勝負の行方

「ああああああああああああああああ!!!!!」



「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 互いに、意味をなさない声を上げる。

 しかしそこに込められた意思は一つ。



『絶対に勝つ』



 両者とも決して挫けないと、減り続けるHPからは目をそらして戦い続けた。

 俺もかなりきつい。

 シロは戦ってきた中で上位のプレイヤースキルを持つし、そんな相手と長時間戦ったこともない。いわんやこんな至近距離では。



 彼女の攻撃がかするようになり、やがてまともに命中するようになる。



「ガッ!?」


 

 肺の中の空気が全て抜けていくような衝撃。

 だが意識を持っていかれることはなく、歯を食いしばってその場に残った。

 引かない。



 ちょっとでも距離を取れば魔法で攻撃してくるだろう。

 そうなれば、減少しているこちらのHPでは耐えられない。

 しかも彼女は頭がいいというか戦闘が上手い。俺の行動を誘導して、魔法を当ててくるのは当たり前、何ならそれに乗じて切りかかってくるかもしれない。



 杖を捨てて剣一本で戦う彼女だが、それがまぁ強い強い。

 流れでしょうがなく近接戦闘をしてきた俺が、滅茶苦茶に追い詰められるほどだ。



 殴る殴る殴る。

 目にも止まらぬ蹴りの応酬。

 二人の間に満ちるのは戦意に満ちた雄叫びと、激しい息遣いだけ。

 それ以外は何もいらない。



 ◇


 闘技場には沈黙が落ちる。

 それは、両雄のあまりにも激しい戦いに意識が飲まれてしまってるからだ。

 観客達は自分の呼吸すらも煩いと思っているかのように、息を潜める。



 ごくり。



 誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

 きっとこの戦いの終わりが近づいていることが分かるのだろう。 

 始めはシロが勝つと皆が思っていた。これは出来レース。不審者には到底勝ち目などないと。



 しかし、今はどうだ。



 会場を満たす熱さ。

 試合が始まってすぐに彼女が勝つと思えば、どうも不審者が抵抗しているではないか。

 そして、時間が経つに連れて抵抗は、勝負になっていった。



 比較する必要すらないと思われていた戦い。

 見る価値もないと、観戦すらしなかったプレイヤーは後悔しているだろう。

 


 見よ、この真剣さを。

 両者ともに目を見開き――片方は隠されていて見えないが――唸る唸る。

 繰り出されるは磨き上げられた剣技と拳技。

 見事な技と技との応酬に、息をつく暇もない。



 出来るならば一生見ていたい。

 そんな思いすら抱かせる戦いは、しかし少しずつ終焉に近づいていった。



 一見、勝負は均衡しているように見える。

 事実HPは同じほどだし、減り具合もそうだ。

 攻撃が当たる頻度も、威力も同じ。



 ならば、どちらが勝つのか。



 観客達には分からぬことだが、例えば、一つ上げるなら。



 それは、きっと「想いの強さ」なのだろう。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」



 最後の一撃が、突き刺さった。

























「…………………………………」



「…………………………………」



 俺とシロは黙りこくる。

 こちらの拳は彼女の腹に突き刺さり、剣は首を斬ろうと迫っていた。

 首の皮一枚。

 ほんの少しの距離が、勝敗を分けたのだ。



「……負け、かぁ」



 ぽつり、と。



 小さく呟いた彼女の声は、聞こえづらかったが。

 それでも、確かに俺の耳に入ってきた。



 自分の攻撃により、HPがどんどん減っていく。

 じれるような速度のように感じるほどの集中。

 刻一刻と終わりは近づき、やがて、ついに。



 花が吹雪くように、舞い散るポリゴン。

 その中に呆然と佇む俺は、未だに状況が飲み込めていなかった。



「……勝った?」



 シロは、目の前から消え去った。

 その代わりとして鎮座するのは、嫌に安っぽい感じのするホログラムウィンドウ。

 先程までの戦いを思い返せば、もうちょっと何とかならなかったのかと思ってしまうが。



『ポチさんの勝利です!』



 だが、そこに記載された言葉は。

 間違いなく、俺の勝利を伝えるもので。

 であるならば、やりきったのだろうか。今まで、何もなせなかった男が、初めて。



「わああああああああああああああああああああああああああああああ!!」



 突如、耳をつんざく悲鳴。

 いや、悲鳴じみた歓声か。

 今の今まで集中していたせいで、この大音量が耳に入っていなかったらしい。



 ちらりと見てみれば、素直に拍手をしているものもいるが、大多数が不満そうにしている。

 まぁ、そりゃそうか。

 彼らにとって見れば、俺など「見た目も麗しい激強美少女の勝利を邪魔した不審者」。ただの悪役ヒールだ。しかし、それでいい。



 なるほど、この光景を見れば。



 まるで泣き出しそうな顔をしながら、こちらに向けて手を突き出してくるラインを見れば。



 俺が、コミュ障で何もしてこなかった俺が、ようやく。 

 何かをつかみ取れたのだろうと、納得がついた。



「……………………………」



 黙って、手を突き上げる。

 それだけで歓声が大きくなるが、それを捧げたのは観客じゃあない。



 顔を覆ってうずくまる、小さな師匠に捧げたのだ。



 俺は、成し遂げた。



 ◇



 その後。

 


 進行役のNPCが現れ、俺を案内してくれた。

 戦闘直後の無敵モードとは言え、流石にコミュ障陰キャの自分にはさっきの大勢の視線を向けられるあの場は厳しかったのだ。正直助かった。



「えぇ、と……これから、どうなるん……ですかね?」



 どもりどもり。



 前をゆくキャラクターに声をかけると、この後の進行が説明された。



『しばらく時間を置いた後、賞品の授与がなされます。その際に再び競技場に戻って、大勢の前で祝福を受け……あ、無理そうですね。であればそれは断ることが出来るので心配しないでください』



 そんなに顔に出てた? 何ならフードで顔見えないはずなんだけど。

 伝説の陰キャなので、まぁ大勢の前で賞状授与的なサムシングなどされたら死にます。

 当然断って、休憩室に案内されため息を付いた。



 あぁ、すとん、と納得はしたけれども。

 本当に自分は勝利できたのだろうか、という不思議な猜疑感が蝕む。



 そんなふうに、ボーッとしていたら。



「……………………ポチ」



「…………師匠」



 ラインが、現れた。

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