修行の終わり

「あー、えっと、よろしく?」



「あ”、あ”ぁ”」



 ふーむ、返答だけ聞くとただのゾンビ。

 その正体は多分霊験あらたかな精霊さんだけどさ。

 


 俺は木人間ちゃんを前にしながら、挨拶をしていた。



 おぉ、この俺が誰かに挨拶ができるようになるなんて!

 やはりゲームは人を成長させるんやな、って。誰だよゲームが頭に悪いって言ったやつ。

 意思疎通ができるとなると緊張してしまうが、よく考えてみたらそれくらいはドクだって出来る。

 話せないだけで。

 だったら、別に木人間ちゃん相手でも喋れるんじゃないかな、って思ったら出来た。



 このコミュ力の成長に涙が止まらない……。

 もうすぐで朝になってしまうので、まもなく木人間ちゃんとはお別れしなくてはならないのだが。



 それと精霊さんに「どうして夜にだけ生え……現れるんですか?」的なことをつっかえつっかえ聞いたところ、日焼けしたくないからという答えを頂いた。

 えぇ……(困惑)。

 あんた木だろうが……日焼けしたくないって、もしかして光合成を否定してらっしゃる?



 当然、パーフェクトコミュニケーションの擬人化とも呼ばれる俺がそんなことを言うはずもなく、その場は何事もなく終了した。

 それよりも彼女はどうして水の中でいきていけるのだろうか。

 あれかな、精霊だからかな。不思議パワー。



「おい、そろそろ活動限界だってさ」



 そんな事を考えていたら、精霊さんと話していたラインがこちらに歩き寄ってきた。

 湖に生えている木の近くで微笑んでいる精霊さんの方へ目を向けると、彼女は手を振ってくる。

 あら^〜。まるでリア充じゃないですか〜(ご満悦)。

 美少女と手を振り合う関係、これはリア充ですね間違いない(断言)。

 俺が、俺こそがリア充だ!!!!!(天下無双)



「あ……はい」



 意識外から話しかけられたせいで吃りながらも返答する。

 え? どもってるのはいつものことだろって? だまらっしゃい。



 フリフリと木でできた手を振りながら離れていく木人間ちゃんを見て、そういえばアレ……彼女がポリゴンにならないところを見たのは初めてだな、なんて思っていた。



 ◇



 んで、結構時間が経って。



「よし、そろそろ帰るか」



 息も絶え絶えな俺を見下ろして、ラインが言う。

 額から垂れ流れる汗を袖で拭いながら、「あぁもうそんなに時間が経ったのか」なんて考えた。

 どういう訳か彼女は、時々俺をおいて街へと戻っていたが、どうやら俺もその時が来たらしい。

 ここに来るときはこちらのステータスに合わせてくれていただけで、ラインが本気を出したらすぐに街に戻れるのだ。

 やっぱり師匠のスピードおかしいよ……。



 そして、武闘会か。

 元々ダンジョンに来たのは修行のため。

 それは武闘会に出るためのものだ。

 本当は陰キャコミュ障である俺がそういうところに出るのはふさわしくないのだろうが、一応拳聖様の弟子なので出ないわけには行くまい。



 息を整えて立ち上がると、既にラインは出立の準備を終えていた。

 はえーよ、ホセ。



「昨日……いや今日か? 今日のうちにあいつらとはお別れしてたから、もうこのまま帰れるな。ポチも最後に何か言ってくか?」 



 なんすかそれ。ボク聞いてないんですけど。



 どうも彼女は俺が知らないうちにお別れを済ませてしまっていたらしい。

 オイオイオイ、中学の卒業式かよ。

 何か俺は知らなかったのだが、卒業式の日にクラスメイト達はお別れ会なるものをしていたらしい。

 おや、俺はクラスメイトではなかった……?



 流石に長い間お世話になっていた相手に、何も言わずはいさよならは常識がなさすぎるので、慌ててギリギリ生えている木のところへ走っていった。
























「え、えっと……」



 若干切れた息を整えながら、俺は出すべき言葉を探す。

 膝の上に手をおいて疲れているような感じにしているが、正直そこまで疲れていない。

 ただ、コミュ障なので今何を言えばいいのか分からないのだ。



「?」



 精霊さんはニコニコとしている。

 普通俺なんかと話そうとすると、皆嫌になって去っていくんだけどなぁ。

 そう考えると、今まであってきた人達はいい人ばかりだ。



「その、あっ、お別れの言葉を、と……」



「あぁ、なるほど」



 よく言えた。

 舌が絡まりまくっていたが、言葉にできただけで偉い。

 


「あの、その件なんですが……」



 その先を続けようとしていたら、精霊さんの言葉によって遮られた。

 彼女は背後に立つ木人間ちゃんをチラチラと見ながら、「えっと……」とか「その……」とか悩んでいる。

 うーん、まるで俺だな。

 流石にそれは失礼かもしれないけど。



「……もう、自分で説明しなさい!」



「あ”ぁ”う”」



「?」



 こちらを上目遣いで見つめたと思えば、何故か頬を赤くして首をブンブン振る。

 一体精霊さんは何をしているのだろうか。

 俺が不思議に思っていると、やがて何かが我慢できなくなったという様子の彼女は、自分の後ろにいた木人間ちゃんを前に連れ出した。



 そもそもどうしてあなたは後ろにいたんです?

 いつも堂々としていたじゃないですか。俺と違って。



 疑問ついでに自爆してしまったので、胸を抑える。

 くっ、殺せ!(現実逃避)



 もじもじとしている木人間ちゃんは、指をイジイジとさせてこちらの様子をうかがってきた。

 うわ、どうしたその反応?(素)

 俺は昨日というか今日まで彼女と戦い続けてきたので、正直そんな反応をされる覚えがない。

 まるで告白する前の少女の様…………え、そういうこと?



 っかー、マジか。

 えぇー、いやー、そっかそっか。

 俺も罪な男だなー。木人間ちゃんを戦い的な意味で攻略しつつ、恋愛的な意味でも攻略してしまっていたらしい。



 いや、そう考えると、木人間ちゃんも可愛く見えて……見えて…………わりぃ、やっぱつれぇわ。

 俺ノーマルだからさ、流石に木に対して恋愛感情抱けねぇんだわ。



「い”、い”っじょにづれでっでぐだざい”」



「え、なんて?」



 え、俺の聞き間違いじゃなかったら、「一緒に連れてって」って言った?

 何、精霊さんに殺されそうなの? 「生ぎたいっ!!!!」って?

 まさかそんな状況だったなんて……。



 というか全然「そんな」感じじゃなかったんすね。

 え、はっっっっっっっっっっっっっっっっず。

 死んじゃうかも。死ぬわ。死ぬ(三段活用)。



 俺はあまりにもあんまりな勘違いに気づき、死にそうになっていた。

 こんなのをするから黒歴史は製造されていくんだよ。

 ちょっと自殺するんで転生いいっすか?????

 人生リセットしてやらぁっ!



「その、この子ダンジョンの中だけじゃなくて外を見てみたいらしくて……このままじゃ、私のもとから離れられないので」



「あぁ、そういう……」



 何かすっげぇ真面目な話だったわ。

 ごめんね、変な勘違いしちゃって。

 土下座で許してくれるかな。熱した鉄板の上で。



「この子をポチさんのテイムモンスターにしてあげてください」



 ……どうしようかな。

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