初戦

「まもなく試合開始です。選手の皆様は、先程配布した紙に従って動いてください」



 運営の人が待機部屋に入ってきて、そう声をかける。

 俺はアイテムボックスからさっきもらったアイテム――試合説明が書かれた紙――を取り出し、それを眺めた。



 試合の形式は多人数が同時に戦うバトルロワイヤル……ではなく、一人ずつ戦うもの。

 時間が滅茶苦茶掛かりそうだな、と思っていたら、ゲーム故に全て同時進行で行うそう。

 やっぱこういうところでは便利だよな。



 ということなので、俺は第一回戦から戦うことになる。

 ちらりとローブの中を眺め、ドク達がいないことを確認した。



 システム的に、眷族は何処かに戻すことが出来る。

 これが「一体何処なのだ?」と言われたら回答できないのだが、多分魔法的なあれだと思う。 

 魔法って便利。


 

 そもそも俺がMPの最大値が減っているのは、眷族を常に召喚しているからだ。

 そのため、彼らを何処かへ戻せば魔法を使うことが出来る。

 まぁそれだと寂しくなってしまうので、あんまりしたくないのだが。

 俺はボッチでコミュ障だが、別に人が嫌いなわけでも一人が好きなわけでもない。煩いのは嫌いだが、誰かと話すのはそんなに嫌いではないのだ。不得意ではあるが。



「よし、頑張るか……」



 俺は小さく呟くと、試合会場へ向けて歩き出した。



 ◇



『第一回戦、ポチVSタナーカ』



 俺の対戦相手は、何かものすごいモブって感じの見た目の人だった。

 どれ位モブかって言うと、少し目を話したら記憶から消え去る程度には。



 ……はっ、まさかそれを狙ったキャラメイクだというのか!? 名前だってそれっぽい感じだし!

 クソ、まさかそんなやり方があったなんて。きっと彼の職業は暗殺者とかそんな感じなのだろうな。

 俺は錬金術師だから、実質お仲間だな。錬金術師は万能。



 ……そもそも錬金術師ってなんなんだろう。

 俺はてっきり魔法職だと思ってたんだが、実戦では使えないし。

 ほら、俺のイメージって百割くらい某錬金術師がメタルする感じの漫画だからさ。腕をパンッ! ッテしたら武器とかが出てくるイメージなの。あれで人間を構成する要素を覚えたなぁ……。



「俺の名前はタナーカ。普通の冒険者だ」



「………………」



 え、名乗ってきたんですけど。

 これ返さなきゃ駄目かな? 知らない人とは話しちゃいけませんって習ったんだけど(コミュ障の言い訳)。別に話せないとかそういうわけじゃないんですけどね。



「……ポチ」



 俺はだんまりを決め込むのもあれなので、静かに名乗る。

 おぉ、ものすごい成長だ。昔の自分ならばその程度すら出来ず、ずっと黙ったままだったろうなぁ……。



 これもラインとか今までであってきた人達(NPC)のおかげだ。

 え、PVPをしたプレイヤー? いや、あんまり関係ないでしょ。というか俺逃げてきちゃったけど、その後どうなったのかしら。



 再びプレイヤーと戦うという展開も相まって思い出した彼女たちは、想像の中でこちらに中指を立てていた。ごめんって。

















 武闘会第一回戦。

 絶対に負けられない戦いが、ここに幕を上げた。

 俺はローブの下で対戦相手に鋭い視線を送り、一体どのような攻撃を仕掛けてくるのかと、全身に若干の力を込めて警戒する。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」



 タナーカとか名乗った相手は、真っ直ぐ両手で握った大剣を上段に構え、勢いよく走ってくる。

 俺はそれを見て、いつもの通りにギリギリで回避してカウンターを決めようとしたのだが……。



「う、おおおおおおおっ!?」



 ドバヒュンッ!

 よく分からない効果音が鳴って、体が吹き飛んだ。

 呆然と空中に浮きながら、身に染み付いた動きで受け身を取る。

 何だ。相手の魔法か何かか。いや、それにしては相手も困惑気味にこちらを見てきている。どうも彼は何もしていないようだ。

 では、一体……。



「……お前、まさか飛行魔法が使えるのか!?」



「え?」


 

 俺が先程起こった現象について考察をしていると、タナーカが驚いたように声を上げる。

 飛行魔法。いい響きですね。まぁ使えませんけど。

 どうして彼はそんな勘違いをしたのだろうか。まだ一度も魔法など見せていないのだが?



「あっ」



 アレか、さっきの高速移動か。

 俺の見た目的に魔法使いっぽいし、戦士職みたいなスキル――縮地だとか――は使えないだろうという考え。それで高速移動をしたのならば、おそらく魔法だろうと。

 ぜんぜん違うけど。



「………………」



 情報を与えないためと、そもそも喋るのが苦手なため、何も言わずに立ち上がる。

 タナーカはこちらが何をしてくるのかと警戒しているのか、打って変わって守りの姿勢だ。

 うーん、それにしても先程は何が起きたのか…………ちょっと前の俺はこんな事出来なかったし、今の俺もするつもりはなかった……ただ、いつもどおりに回避行動を取ろうと……いつもと違うこと…………武闘会に参加していること、眷族がいないこととか? でも眷族がステータスに関係しているわけじゃないし、じゃあ武闘会…………あっ。



 ステータスが上がってるんじゃん!!!!!!!!!!!

 忘れてたァ!!!!



 いやさ、言い訳をさせて?

 このゲームのステータス――例えばSTRとかは、日常生活的なことをしているときは考慮されないんよ。だから街の中で重い荷物だって運べる。しかし、こと戦闘状態になったら話は別だ。

 急に力は弱くなり、移動速度も下がる……これは常にそうだな。どうしてAGIくんは皆勤賞なのか(憤慨)。STRとかの適当さを見習えよ!!!



 とにかく、それでステータスは上昇していたのに、俺は普段どおりの移動の仕方をしてしまったのだ。

 つまり、筋肉の力で移動するのではなく、体重移動を用いたものを。

 だがステータスが上がっているために、自分の予想とは大きく異なった挙動をしてしまった、と……。



 あれ、これ上昇した身体能力に対応できるかな。

 いつも頼りにしてたDEXさんも今はいないんですけど……。



 俺は内心汗を流しながら、それを悟られないように堂々と腕を前に伸ばした。

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