強欲
「…………!」
ラインは走る。
先程耳にした名前の持ち主の元へ。
反射的に飛び出し、勢いのままに駆けている。
それを見た者が咎めようとするが、相手を見て驚きとともに声を飲み込む。
数多くいるプレイヤーが思ったことは、ほとんど一つに集約された。
(こ、子供……⁉)
どうしてまた武闘会などという血なまぐさいイベントに。
いやまぁNPCならばそういうものを楽しむのかもしれないが、と。
しかし奇異を見る目を全て無視して、彼女は会場へとたどり着いた。
きっと普通の観客がいるところでは人が壁になって視認できないだろうから、ラインのために用意された席へと。
男は焦ったように肩を震わせており、今にも爆発しそうだった。
「な、何故……何故あの男がいる⁉」
その視線を辿ってみると……いた。
『――両者とも挨拶を済ませたところで、試合開始です!』
瞬間、ポチの対戦相手が消えた。
そう思えるほど、圧倒的な速さだった。
何とか彼はギリギリで剣を回避し、カウンターをするべく拳を振るう。
あぁ、あの動きは。
対戦相手――シロによって防がれたものの、すぐさま連打を叩き込もうとするあの姿勢。
やはり。
「――――――ポチ?」
「……ッ、ああああああああああああああああああ!!!!」
逆に右腕を斬られ、ダメージを追っていた彼が。
もう駄目だと、遠目からでも折れていたことが分かる彼が。
まるでラインのつぶやきが聞こえたかのように、心に火を灯して凶刃をそらした。
そして、繰り出される拳。
シロの腹に突き刺さり、彼女を吹き飛ばしたあの攻撃。
間違いなく、
どうして。
どうしてこんなところにいる。
まさか、自分を助けるために?
いやいやいや、あの他人の機微に疎いポチが? こちらの考えを読み取って?
ありえない。ありえないだろう。
それに、まだ修行を始めて間もない彼が、ここまで来られるなんて。
どういう訳か、涙が溢れそうだった。
例え彼が勝利できなくとも、助けに来てくれたという記憶を頼りに生きていける。
それほどまでに、眼前に広がる光景は衝撃的だった。
あぁ、それでも。
これ以上ないくらいに嬉しいが、強欲が許されるならば。
「お願い、勝って」
再び、あの日々を。
◇
「あたりまえだああああああああああああああ!!!!!」
「ッ⁉」
突如叫びだした俺に困惑の表情を向けるシロ。
まぁ理解できないよな。
自分ですら本当にラインの言葉が聞こえたのか信じられないもん。
不思議と軽くなった身体に、先程までとは比べ物にならないほど「見える」視界。
彼女の攻撃の軌道がまるで線になったように認識できた。
「な、なんで……急にッ」
こちらの攻撃をなんとか捌きながら、疑問をぶつけてくる。
なんで、か。
……どうしてだろうな。よく分からないや。
俺は苦笑しながら、肩をすくめた。
『ポチ選手、一気呵成に攻め立てる! この猛攻に、シロ選手反撃の隙もありません!』
「ああああああああああああああああ!!!!」
「クッ、ハアアアアアアアアアア!!」
俺が叫びながら連打を叩き込んでいると、シロも同じく声を上げて杖を振るってきた。
片手で振っているというのに、何という速度。
ギリギリ上体を倒してそれを躱すと、剣が一刀両断にせんと落ちてきた。
体重を後ろに乗せていたことを利用して、回避のためのバク転。
ついでに蹴りを彼女にお見舞いして、危険から逃れることが出来た。
「……ハァ、ハァ!」
シロは肩を上下させながら、こちらを睨みつけてくる。
おいおいおい、体力が足りないなぁ。この程度でバテているのか? 俺はラインに地獄の修行をさせられていたから、まだまだ大丈夫だぜ。
武闘会、決勝戦。
始まってから五分も経っていないが、もう何十分も戦っているような気分だ。
それほど集中しているのだろう。
その証拠に、シロの繰り出す攻撃が遅く見える。
最小限の動きで躱し、カウンター。
ノックバックした彼女を追撃し、体力を減らした。
残りのHPは四割ほどか。
こちらは攻撃を何度か受けているので残り三割くらいだが、このまま行けば勝てるだろう――。
そんな、油断をしていたからか。
「【加速】――!」
スキル名らしきものを叫んだ彼女に、何処からでもかかってこいと構えた。
しかし、
後ろ…………⁉
今まで正面にいたはずなのに、背中の方から足音が聞こえる。
先程までの「タンタン」という軽いものではなく、「ドンドンッ!」という重いものだ。
加速と言っていたな。そのせいか。
勘を頼りに、剣を回避したが、杖までは躱しきれずにモロに当たってしまう。
加速によって威力まで上昇しているのか、耐えきれない衝撃に吹き飛ばされた。
前回り受身をすることで被害を最小限にし、くるりと回った一瞬で状況を把握。
どういう訳か彼女はその場に留まって攻撃してこないので、この間に態勢を立て直す……!
「――全てを焼き尽くす天の怒り。その速度に比例するものはなく、ただ天下において最速の光。貫き、穿ち、敵を滅ぼす神の炎! 【
魔法。
杖をこちらに向け、一体何をしているんだと思っていたが魔法。
長ったらしい詠唱すらも素早く唱え、気を取り直したときには眼前に雷。
バチバチと音を立てながら向かい来るそれに、何とか回避しようとしたが間に合わない。
だがこのままにしておけば死ぬ。
見たところあの魔法は随分と破壊力が高そうだ。おそらくそのまま頭を貫き、身体を焼き尽くすだろう。
そうなればHPは簡単に吹き飛ぶ。
忘れているかもしれないが、俺はまともな装備をしていないのだ。紙装甲。防御力はゼロに等しい。
ならば、最も被害を抑えるためには。
俺は何とか左腕を差し出し、雷で出来た槍に当てることで威力を下げた。
あのまま胴体や頭に当たっていたらクリティカルダメージ。
一発で死んでいただろう。
というかいつものステータスだったらあれで死んでいた。
今も生きているのは、ひとえに大会用に強化されたステータスのおかげ。
攻撃を捌き切ったと確信した瞬間、その場から飛び去ってそれ以上の追撃を牽制した。
近接戦闘も出来て遠距離攻撃手段もあるとか強すぎるだろ。
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