ダンジョン
「あれがダンジョンだ」
ラインが指さしている方向を見ると、俺は思わず固まってしまった。
ただでさえ遅い進みが、完全に停止する。
しかしそれは誰でもそうなるもので、致し方のないことだろう。とにかく、あれがダンジョンだって?
ばっと見は、石造りの塔。だがその大きさが尋常ではなく、高さは天をつくほどでよくわからず、半径とかは更にわからない。ダンジョンが塔というのはお約束みたいなものだが、こうしてその威容を見ると、思考が停止してしまうものだ。
ダンジョンを中心に街が広がっており、ついに新しい街へやってきたぞ……だなんて感動に浸っている暇もない。でかすぎるダンジョンの情報を処理するので精一杯だ。
街にある家々が、蟻ほどの大きさに見えてしまうほどの巨体。
そんな塔がどーん、と建っているのだ。さっきまではあんなものなかったはずなのに。
大きさに加えて、急に現れたという衝撃。
どうにも混乱から立ち直ることができず、俺は目を見開いたまま静止状態を続けていた。
「やっぱり驚いたか。ダンジョンを初めて見る奴は大体そんな反応するんだ。近づくまで見えもしないしな」
ふっふーん、と何処か自慢げなライン。
どうして彼女が胸を張っているんだろう……と不思議になったが、見た目相応の表情なのでそれほど違和感はない。なお実年齢。
可哀想な子を見る目で見ていたら、割と強めに殴られた。どれくらい強かったかっていうと、それなりの太さの木が揺れるくらい。お前人を殺したいんか……?
どういう訳かあまりダメージは喰らわなかったが、その代わりに衝撃が滅茶苦茶大きかった。
身体がくの字に曲がって吹っ飛んだもん。
その後何とか仲直り(?)すると、ラインは説明を続けてくれた。
曰く、ダンジョンとは神秘の塊である。
山よりも高く海よりも深い内部を持ちながら、近づくまでその存在を悟られないほどの高度な隠蔽性。どうも特殊な魔法がかかっているようで、一定距離に入るまではダンジョンの姿が見えなくなるらしい。おかげであのダンジョンの街も最初は何の変哲もない街だと思っていた。
曰く、ダンジョンとは悪魔である。
その中には数多のモンスターが潜み、放って置くと塔の外に出てくる。遥か昔にはそのせいで滅びた国がいくつもあるのだとか。ただしこのダンジョンにおいては『塔の魔女』なる存在のおかげでそのようなことはもうないらしいが……。
曰く、ダンジョンとは何にも代えがたい宝である。
際限なくモンスターが湧くその性質上、ドロップアイテムが無限に手に入る。モンスターのドロップアイテムの定番と言ったら、やはり魔石。LUKがゼロなせいで俺は見たことないが、魔石は様々な用途に使えるため、誰にでも求められている。
需要に対して供給がそこそこあるため、そんなには稼げないらしいが……。
そんな危険とロマンの詰まったダンジョン。
俺はつばを飲み込みながら、多くの冒険者の夢を喰ってきた塔に向かうのだった。
ワイワイガヤガヤ。
ダンジョンの街に入って耳に入ってきたのは、そんな喧騒だった。
ゲーム故にプレイヤーが選べる種族が色々で、様々な見た目の人達が道を歩いている。NPCも中にはいるのだろうが、最近の技術は凄まじく、NPCとプレイヤーの区別がつかないほどだ。だから誰がプレイヤーなのかそうでないのか分からない。
「……………………」
そして俺の特徴だが、まぁコミュ障だ。
人が多くいる場所が苦手で、つまり今の状況など地獄でしかない。
ただでさえ不審者みたいな格好をしているのに、フードを深く被ってうつむきながら歩いている姿なんて推定有罪だ。しかもそいつの前に見た目美少女のラインが歩いているのだから、なおさら。
今も他のプレイヤーから通報されるんじゃないかと怖怖しながら、チラチラと周りを伺って歩いている。
「……? 何してるんだ。早く来い」
そんなふうに言って、彼女は首を傾げた。
緊張していて気付いていなかったが、ハッとしたときには数メートルの距離ができてしまっていた。
この街に来るまでの間に、俺の速度に合わせて歩くことができるようになったにもかかわらず、だ。それは旅のときよりも歩行速度が遅くなっている、というわけで。
慌てて走り出すと、立ち止まってくれていたラインに追いつくことができた。
しばらく何かを考えていたかのように天を仰ぐと、自然な動きで俺の手を取る。
「…………、…………っ、…………!?」
あまりにも自然すぎてすぐには理解できなかったが、何だこの状況。
混乱の坩堝に叩き込まれたせいで頭が真っ白になっているこちらに、何てことない様子で歩きはじめる。
「こんだけ人がいるとはぐれそうだし、お前に合わせてると遅くってしょうがないからな」
「……………………」
――いや、それは、ほんと申し訳ない。
◇
街の外からは大きく見えていたダンジョンだが、中に入ってみるとそんな表現じゃ生ぬるいと思った。
中心部にどんと建っているそれの足元。
塔の最下層には五メートルほどの入り口らしきものがあり、そこにはめ込まれるようにして建物が突っ込まれていた。おそらくもともと空いていた空洞に、隙間を埋める感じで建てたのだろう。
そこを目の前にして、ダンジョンを見上げてみる。
視界の殆どを埋めるその巨体。
石造りゆえの圧力というか、威圧感がこれからダンジョンに挑む冒険者達に躊躇を与える。
まぁそんな感じになっているのは俺だけのようで、周りの人たちは流れ作業のように入場していくが。
「初めての奴は皆そうなるんだよ。あいつらは慣れてるだけ」
なかなか足を踏み出そうとしない俺を見てか、ラインが小さく笑った。
なるほど、よく見てみればそんな彼らの装備は、ピカピカしていていかにもベテランっぽい。
それで少しは慰められて、俺は覚悟を決めて顔を上げた。
「よし、準備はできたな。…………さぁ、ダンジョン攻略開始だ」
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