過去

「暇だな」



 俺は静寂が支配する道場で、ぽつりと一人呟いた。

 あまりにも暇なのでバク転バク転宙返りと、誰に見せるわけでもない魅せプを決めつつ、やはり暇であると再認識する。

 

 

 ラインに道場へと言っていろと言われ早三十分。

 別にここに何かがあるわけではなく、非常に暇なのである。

 何も用事がないのであればログアウトすればいいのだが、師匠を待っているこの状況、流石にいなくなるのはまずいだろう。

 


 しかし暇だ。



 ロウを持って杖術の練習をしたり、ドクとロウのコンビネーションを練習したりしたが、それでもラインは来ない。

 何かあったのではないだろうか? そんな疑問が胸を支配し始める。

 彼女に限って不審者に襲われたとかはないだろうが(その筋の人には人気ありそう)、一応見に行ってみるか?



 いつまでもここにいるのは飽きるし、というかもう飽きてるし、ラインの様子を見に行くためという大義名分も体に入れた。

 であれば、いざ往かんラインの元へ!



 俺は道場の扉を開けて、バレないように気配を消しながら歩いていった。

 ラインに気づかれたら怒られちゃうかもしれないからネ! 拳聖に自分の拙い隠密が効くが知らんけど。



 ◇



「……………………」



 静かすぎるな。

 ライン邸に入ってまず感じたことだ。

 彼女は結構大雑把なところがあり、修行のたびに出るときは必要なものを揃えるために「どったんばったん!」と、いかにもそれらしい大きな音が家中から響いていたものだ。

 物の管理下手選手権があったら、ぶっちぎりで一位だと思う。



 それなのに、今はそんな物音は一切せず、ただ沈黙だけが存在している。

 彼女がここまで静かに物の準備ができるだろうか? いや出来ない(反語)。



 これは何かが起きているに違いない。

 


 俺は更に警戒を強め、家の中を散策する。

 いや、やっぱりこの家大きすぎるわ。テレビで見たアメリカの家とか、それ以上の大きさ。

 日本の家とか見たら鳥小屋か何かだと勘違いしちゃうんじゃないの?



 馬鹿なことを考えながら、抜き足差し足忍び足。

 やがて曲がり角にたどり着くと、小さな声が聞こえてきた。



 ――お、やっとラインのいるところに着いたのかな……?


 

 最初はそう思ったのだが、どうにも様子がおかしい。

 まず、聞こえてくる声が男のものだ。

 間違ってもラインのものではないだろう。この短時間で性転換を果たしたというのならあるかもしれないけどさ。嫌だぜ、可愛いロリ系師匠が次見たらむさ苦しい男になってるとか。



 次に、声が穏便に話をしていると言うよりも怒鳴っているものなのだ。

 言い争いをしているような感じか……?

 しかし、ラインと誰が一体話しているのか……。



 曲がり角の壁に背中を付けながら、そっと顔を出して様子をうかがう。

 するとそこには、いい服を来た見慣れない男性が立っていた。



「――王国の盾ともあろうものが、どこの馬の骨ともしれない者を弟子にするとは何事だ! 我々が推薦した者は断ったというのに、あんな不審な者を弟子にするとは。しかもそれにかまけて、最近この街を外しているそうじゃないか! 何のためにお前が存在しているのか忘れたか!」



「手続きは踏んだからいいだろ。契約に従って定期的に戻ってきてたし」



「それならば何故推薦した者を蹴った! あやつは才能に溢れ、次代の拳聖と呼ばれているのは知っているだろう!」



「私には合わなかった」



「……っ! もういい、あの不審者を弟子に取るのはもうやめろ! これは王国命令だ」



 ……王国の盾?

 それに、不審者って……俺のことだよな?



 慌てて角から顔を戻し、先程の会話を何とか咀嚼する。

 さっきの話から考えると、ラインは『王国の盾』と呼ばれている。そして弟子を推薦されたが、合わなかったという理由で断った。

 そこに現れたのが不審者こと俺。推薦が蹴られたのに、訳のわからん男を弟子にしてしまったことで、あの男性は怒っている……ということだろうか。



「おい、それは駄目だ。ポチはもう私の弟子だ。ほっぽり出す事はしない」



「誰がスラム出身の薄汚れたガキをここまで育ててやったと思っている。王都でも珍しい大きな家に住ませてやっているのも、全てはお前の武力を国を守っているのに使っているからだ。そんなお前に拒否権などある訳なかろう。あまり図に乗るなよ」



「……っ!」



 ラインの息を呑む音が聞こえる。

 意図しないところで彼女の過去を知ってしまった。いや、しかし、それによって今までの行動が線と線で繋がった。



 まず、どうして『拳聖』などという大それた存在が、俺みたいな雑魚を弟子にしたのか。

 それは俺が路地裏でうずくまっていたときの姿が、スラムで苦しんでいる人に重なったからではないか。この街ではスラムなるものは存在せず、そういう人を見たことはないが。多分あのときの俺はそれくらいぼろぼろになっていた。



 どうして『拳聖』が最初の街にいるのか。

 普通に考えたら、そんな凄いキャラは後の方に出てくるはず。これは彼女が『王国の盾』と呼ばれていることから予想できる。

 前に聞いた話だと、地理的に国の中心にである王都に行くにはこの街を通る必要があるらしい。

 もちろん必ずここを通らなければいけないわけではないが、険しい山を超えなくてはいけないとか。

 彼女をこの街に配置することで、王都を守ることが出来る。一人の人間にどれほどの事ができるのかはわからないが、おそらくラインならば一騎当千の働きをするのだろう。



 どうして彼女は外に出るとき面倒くさい手続きをしなければならないのか。

 そして何故ダンジョンにいたときに定期的に街に戻っていたのか。

 これは彼女が王国の盾と呼ばれている以上、この街を長期間離れるわけにはいかなかったからではないだろうか。



「私は今までお前らの命令に従って、逆らったことなんてないだろう! 初めての我儘くらい聞いてくれ!」



「道具が使用者の命令を聞くのは当然だろう。それが我儘だと? あまり調子に乗るなよ……それでもアレを弟子にしたいというのならば、これから開かれる武闘会で優勝でもするんだな」



 最後に、どうして俺が『武闘会』に出るのか。



 俺のステータスを考えれば、他の参加者に勝てるだなんて誰も思わない。

 自分だってそうなのだから、他の人にとってはなおさらだろう。それなのにも関わらず、ラインは俺を武闘会に出そうとしていた。

 それは、彼女が最初に語っていた理由もあるのだろうが、俺の「箔付け」も大きな要素であるはず。

 あの男性が言っていたとおり、俺はどこの馬の骨とも知れぬ不審者だ。

 拳聖たる者が弟子にするには、どうにも怪しい。



 そこで武闘会で優勝でもすればどうだ。

 栄えある大会で優勝でもしようものなら、誰も文句は言えまい。自らの武を競う戦いで強さを示したのだから、文句を言うには優勝するしか他はない。



「…………………………」



「文句はそれで終わりか? 世迷言を言う暇があったら、新たな弟子を取る準備でもしているんだな……………………あぁ、あと、武闘会で優勝した者はお前の弟子にする。これは我々で話し合って決めたことだ。お前に拒否権はない」



「………………」



「ふん、返答もなしか。これだからスラム出身のガキは……」



 男性は大げさなため息をつくと、俺の方へと向かって歩いてくる。

 慌てて物陰に身を潜め、彼をなんとかやり過ごした。

 瀟洒な服が曲がり角へと消えると、ズルズルと背中を壁につけて廊下に座り込む。



 ……俺は、今後ラインと、どうやって接すればいいのだろうか。






__________________________________



伏線回収回。

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