旅立ち

 もう終わったかな。

 俺は道を歩きながら、ラインの用事がすでに終わっているのか考えていた。

 全身真っ黒けっけの不審者が、うつむきながら道の端っこを歩いているのは勘弁してほしい。そこら辺に捨ててあるガムが這っている程度の認識をしてもらえれば。なにそれホラーじゃん。



 テクテクと向かう先は街の外へ出るための門。

 確か東西南北全てにあったはずで、今目指しているのは北側だ。

 どうやら南の方はサバンナみたいになっているらしいが、その先には王都があるらしい。師匠の家で雑用をしていたときに彼女が話していた。

 といってもそんなに暑いわけではなく、ただただ短草が続いているつまらない場所だとか。

 王都はこの街から向かう以外の方向は海に囲まれているらしい。綺麗な建物がいっぱい建っている素晴らしい場所なんだと。いつか行ってみたいね。



 こんなふうに王都の話をしていると、これから行くダンジョンも王都の方向にあるんじゃないかと思われるかもしれないが、実際は逆。

 俺達が向かうのは北側の門から出てそのまま北へレッツゴーだ。

 どうして…………。



 悲しみに内心涙を流しながら、しかし歩みは止めない。

 しばらくそのようにして時間を潰しながらウォーキングをしていると、やがて門が見えてきた。

 大きな石造りの門で、あの門を閉めてしまえば物凄い巨大なモンスターとかでもない限り破れないだろうな、と頼もしさを覚えるほどだ。

 まぁ流石に初心者プレイヤーひしめく最初の街に、そんなラスボスみたいなやつが現れるこたぁないだろうが。というか俺って発売日からプレイしている勢なんだが、未だに最初の街以外へ行ったことがないんだよな。ガチ勢ってもう別の街に行っているのだろうか。



「――ん、よぉポチ」



 ちょっと前から見えていたが、門に近づくと壁に背中をもたらせていたラインが手を上げてきた。

 それに対して少し頭を下げて、先程の言葉が聞こえたことを伝える。

 やっぱりボディランゲージって便利。これから一生ついていきます。



「ライン様のことですから滅多なことはないと思いますが、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「お〜う」



 キリリとした門番が見送りの言葉を吐くと、ラインは凄く適当に腕をプラプラ振った。

 どうも顔に疲れが見える。副団長とやらとの交渉がよほど大変だったのだろうか。

 それでも、その歩き方には一切のブレがないのだから、流石拳聖だ。ちょっとくらいは強くなったという自覚があるが、まだまだ彼女の本気がどの程度なのか想像もつかない。

 いつかは俺も本気の彼女と戦うことができるのだろうか。



「んじゃ、行くか」



 そう言ってラインは、特に気負う様子も見せず門をくぐった。

 ちなみに俺はビクビクしてた。だって門番の目が怖かったんだもん。

「ライン様に手ぇ出したらぶち転がすぞ」って意思をビンビン感じた。彼女はあれだね、厄介オタクの気配がする。怖くてそんなこと言えないけど。
















 最初の街を旅立って早五時間。俺は早速死にかけていた。

 息も絶え絶えな状況で、助けを求めるように師匠に目を向ける。しかし彼女はケラケラと笑うばかりで、どうも助けてやろうという慈悲の心は見えなかった。

 街の門をくぐってから、道に沿ってずっと歩く……のであればどんなに良かったか。出発してから数分で脇道にそれると、あえて通りづらい道ばっか選んで進んできている。

 ラインは涼しい顔でぴょんぴょんしているが、俺は全体的にステータス不足のために限界が近い。

 ジャンプ一つするのにも、STRを補うために全身の力を使う。DEXが高いためにそのような技術的なことには今のところ困っていないが、やっぱ基礎的な身体能力って大事ですね。って思った。



 今も、何かとても大きな木に登っている。何故?

 ラインは大量の荷物を持っているとは思えないほど身軽な動きで、スルスルと樹上へ向かう。

 しかしこちらは、彼女に比べれば大岩を背負っているかのような重い動き。

 木のちょっとしたくぼみに手をかけ、できるだけ力を使わずに登る。やはりここらへんにも器用さが出ているな。力が強ければそんなことしなくていいといぅツッコミはなしで。



 その後なんとかして登り切ると、すでに食事の準備を終えた師匠が待っていた。



「遅いぞ、ポチ。おかげで料理が苦手な私が下準備をすることになっちまった」



 下準備も何も干し肉とパンじゃねぇか。

 大変でしたよと言わんばかりにため息を付きながら、カバンの中から食料を取り出す彼女に半眼を向ける。

 だが何も間違ったことなど言っておりませんという凛としたその横顔に、ついに俺は諦めて差し出されたそれを受け取る。

 まぁDEXが高い者が料理したほうが美味しくなるのは事実だが、果たして保存食にもそれは通用するのか……? 疑問を持ちながら、それなりに食べられる味にしていく。



 俺の持っている食材的なものなど茶葉しかないので、ラインから食料を受け取っていく。

 馬鹿みたいに大きな荷物を持っていると思っていたら、どうもその殆どが食材らしい。

 五分程度作業をすれば、あっという間に昼食が完成した。



「おぉ、あの不人気食材で有名な干し肉と固いパンが、こうまで美味しそうになるとは……」



 感動したように呟いているが、多分誰でもできると思う。

 おそらく貴方の料理センスが皆無なだけではないでしょうか。とはもちろん言えないので、黙りこくってパンにかじりついた。



 風を受けてそちらの方へ向いてみると、そこには広い広い森が広がっていた。

 下は緑が生い茂り、上は青い空が遠くまで続いている。雲が少ないおかげで太陽光は燦燦と降り注ぎ、葉についた露が白く光り輝いていた。

 もう昼なのに露が残っているなんて、ゲーム的な演出だろうか。なんてメタ思考できなくなるくらい、綺麗な光景だった。

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