紅茶嫌い
あぁ^〜生き返るわ^〜。
現在、光もささない薄暗い路地裏。ひび割れた石畳には雑草が少しばかり顔を出し、家と家との間には蜘蛛の巣が張っている。どうしてこんなところまでリアリティ高いんですかね……。一体どれだけのリソースを使っているんだろう、と疑問に思ったが、それよりも考えるべきことがある。
美少女二人と会話ができず、うち一人を泣かせてしまうとかいうクズの所業をした俺は、その気まずい空気に耐えられず逃げ出してしまった。
こうして振り返ってみても、自分を養護する言葉が出てこない。いつも逃げてばっかだから、こんなコミュ障陰キャになってしまったんだよなぁ……。
俺はうずくまって、頭を抱えていた。
恐らく、ルナは学生くらいだろう。キャラメイクのときにだいぶ弄っていない限り。このゲームでは、キャラメイクのときに「一から作る」のと「現実の自分の姿をベースに作る」の二つがある。
VRMMOではこの二つがあるのが普通だが、ゲームを始める前に前者はとても難しいことを知った俺は、現実の姿をベースに作った。
人型のマネキンを、生きているかのような人間の姿にするなんてできません。動画とかでは、一から作る変態もいましたけどね。何だ、リアルDEX極振り勢か?
ということは、学生を泣かせてしまったということ。
うわー、申し訳ない…………一応ポーションを使って回復はしてきたけど、絶対にそれだけじゃ許してくれないだろうしなぁ。
しかも、もともと謝ろうとしていたプレイヤー――アヤネにも、結局何もしていないし。
あれでは、MPKした挙げ句に紅茶を振る舞って、友達とPVPをしただけの不審者になってしまう。
また会ったときに、プライドの一切を捨て去った土下座をすることを心に決めつつ、謝罪用のアイテムを用意しておこうと気持ちを切り替えた。
「きゅー」
何かいいものはないかなー、とアイテムボックスを漁っていたとき、ローブの中から可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。
俺はそれによって、謝るべき相手がもう一人……いや一匹いることを思い出す。
先のPVPのMVP。それが誰だと言われたら、間違いなくドクになるだろう。自分の命を削ってまで俺の戦いの補助をしてくれたのだから。
感謝の気持が溢れてきて、口をついて出てきた言葉が、
「えっと……紅茶いる?」
「きゅー!」
何かすっげぇ拒絶の意思を感じた。
ローブの中から出てきて、こちらから距離を取るドク。
そんなに紅茶が嫌なのか……と困惑しつつも、そういえばちょっと前、サラに茶葉を貰ったとき、大量にあったから半分くらいドクにあげたな、と思い出した。
いやね? 本当に大量にあったんですよ。アイテムボックスの容量がいっぱいになるくらい。だからさ、日頃の感謝とかも込めて差し上げた訳ですよ。ほら、苔とかも食べられたんだから、茶葉も行けるかなー、って。
だが、あの出来事からどうもドクは紅茶――というか茶葉が嫌いになってしまったらしい。
美味しいのに……と残念に思いつつ、俺はドクを回収して路地裏から光の下へ歩き出した。
あぁー、すっげぇ気まずい。
俺はとある屋敷を見上げながら、込み上げてくるため息を必死に抑えていた。
ここはラインのお家の前。
彼女の身体の大きさと反して、住居は周りの家と比べても圧倒的に大きい。そもそもこのあたりがお金持ちの住むエリアということもあり、周りの家も決して小さいという訳ではないのだが、やはりラインの家は二回りほどでかい。
一体何をしたらこんなところに住めるんだ……と現実逃避をしそうになり、慌てて首を振った。
彼女に弟子入りしてから、ここには何度か足を運んだことがある。
だから場所はしっかりと覚えていたし、お邪魔するときも「何も言わなくていいぞ」とお墨付きを頂いているのだが。
――――まぁ、目の前で死んじゃいましたからね。
悪魔を倒したり紅茶を飲んだり、PVPとか色々とあったが結局それらは全てラインと再開するまでの暇つぶし。意外とそれが長くなってしまって、当初の「ラインが街に戻ってきた瞬間にジャンピング土下座&許しを請う作戦」ができなくなってしまったのだ。
ああああああああ、怖いよぉ。
これでノコノコ顔を出したら、言葉を交わす暇もなく殺されるんじゃないだろうか。
ないとは思うが、思わず最悪の想像をしてしまい、より家にお邪魔しづらくなった。
「がぁぁぁぁぁぁ…………」
行くしかねぇ。
行くしかないんだけど、勇気が出ない。
獣のような声を上げるも相変わらず俺はへなちょこナメクジ。
人と会話するのだけでも自分にとっては難事だというのに、それよりも更に難しいミッションとか……。この状況を作ったのは誰だよ!? 俺だ。ごめんなさい。
心のなかで頭の悪い話し合いをすることで緊張をほぐす戦法。若干効果があったようで、先程までの動悸息切れ目眩などの諸症状が薄まった気がする。それって循環器に問題があるんじゃねぇかな。
手のひらから溢れ出んばかりににじみ出ている汗をローブにこすりつけ、深呼吸して門を開けた。
ギギギギギィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!
「ぴえっ」
想像してた一万倍くらい大きな音が鳴って、俺の心臓は停止した。
おお ポチ! しんでしまうとは なさけない……。
反射的にあたりを見渡すが、誰にも注目されていないようだ。助かったな……。ぼっち陰キャは人に注目されると死んでしまうという病気を患っているんだ。陽キャの皆は、小さな子供が蟻の巣に水を流し込むように無邪気な気持ちで陰キャに絡むのをやめようね! 不用意に近づくと死ぬぞ(相手が)。
今度は音が立たないようにそっと門を閉めて、敷地内に足を踏み入れた。
大きな庭を横切って、これまた大きな扉の前に立つ。
ラインの身長だと不便なんじゃないかなぁと思いつつ、さてこれからどうしようかと頭を抱えた。
普通だったら何も考えずにノックすればいいのだが、どうにも俺にはこれができない。コミュ障だったら分かると思うのだが、ノックって怖くない? 怖いよね。怖いって言え(豹変)。
そんなふうにグダグダ悩んでいると、何の前触れもなくバタッと音を立てて扉が開いた。
えっ、ちょ、心の準備が…………!
「………………………………………………………………え、ポチ?」
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