修行開始

 きですよろしくおねがいします。



 俺は何故か、そんな言葉が頭に浮かんだ。

 理由はない。



 目の前に屹立する黒い木。 

 どうもこいつは夜になったから湖から飛び出してきたらしい。

 どういうことなの……?



 木ってそんなすぐに成長するものだっけ?

 あの竹ですらもうちょっと慎みを持っているだろう。

 間違っても瞬きの間に何メートルも成長しない。



「…………」



 ラインが何をしたいのかわからない。

 彼女の台詞を思い出してみれば、どうやらこの木には夜しか会えないらしい。

 木に会うとかよく意味がわからんが、まぁそこはおいておいて。

 目の前で起こったのだから、なるほど夜にしか生えないということは納得できた。

 現実だったら自分の頭を疑うが、ゲームの中なんだからそれくらい普通だろう。普通だよな?

 


 ……で、何?



 夜。

 湖。

 木。

 ドーン。



 で、何?



 キミは何がしたいのさ?

 なんて意地の悪い面接官みたいな疑問を抱いた。

 あいも変わらず自慢げに笑っているお師匠様。

 俺は彼女に対してどのような反応をすれば良いのかわからず、とりあえず驚いてみた。



「う、うわああああああああああああああ」



「随分と気の抜けた悲鳴だな」



 そりゃね?

 コミュ障に気の利いた反応をしろという方が間違っている。

 俺は自分で言うのものなんだが世界トップレベルの陰キャコミュ障だ。

 そこらの自称コミュ障とはレベルが違うぜ。

 彼らは人に話しかけられて「うわああボク喋れませぇん」とかするかもしれないが、俺レベルになると、もはや存在すら認識されない。俺は絶の使い手だった……?

 何故か目から汗が流れてきたからこれ以上考えるのは辞めるけど、反応できたことを褒めてほしいね。



 さて、で、これ何?



「ふふふ、一体これが何なのかわからない様子だな」



 いえす。



「これはな、精霊の木だ」



 ほーん、精霊の木。

 精霊。まぁファンタジー系ゲームだからそれくらいいるか。

 じゃああの黒い木は意志があるのかしら。流石に木だったら俺でも話しかけられるだろうから、意思を持つ相手に話しかけられたと自信を持って語れるだろう。これが武勇伝ですか。

 語る相手いないけど。



「ちなみに喋るぞ」



 無理だった。

 俺にはちと荷が重い。

 悪いな、俺はここまでみたいだ。

 お前らに着いていこうと思ってたが、もうついて行けねぇよ。



 さらば、武勇伝。



「私達の目的はこの木に宿る精霊だ。こいつは相手に合わせた力量の敵を作ってくれる奴でな、私も若い頃はこいつ相手に修行したんだ」



 その見た目で若い頃とか言うと何かアレっすね。

 アレ。

 言わないけど。

 言えないけど。



 ラインはもう説明は良いだろう、と言うと、俺に目線をくれてきた。

 それはどう見ても「さぁ戦え」と言わんばかりで、結構疲れているので無理っす。なんてとてもじゃないが言えない空気だった。

 しぶしぶ肩を落として木へと歩いていくと、幹がキラキラと幻想的に輝く。

 少しの間それに目を奪われていたが、ここは既に戦場だと気を引き締めた。



「うボアァァァァァァァァァァッッッ!!!」



 ――修行、本格的に開始。

























「クソモンスターだ、こいつ……ッ!!」



 俺は地面に寝転がりながら慟哭した。

 


 仰向けに寝ているせいで目の前に広がるのは吸い込まれるような夜空。

 数え切れないほどの星が瞬いて、まるでボロボロになっている俺を煽っているかのようだ。

 たかだかダンジョンの天井に張り付いている程度の薄っぺらい空がよぉ……!(抑えきれない怒り)

 


 吸血鬼的には夜空なんて親友みたいなものなんだが、今だけは非常にうざったい。

 何がうざいってこいつのせいであのクソモンスターが湧いているというところがうざい。



 ムックリと上半身を起こして、湖の方を見る。

 そこにはさっぱりと乾いた木が生えており、何故かワサワサと葉が蠢いていた。

 大量の芋虫でも潜んでいるのかな?(すっとぼけ)



 初見さんならそう思うかもしれない。

 だけどおいら知ってるよ。あれあの木に宿っているとかいう精霊野郎がこちらを煽っているのだ。



 ぶち殺してやる……!!!!!!(開放された怒り)



「落ち着け落ち着け、まだインターバルは終わってないぞ」



「フーッ、フーッ!」



「まるで犬だな……いや、ポチだから間違ってないのか?」



 俺は激怒した。

 必ず、かの邪智暴虐の精霊を除かなければならぬと決意した。

 どれくらい激怒したかって言うと、興奮して獣のような唸り声を上げるくらい。 



 修行の相手として選ばれた精霊の木。

 ラインも以前彼奴を相手に修行していたらしいから、それはまぁ強いのだろうと期待していた。

 ……うん、まぁ強かったんだ。

 強かったさ。

 でもね? あいつが相手に合わせて変えられるのって実力だけなんだ。



 つまり。



 ――いくら強くなったアイツを倒しても、全くレベルアップしないんだよ……!



 鍛えられるのは技術だけさ。

 あれ、MMOってこういうゲームだっけ?

 レベルアップしてステータスでゴリ押すゲームじゃないんすか?

 地道に地力を鍛えていくもの? ……そっかぁ、俺勘違いしてたんだぁ……。



「確かに自分と同じくらいの敵と戦っていれば、急激に強くなれる。多くの冒険者達はこういった方法で自分を鍛えていく。だけどな? そうやって得た力には、『粘り強さ』というか……そういうものがない。例えば毒とか麻痺とかを使ってくる敵に対して、ほとんど抵抗できないんだよ。これはな、地道に技術を高めることを怠ったからだ。私は、そんなのは本当の強さだと思わない。短期的な目で見たらお前は周りのやつよりも弱いかもしれない。だけど、長い目で見れば……ポチ。お前が最強になる」



 レベルアップできないことに絶望していた俺に、ラインが慰めの言葉……というか叱咤激励の言葉をかけてきた。

 なるほど、彼女の言葉は納得のできるものだ。

 レベルアップに頼っていたら、毒だとか麻痺だとか言うのに加え、ステータスを下げてくる系の敵にも弱いだろう。あれ、だったら俺が目指すべきはそのようなデバフを用いて戦う感じではないだろうか?



 ……ドクってデバフ覚えるかなぁ。



 そうすれば、あの精霊野郎にも一泡吹かせられるのではないだろうか。

 でも、すぐには習得できないだろう。

 何とかして“あれ”をボコボコに出来ないものか……。



 ――あ、もしやアレが使えるのでは……?

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