暴虐王
全力で背後に蹴りを叩き込み、その反動で前に飛び出す。
頭を若干かしげて後ろを覗き込むと、さっきまで頭があった位置にナイフが通過した。
思わず顔をこわばらせると、そこに立っていたのは可愛らしい見た目をした少女だった。
「なんで躱しちゃうのぉ? 私が殺そうとしてたのに!」
プンプンと、怒ってますと言わんばかりに両手に持ったナイフを振り回す少女。
ゾッとする。
俺はこれでも気配察知には自信がある方だ。それなのに、一切の気配を悟らせずにこちらの背後に接近。声をかけられなければそのまま殺されていたかもしれない。
一体、何者だ……?
「……? 大体の人は私の姿を見たら逃げちゃうのに、お兄さんは逃げないんだねぇ?」
「…………まぁ、逃げるところもないからね」
緊張でどもりながら、しかし戦闘モードなので多少は軽い舌を回す。
ちらりと地図を見てみれば、この周辺以外は壁で覆われていた。
つまり行くところがない。ここが終着地点だ。
そして、生き残ったプレイヤーも俺と彼女のみ。
「あはっ! 私最近だれかと『戦って』なかったの! お兄さんは骨がありそうで楽しみ!」
本当に楽しそうに、哄笑する少女。
随分とヤバそうなやつに当たってしまったものだ……流石にロールプレイだろうけど……。
俺は目をかすめたナイフを見切ると、最低限の動きでもう一本のナイフを躱した。
「………………」
強い。
今まで戦ってきた誰よりも、強い。
本気のラインと比べればおそらく彼女のほうが強いだろうが、本気のラインとは戦ったことがないので実際のところは分からない。とにかく、それほどまでに目の前の少女は強い。
…………?
彼女の動きを察知するために目に集中していたのだが、どうも頭の上に文字がある。
プレイヤーネームか?
それをはっきりと確認するために凝視すると……。
【暴虐王】。
何だそれ。
◇
「あはははははははっはははははっはは!!!」
「クソ……ッ!」
「楽しい、楽しい!! こんなに持ったのはお兄さんが初めて!」
俺はナイフの嵐をなんとかしのぎながら、反撃の糸口をつかめずにいた。
右手のナイフを弾き、拳を叩き込もうとしたら左のものがすくい上げるように切りかかってくる。
一度でも食らってしまえば連撃で倒されることは目に見えているので、わざと足を崩して地面を滑るように距離を取る。
しかし彼女も同じ動作を行い追いかけてくる。
刺突するためだけの動き。随分と研磨されている。
きっと何度も何度も反復してきたのだろう。プレイヤーを倒すのに最適化された動きが、俺を追い詰める。
こちらの戦い方は、言ってしまえば対モンスター用のものだ。
ラインは「拳聖」と呼ばれてるものの、対人戦を得意とするわけではない。
いや、十分強いんだけどね? 強いんだけど、十全に発揮されるのはモンスターが相手の時だ。
それは手心が必要じゃないとかそういう理由があるのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
まぁつまるところ分からないのだが、とにかくその弟子である自分も人が相手だとあまり優位にたてない。
俺は心を蝕む絶望感に飲まれつつ、逆転の一手を求めて攻撃をしのぎ続けるのだった。
――今更の話だが。
現在行われている大会は放送されている。
そのため、野次馬根性に優れたプレイヤーたちは、その多くが実況スレなどを立てているわけで。
『ちょ、不審者がおるwwwwwww』
『魔法使いだろ。なんで武闘会に参加してんの?』
『どうせこんな奴初戦敗退だろwww』
このようにポチのことも語られていた。
もちろん彼のことを認識しているものなど数少ないし、その少ない人らもポチの見慣れない格好に興味を抱いただけだ。
またこの大会には多くのプレイヤーが参加しており、当然彼だけが物珍しい格好をしているわけではない。
『メwwwイwwwドwww服www』
『しかも着てるのおっさんかよwww』
『お茶吹いた。訴訟』
だから彼に注目するものなどいなかったし、期待するものもいなかった。
そもそも誰かに認識されているわけでもないのだから当然だが。
ただ、たまたま第一回戦を見ていたものは、ポチの戦い方に恐れおののく。
『ヒェッ』
『すまない、俺虫だけは無理なんだ』
『何だこいつ、悪役か?』
『たし蟹。それっぽい見た目してる』
『虫を操る魔法使いwww 絶対に相手したくない』
彼の使う魔法――本当はスキル――に興味を示したものもいた。
『あの魔法は一体何だ? あんなもの見たことないが』
『どうせまだ有名じゃない魔法だろ』
『いや、あんなグロテスクなやつがあったらとっくに有名になってるだろ』
『ユニークスキルでは?(ラノベ脳)』
『↑MMOにそんなものあるわけ無いだろ』
そしてその魔法を見たものは、第二回戦も目にする。
『オカマ……?』
『いや待て、このおかしなsilhouetteは』
『オカマじゃねーか!』
『やっぱりオカマじゃねーか!』
『おっ、一部の界隈で有名なオカマ系弓使いじゃないっすかちっすちっす』
『オカマ系弓使いってなんだ……?』
『オカマな弓使いだろ(思考放棄)』
『…………うわぁ』
『虫を正確に射抜いてやがる』
『これ不審者に勝ち目ないなwww』
『まぁこれは決まりだな』
『そもそも魔法使いが武闘会で勝てるわけないんだよなぁ』
『↑相手も弓使いなんですがそれは……』
『それはほら、男は度胸女は愛嬌オカマは最強っていうから』
しかし、そんな彼らもポチが見せた戦いに考えを変える。
『……なんでこいつ近づいてんの?』
『そりゃ遠くから虫を出してても埒が明かないからだろ』
『案外接近戦のほうが得意な魔法使いかもしれない』
『そんなわけwww』
『いや! あのオカマが使っているのはMP回復スキルだぞ! その隙を狙っているんだ!』
『遠距離職にそんなことできません……』
『ステータスは一定だからもしかすると……』
『じゃあお前はスポーツ選手の体に入って良い記録を出せるのか?』
『すまんな、球を使うものは全部ダメなんだ』
そして。
『アイエエエエエエエエエ!? 連打、連打ナンデ!?』
『何だこのなめらかな動きは……(困惑)』
彼に対する注目が高まった折、ついに舞台は第三回戦に突入する。
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