拳聖の弟子

「お前、どうしてここにいるんだ?」



「そりゃ、えぇと…………まぁ」



 こっ恥ずかしい。

 本人を前にして『あなたのためです』とか言えるか? 言えないだろう。

 とりあえず超絶コミュ障陰キャワイには不可能やぞ。



 全身真っ黒の不審者がもじもじしているところなど需要ないだろうが、この世の地獄みたいなそんな光景が繰り広げられる。

 今までの人生で丹念に鍛えてきたコミュ力が火を吹くぜ。

 火を吹くのは顔かもしれんけど。ぼおおおおおおお。



「――あ、やっぱり賞品のためか?」



「……は」



「そりゃそうか。そうだよな! 武闘会の優勝賞品は豪華だし、皆欲しがる。しかも勝ったら物凄い名誉までついてくるんだ。参加しない手はないよな」



 ラインは何処か卑屈な笑みを浮かべると、ごめんごめんと謝ってきた。

 違う、そうじゃない。

 俺が求めていたのは、そんなものじゃ。



「……あぁ、それじゃあ、私がここにいるのも迷惑だよな。悪い、すぐに帰るよ」



「……いや、ちょ、まっ」



 普段喋らないのが悪かったのか。

 急いでさろうとする彼女を止めるために、声を上げようとしたのだが。

 出ない。

 伝わるほどの大きさの声が出ない。



 武闘会を優勝し、気が抜け。

 それに加えて師匠と会えたことで、力が抜けていたのだろう。

 慣れない「声を出す」という行動が、咄嗟に出来なかった。



 だから、ラインは俺の目の前で扉の向こうへと消えて――。



「……………………」



 行かせない。



 がし、と彼女の腕を掴む。

 随分と細いものだ。これで拳聖などと呼ばれるにふさわしい破壊をもたらすのだから、人間見た目からは中身が分からないのだなぁ。

 


「え? ポチ?」



 不思議そうに、そして何かを期待しているかのような瞳。

 言語化出来ない感情で揺れているラインの姿は、何故か俺を緊張から解き放った。



「俺が、武闘会に参加したのは」



 あぁ、そうだ。

 普段から言葉が足りず、勘違いをさせてきた。

 だからこそ、今。この瞬間だけは、何があろうとも勘違いなどさせない。



「ライン……もう一度あなたの弟子になりたいからだ」



 慣れないから、とても気障ったらしい言葉になってしまったかもしれないけれど。

 それでも、伝えたい気持ちは。

 


「…………………………あ、あぁ……あぁ……! 私で良ければ…………どうしようもない私だけど、こんな出来の悪い師匠でもいいなら……!」



「ラインが良いんです」



 今まで抑えていたのか、彼女の綺麗な双眸から涙が流れ落ちてくる。

 普段ならそっと目をそらして逃げ出すところだが、どういう訳か今はそんな気が起きなかった。

 


 ただ一つ、胸の中に浮かび上がった言葉を上げるなら。



『称号【拳聖の弟子】を手に入れました』



 俺は、再び、ラインの弟子になれたのだろう、と。

 ひたすら安心していた。




























 で。

 その後何があったのかと言うと。



「い、嫌だ……! 絶対に行きたくない……!」



「行くぞ」



「ヤメロー! シニタクナーイ!」



 全力で抵抗する俺の足を持って、引きずっていくライン。

 武闘会で優勝したのでハッピーエンドだと思ったか? 残念ながらそんなことはなかった。

 


 目の前に迫りくるは訳のわからないほど大きなゴキブリ。

 は???????? 一体こいつは何なんだ????

 そんなコチラの疑問に気がついたのか、師匠はなぜかとてもいい笑みを浮かべた。



「こいつと戦うとモンスター相手の戦い方が嫌でも理解できるらしいぞ!」



「だからって、ゴキブリと……戦えと?」



「あぁ!」



 あぁ! じゃないが。

 すん、と真顔になる俺に、しかしラインは頓着しない。

 大会が終わってしまったためにもとのステータスに戻った自分では、到底拳聖に敵うはずもなく。



 ぺい。



「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!?」



 放り投げられた。

 ゴキブリの方に。

 ものすごい勢いで。



 待て待て待て待て、下手すればこれモンスターに当たった衝撃で死ぬぞ。

 もしやお師匠、馬鹿だな?

 もしくはこれくらい何とかなるとでも思ってらっしゃる???? 弟子を過信するな、死ぬぞ、俺が。



 流石にそんな死に方は嫌なので、頑張って空中で態勢を立て直し、衝撃を受け流す。

 その際にゴキブリにまともに当たってしまったが、目をつぶればちょっと硬めのクッション程度の感触だったらノーカンだろう。

 ……なんでゴキブリが柔らかいのかは全く分からないが。

 とりあえずそれで生き残れたのだから良いだろう。



 武闘会が終わり、賞品――なんか狐のお面だった。かっこいい――をもらって。

 再び俺とラインとの修行生活が始まった訳なのだが。

 あの出来事のせいで随分と俺のことを『出来るやつ』だと勘違いしてしまったみたいだ。

 つまりどういうことかと言うと、以前よりも遥かに厳しい修行が待っていた。



「死にたくない死にたくない死にたくない」



「大丈夫だ、ポチなら!」



「ムリムリムリムリムリムリムリ……」



 武闘会を経てから、何故かライン相手の場合は結構話せるようになった。

 勿論それ以外だといつもどおりのどもりまくりなのだが。

 じゃあ円滑なコミュニケーション(誇張表現)が取れるようになったから、そんな厳しい修行なんて辞めさせてもらえるんじゃないか? だと?



 ところがどっこい、これが無理……!

 


 いくら俺が抵抗しても、



『いや、流石にそれは……』



『うるせぇ! やろう!(ドンッ!)』



『……見間違いでなければ、もしかしなくとも岩なのでは……』



『あぁ! だからこそ砕きがいがある!』



『それ、食べるんスカ』



『勿論だ』


 

 うっ、頭が。



 兎にも角にも、俺は目的を達成したと思ったら、更にキツイ環境に放り込まれていたのだ!

 どういうことなの……?

 思わず困惑してしまうが、楽しそうに後ろで笑っているラインの期待を裏切りたくない。

 じゃあ目の前のクソデカゴキブリと戦うかと言うと、それもしたくない。



 前門のゴキブリ、後門の拳聖。

 どちらに進もうと殺される気しかしません。



 ………………あぁもう私、これからどうなっちゃうのー!?

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