犬猿の仲

「く、クローフィ……!?」



「様をつけよポチ。それとこの妾が助けてやったのだから、その幸運に感謝してすべてを捧げよ」



 引っ張られる首が苦しい。

 一体誰が俺を助け出してくれたのかと後ろを見てみると、そこにいたのはクローフィだった。

 吸血鬼の真祖にして、種族変化してから一度たりとも会っていなかった人物。

 真っ黒な自分の主人。



 ヒュンヒュンと景色が後ろへと流れていく。

 もはや目が回りそうな速度だ……ラインで慣れていなければ。

 彼女もまた同等の速度の持ち主。いや、クローフィのほうが若干早いかもしれないが、蟻ん子のような俺からしてみればどっちも異次元の逃亡者であることは変わりない。多分この人達は逃げないけど。



「知っておるか? 妾達が眷属を作ったら、それを立派な吸血鬼に育て上げねばならんのだ。だからお主のために試練を設置してきて様子を見に来た途端、汚らしいユダに襲われているとは」



「ゆ、ユダ……?」



 試練だの何だのと聞き捨てならない言葉もあったが、それよりも今はユダとやらだ。

 流れ的に俺を襲ってきたまっくろくろすけだろう。しかも汚らしいときたもんだから、相当に好感度が低いらしい。

 ユダと言えばもしかしたら世界で一番有名かもしれない裏切り者。

 そんな例えをするということは、あのまっくろくろすけも裏切り者だと考えられる。



「そう。吸血鬼に生まれ落ちたにもかかわらず、その身を人間ごときに救われ、何を感化されたが知らんが妾達に反旗を翻した恩知らず。まぁ汚らしい人間の血が混じっていたからかもしれんがな」



「……………………」



 ちょっと過激な思想からは目をそらしつつ、気にするべきは彼奴の経歴。

 どうも彼――体格から予想――は人間の血が混じった吸血鬼。つまるところハーフらしい。

 それで吸血鬼に反旗を翻す……畢竟ヴァンパイアハンターと。

 ハーフのヴァンパイアハンターだと? それもう主人公じゃん…………。



 一瞬見えたアイコンから彼がNPCであることは分かった。

 分かったが、どうにも納得がいかない。

 


 ――いや、なんでそんな主人公っぽい属性モリモリなんですか?



 こっちはどう頑張ってもロリコン疑惑の湧く不審者でしかないというのに……!

 世界は不平等だ。天は人の上に人を造る。勉強など大して意味は無し。心の中の福沢諭吉オルタもよう鳴いとる。



「ではこれからポチには試練を受けてもらうぞ。妾の眷属がいつまで経ってもそこらの有象無象と同じでは格好つかんからの」



「あ、いや、ちょっと……その、待ってもら、えませんか…………?」



「?」



 すでにまっくろくろすけもといヴァンパイアハンターは距離とは距離を置き、もう視界にも映らない所まで来たので。

 クローフィが口を開いたが、俺はすかさず宝具パーフェクトコミュニケーション()を展開した。




















「……………………」



「……………………」



 胃が痛い。



 俺は黙りこくって睨み合う師匠とご主人さまを眺めていた。

 勿論背中には嫌な汗が死ぬほど流れまくり、ナイアガラの滝めいた光景を作り出している。

 ドクが不満そうにきゅーきゅー鳴いているが我慢してほしい。こっちもこっちで生きるか死ぬかの瀬戸際のいるのだ。


 

 クローフィに拉致られそうになった時、頭をよぎったのはラインの姿だった。

 武闘会で色々会ったのに、そのまま何も言わずにトンズラは流石に不味いだろう、と思って主人に頼んで最初の街にあるライン亭に訪れたのだが。



「……………………」



「……………………」



 なんか彼女たちが出会ってからずっと黙りこくっているのだ。

 一瞬だけ、「あ、これもしや俺を奪い合って……? やめて、俺のために争わないで!」とか妄想じみた叫び声をあげようとしたが、どうにもそうではないらしい。

 観察していると、クローフィはよく分からん真っ黒なオーラを、ラインは金色に光り輝く謎のオーラをにじませていた。

 一体何なんですかそれは。見たことないんですけど。



 その光景から考えられるのは、彼女たちの相性が死ぬほど悪いのではないだろうか、ということだ。



 だって子供が見たら泣きそうな顔して睨み合ってるし。俺も子供だから泣いちゃう。ぴえん。

 というかこんな状態になってからすでに十五分程度が経過している。

 ずっと見ているのも飽きたので、アイテムボックスから紅茶を取り出して飲みだした。ドクもいるかい? ……あ、いらない。そう…………(悲)。



 前の俺ならば緊張して何も喉を通らなかっただろうが、武闘会以降不思議なくらいに肝が大きくなって気がする。

 そもそも陰キャコミュ障が美少女相手に生きていられるだろうか? NPCとか関係ないのだ。本来だったら致命傷を負って死んでしまう。しかし今の俺はどもりこそすれ、液体になって溶けたりはしないのだ。

 つまり成長。

 変な成長してしまったなぁ……それもこれも紅茶を押し付けた某狂信者ってやつが悪いんだ。



「……なんかいい匂いがするな」



「……そうじゃな」



「はぁ……バカ弟子を見てたら萎えちまったよ」



「ふん、妾はもともと貴様のような下賤なものと張り合ってはいないがな」



「よく言うぜ。可愛いお目々をひん剥いて私を睨みつけてたくせに」



「やっていないが??? それにそれを言うなら、お主もそうではないか」



「何だと????」



「やるのか????」



「……………………」



 はぁ。



 自分がラインに顔を見せたいと言ったのが原因とは言え、なんかもう面倒くさいな。

 俺は大きなため息を付きながら、彼女たちの話し合いがいつ終わるのかと遠い目をして考えていた。

 あー、お茶美味しい。

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