夜の森で

 今の俺は忍者だ。

 一体全体、急にとち狂ったことを言ってどうしたんだ、と思ったかもしれないが、まぁ聞いてほしい。

 例えば、全身を真っ黒な装束で包んだ者がいるとする。日の下にいれば圧倒的な不審者だが、果たして夜の闇の中にいたらどうだろうか。

 そう、もしかするとニンジャかもしれないのだ。

 とすると、この暗闇の中、真っ黒なローブに身を包み、森を疾走する俺はニンジャそのものではないだろうか。いやそうに違いない。俺はニンジャだ。



 足元にあった岩を大きく踏み、比較的近くにあった枝を掴む。

 当然全身を支えられるほどのSTRがあるわけないから、勢いを利用して身体を回転。その太い枝の上に飛び乗った。

 多少距離を稼げたと言っても、まだまだ雀の涙ほどのものだ。

 少しも油断することなく、器用さを生かして枝の上を疾走していく。



「――ッ!!」



 足元を見るとバランスを崩しやすいので正面を向いて走っていたが、突如横から石が飛んできた。

 今から避けようとしても速度的にぶつかってしまうので、あえて枝から落ちる。

 五点着地を素早くして、即座にその場から飛び退いた。



 すると先程まで俺の頭があった場所に、轟音を伴わせながら踵が突き刺さる。

 回避が少しでも遅れていたら首の上からスプラッタだった……と思わず想像してしまい、いやいやゲームだから大丈夫でしょ。と思い直した。大丈夫だよね?

 そんな事を考えながらも身体は訓練のとおりに動き、木に背中を付けて気配を消した。

 息を殺せ。冷静に冷静に。今の自分は人間ではない、木だ。ただのそこらに生えている木。



『称号【影に生きるもの】を取得しました』



 アナウンスが聞こえてきて、反射的にそれに集中してしまう。

 それがまずかった。



「――そこかっ!」

「ぶわぁっ!?」



 俺が背中を預けている木に、大きな衝撃が走る。

 それはどういう訳か木を貫通し、直接襲いかかってきた。

 内臓が揺らされたような、膝を付きかけてしまうような気持ち悪さ痛み



 耐えようとしたが体が言うことを聞いてくれず、無様にも顔から倒れ込んでしまった。



「…………いよっし、私の勝ちだな」



 そんな事態を生み出した張本人――ラインは、滲んですらいない汗を拭うふりをして笑みを一つこぼした。

 地面に沈みながらそれを聞いていた俺は、「勝てるわけ無いでしょ……」と言いたくなったが、疲れが大きかったのでそのままうつ伏せをキープ。

 


 ダンジョンへ向かう旅。

 冷静に考えれば美少女と二人っきりというのはだいぶ精神に来るはずだが、どちらかというと旅というよりも修行なので、緊張よりも前に疲れがデカい。

 それこそ異性相手にしたときの緊張なんてそんなに顔を出さない程度には。



 ダンジョンへ向かう途中も修行は終わらず、森に入って険しい道程を行ったり、こうして夜になったら空間認識能力を高めるためだとか言って戦闘訓練をしたり。

 おかげで初見の森でもそれなりに動けるようになったが、師匠に勝てる気がしない。

 だって、死角から石を投げつけたり(女子相手にそんな事するなんて、とかいう余裕はない)しても何でもないふうに回避され、それどころか掴まれて投げ返される始末。

 だったら近接戦闘じゃ、と開き直って飛びかかってもやはり瞬殺される。



 ……何か、俺だけ皆とは違うジャンルのゲームやってんじゃねぇかな。



 仰向けになって、夜空に浮かぶ満月を見る。

 不思議と、それはぼやけていたような気がした。




















 俺はAGIが少ない。少ないというよりもゼロだ。

 それ故に移動速度が遅く、技術を用いて多少は誤魔化せる近接戦闘とは違い、自分のノロマさを痛感させられる。現に今もラインが少し前に歩いていったら止まって、また歩いてというのを繰り返している。

 だったら最初から移動速度を合わせればいいじゃないかと思うかもしれないが、俺の歩くスピードが遅すぎて調整できないらしい。陰キャが陽キャのマネをできないのと同じだ。根本的に住む次元が違う。

 


 ラインの歩幅は、彼女の身長からわかるようにそれほど広くない。

 それなのに、俺は追いつくことができない。

 足を繰り出す速度は同じで、歩幅はこちらのほうが広い。しかし取り残されてしまうのだ。何この矛盾。

 AGIとは、正確には「移動速度」を上げるのではなくて「移動する距離」を変えるステータスなのだろうか。確かにゲームの中と現実とで動きの速さが違ったら問題が起きそうだよな。まぁそれは自動的に距離が縮められる場合も起き得るんだろうけど。

 多分そこらへんも対策されてるでしょ。



 そうだとするならば、俺よりも圧倒的に高いAGIを誇るラインが移動距離を縮めながら歩いているのに対し、こちらはのそのそとバカ正直に歩いていることになる。

 そりゃ追いつけないわ。

 VRゲームは移動などの不便さもひっくるめて楽しむものだが、流石にここまで来ると苦しいのだろう。だからネットとかで調べてもAGIに一つもステータス振ってません! なんてプレイヤーが少ないんですね。

 なお一部にはそのような変態極振り勢がいる模様。でもDEXはあんまり見ないんだよなぁ。どうしてだろう。



「……ポチ、お前それどうやってるんだ? 普通に歩いているように見えるのに、全然前に進んでないぞ。――あれか、マジックってやつか。だったらやり方教えてくれよ。私もそういう特技身につけたい」



 師匠が、一周回って興味深そうに呟いた。

 NPCにステータスがあっても、ステータスポイントの分配というものがあるのか知らないが、やはりひとつのステータスに特化している存在は珍しいのだろう。

 命が軽いプレイヤーならば悪巫山戯(俺の場合は適当)でそのようなことをすることができるが、命のかかっているNPCは難しいだろうなと容易に想像がつく。

 


 その疑問には当然個人的な特性故に答えることができず、暇そうに立っていた彼女を追い越して前に進む。

 こうやって雑談しているから気が紛れるものの、一人で冒険するとなったら滅茶苦茶暇だろうな。

 コミュ障だから人と一緒にいたいというわけでもないけれど。一緒にいても緊張せず、無理のない会話を楽しめる存在とか何処かに転がってないだろうか。リアルマネー三万くらいまでだったら買うぜ。



 ラインいわく後少しでつくらしいダンジョンを目指しながら、俺達は代わり映えのしない木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木木……を横目にして歩き続けてゆくのだった。

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