ケンセイリアリティショック

 ジロジロと見られている気がする。

 俺は無意識にフードを下げると、万が一にも顔が見られることのないようにした。

 まぁ、理由は分かる。

 師匠――ラインは、見た目だけなら超の付く美少女だからな。もしかすると美幼女かもしれない。中身ははたいふべきにあらず。

 そんな彼女が圧倒的不審者感を醸し出す黒尽くめ男の傍を歩いているのだ。これは事案なのか考えてしまうのも仕方ないだろう。自分だって逆の立場だったら犯罪だと思うもん。

 それに男の方は何も持っていないくせに、幼女の方は身長の三倍程度はある荷物を背負ってることも原因だろう。すわ虐待かと疑ってしまう。あと今更だけど何なのその大荷物は。



 ラインのお家を出た俺達は、いざダンジョンへ行かんと歩き出した。

 それはいいのだが、前述の通りの光景が生まれ落ちてしまったのだ。

 陰キャコミュ障であるため、人に注目されるのに慣れていない。それがマイナス方向のものであればなおさらだ。ただひたすらに、とっとと街の外に出られねぇかなと考え続けている。

 彼女はこちらの気など知らんとばかりに鼻歌を歌っていた。やっぱり楽しそうだな。

 年上とは言え、見た目少女が楽しそうにしているのはいいね。心がぴょんぴょんしてくる。一応言っておくとロリコンじゃないからな。国家権力に連絡しようとしているその手を下ろすんだ。



 そんな感じで地獄のような数十分を過ごしたあと、やっと外へと続く門へ辿り着いた。



「あっ、ライン様じゃないですか! ご苦労さまです!」



 いざくぐってやろうとしているところに、横から邪魔が入る。

 もうこの状況に耐えられないです何でこんな事になってるんですか俺が何をしたっていうんですかロリに大荷物を持たせて自分は何も持ってないですね何処からどう見ても事案です本当にありがとうございましたごめんなさい謝るので許してもらえませんか土下座でいいですかプライドもなにもない華麗なる土下座を見せますよというかマジで外に出してもらっていいですか、なんて感情の洪水が起こった俺はバッとそちらの方へ向いた。



 しかしそこにいたのは、幼気いたいけな少女をいじめる不審者を運営に突き出してやろうと義憤にかられる正義のプレイヤーではなく、恐らくは師匠の知り合い。

 勢いは穴の空いた風船のようにしぼむ。

 それと同時に存在感までも消したため、黒い外見と相まって影と同化した。もはや最初から影だったまである。まぁ陰キャだから似たようなもんだけど。



「えーと、知り合いだっけ?」

「いえ! こちらが一方的に尊敬しているだけです! やはりこの国を守る要である『拳聖』様ですから!」



 ……拳聖?



 疑問に思った俺は、何処かで聞いたような気がするという曖昧な記憶を頼りに、進行中クエスト一覧を開く。果たしてそこには、【拳聖の弟子】なるクエストが表示されていた。

 あー、ラインって拳聖だったんだー。道理で強いと思ったー。



 ――――――アイエエエ!? ケンセイ!? ケンセイナンデ!?
























【速報】俺の師匠であるライン氏、拳聖だった。

 いや何ごと?

 挙動不審に固まった姿は、しかし影と同化していたために見られることはなかった。

 もしもそれが見られていたとしたら、不審者という誹りを否定できなくなってしまうからな。

 門番の衝撃的な発言が頭をぐるぐると回り続ける。拳聖。どうも見た目少女なのに強いな、とは思っていた。いや強さと見た目にはあまり関係がないとはいえ、極端すぎるだろうと。

 よく考えてみれば彼女が武器を扱うところを殆ど見たことがない。それなのに圧倒的な強さ。

 拳聖という称号を得ているのならば、かろうじて納得できる。



「どちらに行かれるのですか?」



 まだ混乱から回復しきっていないとき、門番が首を傾げた。

 ラインはその問いに対して指を顎に添えると、若干空を仰いで小さく呟く。



「え、っと…………ダンジョン?」

「ダンジョンですか!? だいぶ距離がありますよ! ……決まり的に難しいのではないかと」

「えぇ、それくらいいいじゃないか」

「でしたら、副団長にご報告していただかないと。それで許可がおりたらこの門をお通しします」

「めんどくさいなぁ……」



 鬼畜ロリが唇をとがらせる。

 普段彼女のそんな姿を見ないから、珍しいこともあるもんだと目を丸くした。決していつもいじめられているせいで、溜まりに溜まったフラストレーションを解消しようとした訳ではない。

 それと決まりってなんだろう。会話を聞いていた限りでは、距離があると出られなくなってしまうのだろうか。でも俺はそんな事言われたことないんだけど。

 もしかしてラインにだけ? そうだとしたら一体何故なのだろう。



 疑問がどんどんと湧いてきて目が回りそうだ。

 門を通過するプレイヤーたちの訝しげな目も相まって、頭の処理限界を突破してしまいそう。

 助けを求めるように師匠に目を向けると、腕を組んだ彼女は「しばらく外に出られそうにないから、何処かに行ってていいぞ」と言ってくれた。



 それを耳にした瞬間足は反転し、遅すぎる歩みに苛立ちながらも路地裏へと駆け込んだ。

 光のささないジメジメとしたところに入り込み、安心感から膝が崩れ落ちそうになる。カタツムリかな? そう言えばロイコクロリディウムを召喚するスキルとか手に入れてたなぁ、と思いいたり、寄生されていないだろうなと不安になった。

 だがロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリは日向を好むようになると聞くから、今の行動はその真逆。大丈夫そうで安心だ。



 ラインは暇を潰して来いとおっしゃられたが、やることがないんだよな。

 コミュ力がある人ならウィンドウショッピングとかで時間を潰せるのだろうが、あいにく自分の場合は店員さんと会話ができないせいで店に行けない。

 ちょっとおしゃれな服屋さんとかに行っても、話しかけられるんじゃないかと思うと足がすくむ。また話しかけられなくても、それとなく見られている気がして落ち着かない。「何であんな陰キャがこの店に来てんだあぁん? 背伸びしすぎじゃねぇのかい坊っちゃん」とか笑われてるのではなかろうかと、被害妄想が爆発するのだ。



 俺はこれからどうしようかと悩んで、ホログラムウィンドウを表示した。

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