神の使い

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………ポチなのか?」



 扉を開けた状態のまま硬直するライン。 

 それと同じように時が止まったかのように固まる俺が返答できるはずもなく、そこに信じられないほど重い空気が漂った。

 彼女は呆然とこちらを見ていたかと思うと、段々と瞳をうるうるさせる。

 顔が赤くなったかと思うと、目で追えないほどの速さでタックルしてきた。

 反射的に腰を落とすと、身体がぶつかった瞬間に後ろに飛んで衝撃を殺す。しかし流石は物理系ロリ、勢いが凄すぎて全ては殺しきれなかった。一瞬で血が頭に上るような感覚があり、景色が流れていく。もうこれ死ぬんじゃね? と思ったが、ここは街の中。安全圏だからダメージは受けない。



 先程入ってきたばかりの門にダイレクト直帰。別に家ではないけど。

 ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁん、と銅鑼でも鳴らしたかのような音が鳴り響く。

 バチ代わりの俺は当然死ぬほどの衝撃を背中に受け、思わず息を全て吐き出してしまう。



 チラチラと目の前で星が舞い始め、視界が白に染まっていくと――。



「あっ、これやばい……」



 状態異常【気絶】になった俺は、そこで意識を落としたのだった。



「ポチィィィィィィィ!!! 死ぬなぁぁぁぁぁぁ!!」



 ◇



「つまり、死んでいなかったと?」



 ラインの激しい歓迎を受けたあと意識を失ってしまったため、どうも彼女に運んでもらったようだ。

 現在俺がいるのはフッカフカのベッド。天蓋がついていて、自分が寝ているのはひたすら合わないのだが、師匠に「いいから寝てろ」と命令されてしまった。

 目を回していたのはせいぜい五分程度らしい。ゲームだからか、気絶も現実よりは軽いようだ。それでも戦闘中にこの状態異常になったらあっという間に死んでしまうだろうが。



 目を覚ました俺は、ベッドの横に置かれた椅子に座っていたラインに問い詰められた。

 お前はあのとき死んだのではないのか?

 幽霊だったりしない? 私怖いのあんまり得意じゃないんだけど。などなど。

 彼女がお化けが苦手なのが意外で吹き出してしまい、割と強めのチョップを食らったことくらいしか問題は起こらなかった。俺は死んだら街にあるリスポーン地点で生き返ることを説明したところ、「神の使いだったのか……」という意味深な発言を耳にした。



 神の使い?



「ん? 知らないのか? 自分のことなのに。……まぁ、そんなこともあるか。だったら私が説明してやるよ」



 曰く。

 神の使いとは文字通り神に使わされたもの。神の加護を持っていて、死んだとしても指定された場所で生き返ることができる。数年前に予言で現れることが世界に広まっていた。どうも最近町の人口が増えたと思っていたら、そいつらが現れたからか……。

 とまぁ、そんな感じらしい。

 プレイヤーがこのゲームではどのように扱われているのか知らなかったが、そんな設定なのか。

 でも「ここはゲームの中なんだぜ!」とか吹聴する輩がいるんじゃないだろうか。それについては、どのように対応しているんだろう。



 若干の疑問を持ちつつ、久しぶりの再開で盛り上がる会話を続けるのだった。

 俺は聞いてるだけだどな。コミュ障だし。






















「ポチ……お前は死んでも死なないんだよな……?」

「…………」



 誰か助けて。

 


 現在俺達がいるのは、ラインの屋敷の横にある道場のような場所。外観はよくある異世界ものっぽいもの――つまり中世ヨーロッパくらいのものなのに、その真横に剣道でもやっているのが似合いそうな道場があるのは何故なのか。

 不思議に思いながらも、命の危機よりかは大事ではないので忘却する。

 感動の再開を終えたあと、「もう大丈夫そうだな」とのお言葉をいただき、ここに連れてこられた。

 そして鬼畜ロリはさっきの発言をしやがったのだ。もうさ、死ぬよね、俺。



 白目をむきながら、しかし体に染み付いた構えを無意識にする。

 オドろいたねえジョウチャン、奇しくも同じ構えだ。

 まぁ師匠がラインですから、同じなのは当たり前なんですけどね。

 だがそこから繰り広げられる技の練度は圧倒的に違う。俺の技を一とするならば、多分師匠は百くらいだろう。もしかしたらもっと差があるかもしれない。今まで彼女は本気というものを出していないだろうから。

 街の中だから死ぬことはあるまい、と意識を集中させると、既にそこにラインの姿はなかった。



「え……」



 急に首の裏がピリピリして、反射的に振り返る。

 するとそこには、どういう訳か腰のよく入った蹴りを放った彼女の姿が。



『新しいスキルを取得しました』



 アナウンスが聞こえてくるが、そんなものに意識をやっている暇はない。

 急いで腕を入れて首筋を守ろうとするが、蹴りの軌道が空中で変わり、踵落としを脳天に食らった。



「ガッ!?」



 思わず全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 しかしそのまま倒れたら死ぬのは目に見えているので、何とか力を振り絞って床に手を付き、空中にいる彼女に倒立の要領で蹴りをお返しした。

 自分としては結構上手いと思ったのだが、相手にとっては児戯にも等しかったようだ。

 軽く体を捻って回避されると、体全体を使って足にまとわり付いてくる。



 この見た目少女、パンチとかキックとかだけでなく、普通に締め技とか使ってくる。

 俺はまだまだその域には達していないが、いつかはものにしてみたいものだ。

 そして、その技を食らうのが自分でなければなお良い。

 体を無理矢理倒して、足にまとわり付いているラインを床に叩きつけようとしたのだが……。



「甘いっ!」

「うぐ……ッ!」



 床に到達する前に彼女が回転し、何故か俺が浮き上がった。

 どういうことなの…………。

 当然そのままにしてくれるはずもなく、回転の勢いを利用して脳天から床に落とされる。

 現実だったら間違いなく死んでただろうな……とぼんやりする頭で考えながら、目の端に映る【気絶】のマークを眺めていた。

 いくら死なないからって、修行内容が鬼畜すぎませんかね。

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