壁
「………………………………」
うーん。
「……………………………………」
うーーーーーーーーん。
「……誰も来ねぇ」
俺はため息を付きながら、視界の隅に浮いているデジタル時計っぽいものを見た。
残り一時間。最後にプレイヤーと遭遇してからかなりの時間が経過している。
そしてその間、ここへ訪れたものはいない。
そのため俺は非常に暇しており、放送というものがなかったら腹踊りでも披露しようかというほどの思考に陥っていた。いや流石にしないけどね? しないけどね?
どうしてこんなに人が来ないんですかねぇ。
芋ってるんだから良いことなんだろうけど、ここまで来ないとなぁ……。
やっぱりフィールドが広すぎたんじゃないですか?
自分はずっとこの茂みと一緒に暮らしていたからこの世界の広さを知らないけど(未だ世界の広さを知らない田舎に住んでる系主人公並感)、地平線が見えているってことはだいぶ広んだろうし。
そりゃあ戦いが起こって人が少なくなっていけば、遭遇する確率も下がるよな。
運営はここも予想してなかったんですか?
そんなふうに呆れかけた瞬間、地平線の向こうから
思わず全身を硬直させてしまう。
急にプレイヤーが現れても、ここまでの衝撃は受けなかっただろう。そんなものよりも遥かに恐ろしいものが、遠方から走り寄って…………近づいてくる。
ズゾオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
土を抉る音とともに、こちらに向かってくるのは馬鹿でかい壁。
壁と言っても半透明で、壁の向こうが透けて見えるが、土埃をあげて動いている以上透過してやり過ごすというのも無理だろう。
そしてよくよく見てみると、それから逃げている哀れなプレイヤーが。
「たっ、助けてくれ〜!」
「摩訶般若波羅密多心経観自在菩薩行深般若波羅密多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如――」
「いや死後の助けを願ったわけじゃねぇよ!?」
あまりにも可愛そうだったので俺が手を合わせながら般若心経を唱え始めると、彼は目をひん剥きながら叫んだ。おや、違ったのか。間違えちゃった、テヘペロ☆
というかプレイヤーじゃーん。逃げなきゃ(使命感)。
「…………って、えぇ!? オイオイオイ、この状況で逃げるのかよ!? ここは『大丈夫ですか!?』『クソ、こんなことになるなんて……ここは俺に任せて先にいけ!』『くっ……ごめんなさい! 必ず、必ず助けに戻ってきます!』とか感動的な別れをするところだろうよ!」
あっ、結局見捨てるのには変わりないんだ。
当然コミュ障な自分が人と話せるはずなどなく、一切の躊躇なく彼を背に全力疾走。
背後でだんだん小さくなっていく声に涙を流しながら(嘘)、俺はあの壁から逃げ出した。
きっと彼はずっと走り続けていたんだろうなぁ。可哀想に。南無南無。
「……ところでこの壁、一体いつになったら止まるんですかね?」
答えてくれる声は、何処にもなかった。
「はぁ……はぁ……やっと止まったか」
俺は額に流れる汗をローブの裾で拭いながら、膝に手をついて体力を回復させていた。
動く壁は結構移動速度が速かったので、それに合わせてこちらも全力疾走をしないわけにもいかず、割と疲れた。どれくらい疲れたかと言うと一人で夢の国に放り込まれるくらい。それもう死んでるじゃねぇか。
今やうんともすんとも言わない壁をツンツンとしてみると、まるで金属のような硬さが指に跳ね返ってくる。まじで動く壁じゃん。
え、さっきのプレイヤーってこれに轢かれたの? 大丈夫? お茶の間に流せない映像になってたりしない? 多分馬鹿でかいトラックに轢かれるのと同じくらいのダメージ入ると思うけど……。
ま、良いか。
俺は先程の彼の冥福をお祈りしつつ、後ろで停止している壁の存在について考察する。
半透明の動く壁。硬さは金属ほどで、プレイヤーを殺す気しか感じない。
こんな物があったらバトル・ロワイアルなんて話じゃないと思うんだが。
「……いや、逆か?」
バトル・ロワイアルをさせたいがための壁。
例えば俺のような芋っ子ちゃんがたくさんいた場合、試合は一向に進まず、見ている方も暇。
本来であればガンガンバトルをする予定が、何故か引きこもりの大量発生となれば、強制的にフィールドを狭くして戦わせるしかない。
そのフィールドの狭め方が随分と強引だが、まぁ……良いんじゃない?(思考放棄)
ほら、後ろからトラックが迫ってたほうがきっと走る速度速くなるでしょ。火事場の馬鹿力を発揮させるためのものだよ。きっと、多分、おそらく。
そういえばFPSゲームでこんなの見たことあるなぁ、と思いながら、いそいそと隠れられる場所を探す。
え、フィールドを狭くするシステムがあるんだから、芋なんてやめてきちんと戦えだって?
だが断る(誤用)。俺は引きこもりだからゲームの中でも引きもこもるんじゃ!!! あ^〜、現代社会の闇^〜。
真面目に言うと、いくら狭まったとはいえ未だフィールドは結構広い。
視界の隅に浮いているホログラムウィンドウに表示されているが、真っ黒く塗りつぶされた部分――おそらく先程の壁――を除いてもまだまだ余裕がある。
流石にもっと狭くなったら戦うが、まだ戦わなくてもいいだろう。
べ、別にチキンとかそういうわけじゃないんだからねっ! 勘違いしないでよね!?
◇
「おー、やってるやってる」
俺がひょっこりと窓の外を覗くと、そこではバチバチに熱いバトルが繰り広げられていた。
戦っているのは互いに男性。どちらも剣を使っているようで、片方が刀、片方がサーベルだった。
彼らはこれぞ近接職、といった迫力を醸し出し、傍から見ているこちらも思わず手に汗を握ってしまう。
やがてサーベルの男性が隙を見せ、刀をモロに食らってしまう。
そこから先は一方的な展開。
サーベルマンはあっという間にポリゴンと化してしまった。南無南無。
刀マンは辺りに敵がいないかキョロキョロと索敵していたが、いないと思ったのかため息を一つつく。
そして何処かへ警戒しながら立ち去っていくところを見て、俺もため息を付いた。
現在位置、誰かさんのお家。
絶賛引きこもり中であった。
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