師弟の終わり

 廊下の壁に背中を預けて、地面に座り込む。

 俺の頭の中では先程の会話がぐるぐると回っていて、何を考えたらいいのかわからない。

 元々、拳聖の弟子になるのは自分のはずではなかったのか。俺がおかしな挙動をしてしまったせいで、変なフラグを建ててしまったのか。



「……ポチ、いるんだろ?」



「……っ!」



 酷く疲れたような、そんな彼女には似合わないかすれた声で呼ばれる。

 俺は存在が気づかれていたことに動揺し、おどおどと廊下の角から顔を出した。



「別に取って食おうってわけじゃないんだから……」



「いや……あの、えっと……」



「さっきの話か? いやー、聞かれちゃったカー」



 無理に取り繕ったような、薄っぺらい笑顔。

 普段のものとは比べ物にならないそれに、俺はどうしようもないほどの虚無感を覚えた。

 ラインにそんなものは似合わない。



「で、弟子をやめる……って」



「あー、アレなー。ほら、親に内緒で犬猫を拾ってきて、バレちゃって『元いた場所に返してきなさい!』ってのあるだろ? そんな感じ。ごめんなー、私、もうお前の師匠やってられないみたいだ」



「そ、そんな……」



「いや、ほんとごめんなー? ……本当に、ごめんな」



 ポタ、ポタ、ポタ、と。

 彼女の両目から、透明な液体が流れ出てくる。

 今まで見たどんな泣き顔よりも悲しいそれは、俺の心を何故か傷つけた。



「ポチ……お前は、私の弟子で良かったか?」



「も、もちろん……ら、ラインだったからこそ、俺は今まで……!」



「ありがとうなぁ……ありがとう……こんな私に、そんな言葉をかけてくれて……」



 駄目だ、やめてくれ、そんな最後みたいな言葉。

 いつもみたいに、傍若無人な姿を見せてくれよ。

 ほら、あんな男の言ったことなんてさ、「知ったことか!」って。



「……………………今まで、私の我儘に付き合ってくれてありがとう」



「あっ……」



 ――最後に見た彼女の顔は、きっと一生忘れることはないだろう。



『隠しクエスト【拳聖の弟子】をクリアしました』



『レベルアップしました』



『新たな称号を手に入れました』



 背中を向けて消えていく彼女に何も言えないまま、数十分が過ぎ。

 俺は、情けなく肩を落としたまま、ラインの家を出た。

 その時鳴り響いたアナウンスは、今の状況を一つも当てておらず。



「――何がクリアだよ……」


 

 こんなもの、クリアだなんて言えるはずがない。

 こんな、こんな終わり方ってあるか。誰かも知らない奴の手によって、こんな急に終わるのか。

 そんなの、嫌だ。



 俺は今まで、武闘会に乗り気じゃなかった。

 自分みたいな陰キャコミュ障が、本気で武術を学んできた人達に勝てる訳ないって、そう思っていた。

 きっと、その通りだ。いくら拳聖に弟子入りしていたからといって、僅かな修行期間じゃ彼らに敵わないだろう。優勝なんて夢のまた夢だ。



 だけど。



 ラインのあんな姿、もう二度と見たくない。

 彼女にあんな顔をさせたなくない。

 こんな俺でも、彼女の我儘を叶えられるのならば。



「武闘会で優勝……やってやるよ」



 俺は、諦めない。


















 武闘会のおさらいをしよう。

 国中から参加者の集まる、優勝すれば絶大なる栄誉が得られる戦い。

 特殊な魔法によって、参加者のステータスが一定にされる。

 これにはメリットデメリットあり、一見すると身体能力の低い、俺のような者に有利に見えるが、実際はそうではない。例えば普段どおりに歩こうとしたら、脚力が十倍程度になっていた。そうなると、人間バランスを崩してまともに歩けないだろう。



 単純に強さだけを見たいのならば、このような魔法は必要ない。

 この説明を聞いた時、どうしてそのような作業をするのか? と疑問だったが、この大会の最大の報酬である拳聖への弟子入り……それを考慮すると、納得できる。



 拳聖であるラインの修行は、生半可な対応力ではこなすことが出来ない。

 俺はDEXによるゴリ押しで何とかしていたが、普通のビルドでは不可能に近いだろう。

 というか、もしもSTRとかAGIとかにステータスを振っていたらラインと出会うことも出来なかったので、やはりDEX極振りは正しかったのだ。

 今ではそう断言できる。



 そして彼女は「テイムモンスターは参加できない」と言っていた。

 しかしスキルの使用が不可であるとは一言も口にしていない。

 つまり、テイムモンスターは自身の力ではなく、スキルは自身の力という判定なのだろう。



 これはテイマーなどにとっては非常に不利だと思うが、そもそもそういう職業に就いている人は武闘会に参加しないだろう。ゲームイベントのトーナメント戦とかならともかく。



 テイムモンスター禁止ということは、ドクはもちろん杖に擬態したロウも駄目なのか……いや、バレなきゃいけるか?

 ――それでズルが発覚して、参加資格剥奪とかになったら悔やんでも悔やみきれない。流石に自重しよう。



 ドクに加えてロウも俺の眷族となったことで、現在使えるMPはない。

 ということは、俺はMPを使用する系のスキルが使えないということだ。



「クソ、滅茶苦茶不利だな……」



 思わず毒づく。

 パッシブスキルのみで、何とか戦いをしていかなくてはならない。

 いつものステータスだったら不可能だろうが、幸運なことに誰もが一定のステータスで戦うことが救いか。



 それも対応できるのか? という懸念があるが、それは今までの修行を信じるしかない。

 俺は負けるわけにはいかないのだ。

 今までの人生で参加してきた、学校行事の戦いとは訳が違うのだ。

 今回は、失うものがある。

 そしてそれを失ってしまえば、俺はもうこのゲームを続けられないだろう。



 それほどまでに、ラインの存在は俺の中で大きくなっていたのだ。



「そういえば、アイテム使用はありなのか? もしもそうなら少しは楽になるんだが……」



 錬金術師という職業の特性上、様々なアイテムを作ることが出来る。

 まるでこの状況のために誂えたかのように、このスキルの消費MPはゼロ。

 つくづく良いスキル及び職業を選んだものだと自分を褒めた。ランダムだったけど。



「よし、ロウ……行くぞ!」



「あ”ぁ”!」



 ここは街の外の草原から近くの森の中。

 少しでも対戦相手に情報を与えないために、人目につかないところで修行していた。



 師匠はもういない。

 だが、ここに二人……『拳聖の技術』を継承した者がいる。

 武闘会まで大して時間はないが、少しでも修行をして、俺は絶対に優勝してみせる。

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