棄権

「あぁ……お茶が美味い」



 俺は落ち着いた気持ちで緑茶を啜ると、燦然と輝く太陽に中指を立てた。ファック。

 ちらりと庭を見て見れば落ち葉が積もっている。

 落葉の季節でもないのにどうして? それはゲームだからさ。悲しいね……。



 現在、ライン邱。

 第三回戦を勝ちぬいたので、しばらく休憩をしようと思ったのだ。

 


「いやしかし……ほんのちょっとの間にどうしてここまで汚れるかね」



 眉を寄せる。

 目の前に広がっているのは、一面の落ち葉の海。

 体感温度はちょうど良い感じ。落葉はまだまだ遠いはず。

 そもそもこの家に生えているのは落葉樹なのか? ぱっと見常緑樹なんだが。



 アイテムボックスから箒を取り出し、サッササッサ。

 もはや体に染み付いた雑用根性よ。

 これが職業病……? 働きたくねぇ。オイラの将来の夢は専業主夫さ!!

 コミュニケーションが取れるのかって? 聞くな。



 とりあえず出来上がった落ち葉の山を見て、ため息をつく。

 これどうしようか。いつもだったら適当にアイテムボックスに突っ込んどくんだが、量が多すぎる。

 というか試合で爆発ポーション使いすぎてもうないんだよね。

 ギリギリのところで勝利できたから良いものの、ちょっとでも遅れてたら負けてたな。



 改めて綱渡りの戦いだったことを自覚した。

 ほんと良く勝てたな。

 


 そんなこんなしていると、ポーンとアナウンスが鳴った。

 共に目前にホログラムウィンドウが出現し、そこに書かれている文章に目を通す。



『ポチさんの対戦相手が棄権したため、第四回戦は不戦勝となります』



「は?」



 不戦勝。

 不戦勝?

 不戦勝ってアレか、勝負しなくても勝ちでいいっすよ、っていう。



 え?



「――シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」



 思わず赤い彗星の名前を叫んでしまった。

 マジで!? 喜ばしい。これは吉兆。

 一体全体どうして相手が棄権したのかは分からないが、優勝の確率がだいぶ高くなったな!



 あっ。



「次の対戦相手誰なんだろう……」



 今まで全く相手のことなど調べないでやってきたが、流石に不味いんじゃないだろうか。

 まぁ参加人数が多かったというのもあるが、第一はそういうのを俺が見ないタイプだから。

 ゲームとか、攻略情報とか見ずにやりたいんすよね……それで詰むのはご愛嬌。



 だが万全を期すためには、情報収集も大事だ。 

 決勝戦ともなれば誰が参加するのかくらい分かるだろうと思っていろいろ調べていたら、どうも現在準決勝が行われているらしいことが分かった。



 ちょうど実況スレがやっていたので目を通す。



『いやー、しかし不審者の相手残念だったな』



『しょうがないだろ。あのクズに勝ったんだぞ? どうせ勝てないなら降りるのもあり』



 不審者? クズ? 一体誰のことだろう。

 酷いあだ名を付けらた人もいるものだ。可哀想……まぁネットだし仕方ないのかもしれないけど……。

 その点自分が有名になったとしたら、きっと【勇者】とか【魔王】とかバチバチに決まったあだ名を付けられるのだろう。ヒュー! カックイイー!



 俺は来たるでろう未来に思いを馳せながら、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


















「さてさて……それで対戦相手は誰なのかな」



 そうしてスレを眺めていると、とある一人のプレイヤーネームが頻出していた。

 曰く、二百色ある色。

 犬の名前にもよくつけられ、某国民的アニメでも主人公が飼っている……それ。



「シロ……?」



 どうも、相手の名前はシロらしい。

 ほう、シロ。

 なるほど。



「なんで犬っぽい名前なんだろう……」



 不思議。

 まぁゲームの名前なんだからとやかく言う理由はないが、少し気になってしまった。

 若干のシンパシー。

 俺の場合は全く楽しくない連想ゲームで命名しただけだけれども。



 悲しくなってきた。



 慌てて目を袖でこすると、そのシロとかいう相手の見た目を見てみることにする。

 いやね? 別にスレで「可愛い」だとか「天使」だとか言われてるから見たいわけじゃないですよ。

 えぇ。見た目からでもある程度の戦い方を予想できるから、俺は見たいがっているのです。マジですよまじ。ボッチ嘘つかない。



 スワイプを続けると、やがて件のプレイヤーの姿だと思われる画像が貼られていた。

 それに目を通すと、どうしようもない違和感を感じる。



「…………? ………………?????」



 なんだろう、この、違和感。

 喉に骨が引っかかったような、気になるような気にならないような。

 強いて言えば、どっかで見たことあるような。気のせいかな?

 いや、しかし……。



 うーん、考えても分かる気配がない。

 灯台下ぐらしとも言うしな、案外答えは近くに転がっているのかもしれない。

 だが俺が考えるべきは彼女の正体ではなく、如何にして決勝戦を勝つのかだ。

 


 ということでそれ以上の思考をシャットダウンし、俺は立ち上がった。



「一体何処の誰なのかは知らないが…………絶対に勝つ」



 それにしても、本当にどっかで見たことあるような気がするんだよな。

 本当に近くで。



 ◇



 修行。

 それはバトル漫画とかではお約束で、これなしには語れないと言う。

 かくいう自分もかなりそういうシーンが好きで、影響を受けやすいということもあり、バトル漫画で見たものを実際にやってしまうということが多々ある。かめはめ波が打てるんじゃないかとホンキで思っていた時期が俺にもありました……。



 しかし。



「はぁ……はぁ……!」



 いざ、ガチでやってみようとなるとキツイもので。

 


 背中に重しを乗せて、意味があるのかもわからない腕立て伏せ。

 STRがゼロだからおもしと言ってもかなり軽いものだが、それでもキツイ。

 ただでさえ自重だけで潰れそうなのに、外付けの重しなどつけてしまえば結果はお察しである。



 だが前の戦いで自分にはまだまだ鍛錬が足りないことを自覚した。

 それでは決勝戦など到底勝ち抜けないだろう。

 なんとしても勝たねばならないのだ。

 そのためには、キツかろうが耐えて修業をする。



「でもまぁ……ラインがいないと、不思議とキツさが増えているような気がするなぁ……」


 

 ぽつりと、一人寂しく呟いた。

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