決勝戦開始

 それから。

 ある程度の時間が経過し、俺が不戦勝した準決勝が終わったらしい。

 一人寂しくスクワットをしていたときにアナウンスが来た。

 いやしかし、どうしてこう下半身の筋トレというのはキツイのだろうね。しかも変化が見えないし。



「行くか」



 プルプルと震える脚を見て、これミスったか……? と心配になったがまぁ大丈夫だろう。

 最悪ポーション飲めば回復できるし。出来なかったわ。



 試合会場に向かいながら、考えるのはラインのこと。

 次の戦いで勝利できなかったら、彼女との関係は終わる。

 現実世界での生活が充実していないために、ゲームに逃げた結果が今だ。そこで良くしてくれた少女との関係が終われば、このゲームを続けていく自信がない。



 つまり、たかだかゲームでは済まない話なのだ……!(悲しい人)



 現実にコミュ障ボッチに優しくしてくれる人などいるだろうか? いやいない(反語)。

 中にはいるかもしれないが、きっとオタクに優しいギャルくらいの確率だろう。

 はっきり言うと幻想。



 自分のためにも、彼女のためにも――ラインが俺と一緒にいたいと思っているかは知らないが。思ってくれていると嬉しい――勝たねばならない。

 勝たねばならないのだ。



 ◇



 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!



 会場に入り、案内された先は映画とかでよく見る闘技場みたいなところ。

 ローマ帝国とかのコロッセオを想像すると分かりやすい。

 あの観客席に数多のプレイヤーやNPCが詰まっており、これから始まる戦いに期待をしていることが読み取れた。



 当然緊張する。

 いくら多少慣れたとは言え、俺の正体はコミュ障。

 こんなに人が詰めかけているところで本来の実力が出せるのか……。



『さぁ! ポチ選手の入場です!』



「ぴぇっ」



 掌にのの字を書いていたら、デカい声でお呼ばれしてしまった。

 流石にびっくりしたので、訳のわからない音が出る。

 ドクンドクンと心臓が高鳴り、額からは粘着質の汗がダーラだら。これが恋……?



 がちがちになりながら石造りの門的なものを通ると、太陽が眩しく照らしてきた。



「…………………………」



 歓声。

 これより始まる決勝戦に、手に汗握る戦いを期待している。

 中には興味の薄い人もいるのだろうが、おそらくは「俺」と「彼女」の勇姿を今か今かと待っているのだ。

 ぁ、やばいお腹痛くなってきた。



 ぐぎゅるるるるるるるる、と唸る腹を何とか宥めながら、対戦相手が登場するのを待つ。

 遅いな。宮本武蔵戦法か? オールで撲殺されるのは嫌ですよ。



 そんな他愛もないことを考えて気を紛らわせていると、前方の門から歩いてくる白い少女が目に入った。



 どことなく見たことのあるような顔立ち。

 しかし現実ではありえないであろう見た目。



 間違いない、奴だ。



『さあ! もうひとりのプレイヤー! シロオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』



 俺のときよりも遥かに大きな歓声が響いた。

 あれ? もしかして主役あっち?
















「………………………………」



「………………………………」



 両雄相見え、降りるはじっとりとした沈黙。

 緊張からか頬には汗が流れ、周囲の音が遠くなっていく。

 まだ戦いは始まっていない。それなのに、この迫力。



 これが決勝戦か。



 今までの戦いとは違う。

 勝敗一つで全てが決まるという、確実な成功と失敗。

 もはや負ければ言い訳はできない。

 そもそも俺に負けるなどという選択肢はなかったわけだが。



『会場内には独特の緊張感が漂っています。観客たちは固唾をのんで勇姿を見守り、歴史に残る戦いの見学者にならんとしているのです!』



 実況が煽る煽る。

 そんなに煽んなよ。俺の胃が火を吹くぜ? ゲロゲロゲロゲロ。



「……はじめまして、シロです」



 ほう、自己紹介アタックですか……たいしたものですね。

 ボッチに対して自己紹介は攻撃の効率がきわめて高いらしく、戦闘中に愛用する人は悔い改めてください。



 俺はどもりながら、何とか返答した。



「ぽちですよろしくおねがいします(SCP)」



『両者とも挨拶を済ませたところで、試合開始です!』



 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!



 コピペみたいな歓声が耳に入ってきた瞬間、目の前にホログラムウィンドウが出現した。

 まもなく試合が始まります。準備を完了してください。

 三、

 二、

 一、



 スタート!



「……ッ!」



 戦いの火蓋が切って落とされた。

 そう思ったところで。



 顔を剣がかすめて行った。

 剣が。

 剣?

 


「魔道士じゃ、ねぇのかよ……!」



 目撃したのは、片手に杖、片手に剣を装備した彼女――シロの姿。

 聞いてないぞ。武器って二つ同時に装備できたのか?

 双剣とかはもともとの構造からして二つだろうが、杖と剣は間違いなく違う。

 もしかして全プレイヤーの中で最も反応速度が速かったりする?



 開幕からいきなりの奇襲。

 というか、さっきまで剣など持っていなかったはずなのだが。



「…………!」



 だが、好機。

 相手が自分から近づいてきてくれるというのならば、遠慮なく殴らせてもらおう。

 いくぞ、男女平等パンチ!



 ガギィン! と思い切り金属が軋む音が鳴り、俺の攻撃は防がれた。

 彼女の剣によって。



 曲芸師かな?

 そこそこの速さの拳を剣で防ぐとか、魔道士やめてピエロになればいいじゃないですかね。

 ゲームでなければ、おそらく手の骨が折れていただろう。いやー、ゲームで良かった。まぁダメージは受けているが。



 攻撃したはずなのに、ダメージを受けているのはこちらだけ。

 これが攻守一体ってやつか。

 俺の場合はステータスが足りずに基本的に守りだから、ちょっとばかし羨ましい。



 近距離での拳が防がれるのなら、もっと手数を増やせば良いんだ。戦いは数だよ兄貴!



 そうして俺は、無防備に剣で視界を遮っているシロに、蹴りや肘を叩き込むべく一歩踏み出したのだった。

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