虚弱の料理人

 実は俺って天才だったのでは?

 思わずそう思ってしまうような光景が目の前に広がっていた。

 ごくりと唾を飲み込む。モクモクと煙を上げるそれは、ゲームの中だとは思えないほどのリアリティをもって、俺の胃袋を掴みに来る。

 だが、この「料理」の製作者が……まさかの自分。

 生まれてこの方真面目に料理などしたことがないのに、このクオリティよ。天才かな?



「おぉ……ポチ、お前私の弟子やめて料理人になったらどうだ?」



 ラインもそうおっしゃられるほどの出来栄えだ。

 でも弟子やめる発言は心に来るので控えてくださいね。

 


 師匠と再会してから既に一週間が経過している。

 その間、昼間は学生生活を謳歌(誇張表現)し、夜になれば鬼畜ロリによる地獄のシゴキに耐えるという秘密裏に世界の平和を守る主人公みたいな生活をしていた。

 そのおかげもあって、以前よりも身体さばきに無駄がなくなってきたし、こころなしか攻撃力も若干上がった気がする。ステータス的には変わりないんだが、なんというか腰が入ったと言うか、物理的に威力が上がったのだ。

 試しにスライム相手に全力パンチをしてみたところ、HPが前よりも削れていた。それでも、強敵と言わざるを得ないのだが。



 この世界では単に強くなるためにはステータスだけでなく、この様な技術も大事になってくるらしい。

 まぁ、だから剣術とか杖術とかその類のスキルがあるんだろうが。わざわざ修行してまでその様な技術を手に入れるのは少数派だよな。スキルの場合はポイントを使うだけで習得できるし、攻撃力補正とかもあるから。修行のメリットと言えば、ポイントがかからないのとスキルスロットが節約できるだけ。ポイントを他のスキルに使えると言っても、攻撃力が変わらないからどちらのほうが優れているかは判断がつかない。

 そんなシステムだったらリアル武道家とか強いんだろうなー、と考えて、だからこそステータスが存在しているのか、と思い至った。



 リアル強者がゲームでも無双するのなら、弱い者はお金を払ってまで苦労したくないだろう。

 だからこその、ステータスによる身体能力の強化。スキルによる技術の補正。

 これならばシステムのおかげで手頃に強くなれる。

 


 じゃあ何で俺はゲームの中でも修行してるんだ……と思ったかもしれないが、まぁそれは「楽しい」からだな。勘違いしないでほしいのだが、別にマゾとかそういう訳じゃないぞ?

 現実で人との関わりがないから、多少厳しくても自分を思いやってくれている人と関わるってのは楽しいのだ。コミュ障だから話せないけど。

 自分が話すのは苦手だけど、人が話しているのを聞くのは好き、みたいなものだ。



 さて、そんな俺がどうして料理なんかしているのか、といえば。

 まぁいつもどおりのお師匠様の無茶振りですよね。

 この人、解釈通りといえばそうなのだが家事全般ができない。

 部屋は汚いし、料理もまともなものができない。それで「師匠の面倒は弟子が見ろ」とのご命令を承ったので、ここ最近は雑用的なこともしているという訳だ。



 んで、料理をしてみたら意外にも上手くできてしまった。

 リアルでやってもこんな事ができるとは思えないから、多分DEXのおかげだな。

 いつもお世話になってます。



 俺は器用さとかいう最強ステータスに感謝しつつ、メイドバイポチの料理を口にするのだった。

 やべぇ、めっちゃ美味い。【料理】スキル取ろうかな。



 ◇



 パチリと目を覚ました俺は、二度目の眠りにいざなってくる眠気とおさらばして、ベッドから起き上がる。

 あたりを見渡せば、見慣れた自分の部屋。

 枕元に置いてある時計を確認すると、現在時刻午前六時だった。

 普段だったら遅刻するギリギリくらいに起きる俺だったが、何故か今日は目覚ましとともに起きることができた。チャイムが鳴るのよりも前に学校に行くと、リア充共の会話を聞く時間が長くなっちまうからな。コミュ障陰キャにはちと辛いものがある。まぁ、とにかく珍しいこともあるもんだ。

 不思議そうな顔をして、全然起こしてくれない時計を元の位置に戻す。いや、働いてはいるんだけどね。起きたあとにまた寝てしまうだけで。



 せっかく早起きしたのだからと部屋から出て、一階に降りる。

 リビングを眺めたが、誰もいなかった。

 親は今日休みらしい。まだ寝ているようだ。やはり血の力なのか、親も妹も朝には弱い。

 俺が吸血鬼になったのってもしかしてこのせいもあるのでは……?



 普段、この様なときは俺よりも若干早く起きた妹が朝食を作っているのだが、ゲームの中で自信をつけたこの俺が作ってやろう。

 なぁに、ゲームも現実も対して変わらんさ。ネットでメニューを調べて、そのとおりに作業すればいいんだからな!

 にやりと笑うと、卵を右手に持ってフライパンに火をかけた。



 ◇



「………………まじか」



 呆然と、目の前に広がる光景を視界にうつす。

 朝日を受けてツヤツヤと輝いているのは、黄金色の玉子。

 その上には目に優しいケチャップの赤が映えていて、何処からどう見ても美味しそうなオムライスだった。



 いや、朝からオムライスなんて無茶だとは思ったんだが、メニューを見てたら凄いオムライスが食べたくなってさ。意外と時間もかからなそうだし、いっちょ作ってみるかなー、と腕をまくったのだが……。



「もしかして俺って本当に料理の天才だったのか?」



 現実ではまともに料理をしたことがない。

 だというのに、この出来栄えよ。

 多少玉子は崩れているが、ふわふわのやつだからしょうがないだろう。それよりも注意すべきは、料理経験ほぼゼロの俺がこんな美味しそうなものを作ったということだ。

 ネットってすげー! という要素もあるだろうが、半分くらいは自分の技術。



 聞いたことがある。

 VR技術が開発されて、最初に使用されたのは医療関係だと。

 体が動かない人のリハビリ用だったり、目が見えない人を電子空間で自由に歩き回らせてあげたり。

 とにかく、そんな使い方がされていたはずだ。その次は軍事関係だったような。



 まぁそれはどうでもいいのだが、リハビリに使用されていたということは、電子空間で行ったことが多少は現実でもできるようになるということだ。

 流石にここでは圧倒的な器用さを誇っていないから、レベルは下がるが。



 ゴクリと唾を飲み込み、オムライスを食べようとしたら――。



「…………お兄ちゃん?」



 妹が現れた。

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