まぁ流石に吸血鬼の真祖様ならそれくらい予想しているだろうから、多分違うんだけど。



 地図に印が描かれている都合上、マークの部分は結構大きい。

 もしかするとちょうど真ん中に行かなければいけないという縛りがあるかも。

 まだ諦めるには早いか。



 と思って、スタスタと歩きだすと。



『【クエスト】竜骨を十個集めよ』



「うおっ」



 耳元で急に音声が流れた。

 そして目の前に現れるホログラムウィンドウ。いつもの奴だ。



 さて、おそらくこれが試練とやらなのだろう。クエスト内容を睨みつけながら、竜骨とはなんぞやと予想する。

 いや、まぁ竜骨というくらいだから、竜の骨なんだろうけど。

 それを俺に集めさせるか? 我クソザコナメクジぞ? 場合によっちゃスライム相手でもボコボコにされるんですけど、そこんとこ理解してます?



 だって龍って凄くすごそうじゃん(語彙力消失)。多分スライムよりも強いぜ。

 しかもアイテムを集めろってところがミソだ。運が悪ければ永遠に終わらない。

 雑魚モンスターからドロップするものだったら嬉しいのだが、多分強いよなぁ……。



「はぁ……仕方ない、これも試練だしやってみるか…………それにゲームといえばクエストが醍醐味だしな」



 パンパンと頬を叩いてやる気注入。

 キョロキョロと当たりを見渡して、ドラゴンらしき影がないか探してみる。



「……ドク、何か見えるか?」



「きゅー?」



「そりゃそうだよなぁ……」



 自分よりも体長の低いドクが見えるわけもないか。

 一応うちの眷属は魔力を持っているので、魔力がないと認識できないモブですよみたいなのも想定したのだが。いくら鬼畜の香りがするクローフィでも、そこまではしないらしい。

 周りにいないだけかもしれないけど。



 クエストをクリアするために、俺はドラゴンを探して歩き出した。














 竜骨とは船の構造材の一つであり、また大きな哺乳類の骨の化石のことも指す。

 現在いるところから海は遠く、見渡す限り山が広がっているのでおそらく前者の可能性は低い。それはそれとして、ドラゴンの骨である可能性があるのかというところからは目をそらそう。

 だってドラゴンってイメージ的には爬虫類だし。

 ほら、ゲーム的なやつで新たな選択肢、「本当に竜骨(物理)」かもしれないじゃん。



 俺はドクと一緒に散策しながら、誰にしているのか分からない言い訳を完了させる。

 しばらく歩き回っているが、クエストを達成するために必要なアイテムは一向に見つからない。最悪穴でも掘らなければならないのだろうか。ボーリングなのだろうか。



 なんて考えてげんなりしていたのだが、きゅーきゅーと声が聞こえた。

 そちらの方へ視線を向けてみるとドクが跳ねている。

 おや、俺を励ましてくれているのだろうか。うーん、可愛い! これは立派な眷属。きっとこういうゲームをやる理由の一つに、こうした生き物との関わりもあるのだろう。ペット禁止のところとかあるしな。



 ありがとう、と撫でてみると、



「きゅっ」



 やめな、兄ちゃん。

 とでもばかりに頭というか身体を振って逃げ出す。

 


 え。



 …………えぇー?



「クソ、ちょっと前に賞味期限が気になってきた茶葉を大量に放り込んだのが悪かったか……!」



 後悔してももう遅い。ざまぁされてしまった。

 茶葉に賞味期限的なものがあるのか知らないが、知識がない以上安心もしていられない。とりあえずまだまだ山のように残っている茶葉を消費するべく、大量にドクにあげたのが悪かった。

 まぁそれでも俺を励ましてくれるドクっていい子だよね。

 これが噂のツンデレってやつですか。



 手に持ったロウは何も言わない。というか言えない。

 杖状態になっているときに話そうとするとかなり疲れるらしいのだ。

 だから基本はだんまり。それでも意思疎通が可能な存在が近くにいると思うと緊張するが、最近慣れてきた。正直杖相手に緊張するのもな、と自分で思ったのもある。



「さーて、クエスト達成するためにヒントとかないかな」



 このまま闇雲に歩き回っていても進展がなさそうなので、改めてクエスト内容を確認してみる。

 俺は詰まっても攻略を見ないタイプなのだが、ポチポチするんじゃなくて自分で動くとなると流石にね。

 ホログラムウィンドウを表示してすいすいすい。



「…………ん」



 そうしていると、見つけた。

 


『シャドウバードから手に入れられる竜骨を十個集めよう!』



「鳥かよ」



 いや、恐竜は鳥類に進化したらしいけどさぁ。

 もしかして竜骨突起かな、なんて考えてみて、キラキラとした期待が陰っていくのを感じた。

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