迷子
ダンジョン第一階層は石造りの迷路のようなもので、外から見た限りでは高いだけの塔でしかなかったので、面積的にはそれほど広くはあるまい……とたかをくくっていたのだが。
何か、凄い広い。
どれくらい広いかって言うと、数時間彷徨っても出口が見えないくらい。
ダンジョンの場合出口は次の階層への階段に当たるが、それが歩けども歩けども見当たらないのだ。
これには流石のエリート陰キャたる俺も抗議の声を上げる。具体的には、
「え、えっと、このだ……ダンジョンって、あとどれっ、どれくらい続くんですかね!?」
噛み噛み、たじたじで吐いた言葉だがよくやったと褒めてやりたいところだ。
これが大して仲良くない異性で、なおかつその相手がギャルタイプだったら、俺は全てのプライドを捨てて唾を舐めますよ。
吐いた唾は呑めぬ? 舐め取ればいいじゃん。
俺自身が盆になれば、覆水は帰るんだよ…………!
緊張で馬鹿みたいなことを考えていたが、そんな挙動不審な男にも優しいのが我らがライン。
「どもってないではっきり喋れ」とコミュ障には地獄のようなお言葉を吐きつつ、「あとちょっとで次の階層だ…………多分」とのたまっておられた。一瞬だけ顔を歪めて目をそらしつつ。
恐ろしく速い目そらし。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
いやね、俺も広すぎるとは思ってたんですよ。
ダンジョンの一層がこんなに広いんだったら、この上とか下とかどうなってんだ、って。
データの容量ヤバそう(小並感)。
だから薄々違和感は感じていたのだが……ラインのこの様子を見る限り、どうも迷ってるらしいですね。
拳聖の姿か? これが……。
見た目ロリには相応しいのだが、ちょっと実年齢がね。
その間にも出てくるモンスターを相手しつつ、前のように傲慢に飲まれないように気をつける。
これ以上生き恥をさらしたくないから。黒歴史を作りたくないから。
ドクが楽しそうに戦っているところを見ると、「あぁ、成長したなぁ」とほっこりしてしまう。
他のプレイヤーがいたら俺のローブから出てこれないほどの引きこもりなのに(類は友を呼ぶ、あるいはペットは飼い主に似る)、こうしてラインの前でも生き生きとしてられるとは。
ご主人様嬉しいよ(後方主人面)。
さて、そんな感じで開始早々暗雲立ち込めたダンジョン攻略だったが、ようやく次の階層への階段を見つけることが出来た。
発見したときには既に俺のアイテムボックスから武器が消えかけ、もうすぐで戦闘不能になるくらい追い詰められていたが。
階段といったは良いものの、次の階層へ行くための魔法陣をそう称しているらしい。
石造りの階段を想像していたのに、地面にあるのは幾何学模様な魔法陣。
オイオイオイ、厨二病が疼くワ俺。後で自分で魔法陣作ったろ……。
内心興奮していたことなど一切悟らせず、せっせかと歩いていくラインの後を追う。
そういえば彼女が焦っていたのは俺の修行が遅れているせいではなく、迷っていたからかもしれないな。いくら拳聖とはいえ、いい年して迷子になったら焦るらしい。
いつか俺がコミュ強になったらイジってやろう。
そう心に決めつつ、俺達は次の階層へ向かうのだった。
石造りの第一階層から二階層へと続く魔法陣に乗った俺達は、気がつけばさっきまでとは違う空間にいた。
これで先程と同じように石造りの迷路だったらそこまで「移動した感」はなかっただろうが、ここまで変化が大きかったら流石に言葉を失う。
「何だ……ここ……」
絶句する俺の目の前に広がるのは、爽やかな風が吹き抜ける草原。
最初の街の周りにあるような何処までも続く草原ではなく、少し先には五メートルほどの背丈の木が乱立する森が広がっている。
それでも今いる場所から三キロは離れているだろうが。
緑が眩しいそこには、思わずトラウマを掘り起こされてしまう水色がそこかしこにいる。
反射的にホログラムウィンドウを開き、目的のアイテムを出現させると、一切の迷いなく投擲した。
「きゅー!?」
どかーん。
奴の断末魔とともに、心地よい爆音と振動が伝わってきた。
あの爆発に巻き込まれ、スライムがその体を吹き飛ばしてこの世からおさらばしたのは想像に難くない。
これには俺もにっこり。ついでに経験値稼ぎとストレス解消が出来て一石二鳥だな。
ついにスライム相手にも苦戦しなくなったか……と思うと感慨深い。
このゲームを始めて最初の頃は野郎に殺されまくり、数え切れないほどの死に戻りをしたことはもう思い出したくない記憶だ。
しかしそれも過去のこと。
今では少しのダメージもなく、安全圏から一方的に倒すことが出来る。
「お、おいポチ、どうした? そんなに息を切らせて……」
「……何でも、ないです…………ッ」
あまりの嬉しさから肩を上下させている俺に対して、ラインが心配そうに声をかけてくる。
こいついつも俺の心配してんな。大好き♡
まぁそんなこと口には出せないが。
コミュ障舐めんな? 美少女相手に好意を素直に伝えられる奴いる? いねぇよなぁ!?
より一層挙動不審になった俺をちらりと見つつ、彼女は草原を前にして仁王立ちする。
「ここはダンジョン二階層…………通称草原だ」
……………………そのまんまだな。
◇
ダンジョン二階層は草原だった。
一階層は石造りの窮屈な迷路だったので、一つ移動しただけでここまで変わると温度差で風邪ひきそう。
頬に当たる風は室内(?)だとは思えないし、真っ青な空には太陽らしきものまであるので光量に心配はない。強いて言うならあれが本当の太陽だった場合、ダンジョン内なのにも関わらずローブが脱げないということだ。
ローブを脱ぐ気はそこまでないが、いざとなったらメタモルフォーゼするつもりだ。
それで灰になったら知らん。文句はダンジョンに言え。
というか最近知ったのだが、どうもこのようなVRMMOで現実世界と同じ顔にするのは不味いらしい。
ゲームのメンテナンス中の暇つぶしに調べ物をしていたら、そのような記事があった。
過去にそれで事件が起きたことがあるとか。俺程度の人間だったら心配はないだろうが、一応警戒するのに越したことはない。
課金すればキャラメイクはやり直せるみたいだが、そうなると身体の動かし方とか始めから練習する必要があるから、ほとんどの人はやらないだろうな。
というか課金ってなんだ。ソシャゲのシステムかな?
俺は日光を浴びないように、また顔バレをしないようにフードを深くかぶりつつ、新しい階層に挑むのだった。
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