祝福は花弁を添えて
「くは……っ」
俺の攻撃をもろに受けたルナは、思わずといった様子で息を吐いた。
いつもだったらそれを気にしているところだが、今はもっと大事なことがある。
力強く見つめるのは、彼女のHP。
自分の攻撃力なんて大したものじゃない。主なダメージソースは、ドクが付与した毒状態による固定ダメージだ。それに加えて、眷属のステータスを用いた強化攻撃。
しかし、この場合はダメージがドクのステータスを参照して計算されるため、DEXを活かした確定クリティカルができない。だから、ドクのSTRよりも相手のVITが高い場合はノーダメージになってしまうのだが……ルナのステータスだったら、流石にそうもいかない。
毒状態の多重付与ができたらいいのだが、あいにくそれはできなかった。
いくら弱い毒状態を重ねたところで、強化されて強い毒状態になったりしない。多分、弱い毒を与えたあとに強い毒を与えたら、強い毒に上書きされるんじゃないだろうか。
俺は彼女のHPを見ながら、毒によるHPの減少具合を見ていた。
時間を稼ぎながら、状態異常で相手の体力を減らす。
もしもポーションや魔法などで回復してきたら詰んでしまうが、PVPのルールがデフォルトで「回復禁止」になっていたから助かった。
このままだと、通常のプレイヤーを相手にしたら勝てないな。まさかモンスターが回復はしてこないだろう……してこないよね? ボスが回復するのは駄目だってあれほど言われてるだろ!
恐らくHPの減り方的に、先程の攻撃でHPを九割削りきったはず。
緊張で唾を飲み込みながら、順調に減っていくバーをにらみ続ける。
――早く早く早く早く!
ここでルナを倒しきれなかったら、間違いなく反撃される。
今までは咄嗟に逃げられるような距離を保ちながら戦ってきたが、最後の攻撃をするということで近距離まで近づいた。
俺のスキルや称号の効果で、近くに行けば行くほどダメージが大きくなるからな。まぁそれはドクを用いた攻撃には適用されないから、一応倒せなかったとき用の保険だけど。
俺の祈りが通じたのか、彼女のHPは望むとおりに削れ続け……やがて、止まった。
思わず倒しきれなかったか、と唇を噛んだが、それにしてはルナの動きがおかしい。
動こうとしているのに、何故だか動けないという感じだ。
そして、それは俺も同じ。ダメージが足りないのであれば自分の手や足をもって削りきってやろう、と蹴りを入れようとしたのに、体が石になったかのように動けない。
そのまま五秒ほどが経って、目の前に現れたのはやけに陽気なフォントの文字。
『Congratulations! プレイヤー:ポチがPVPに勝利しました!』
ファンファーレがうるさい。何処からか現れたクラッカーから大量の花弁が放出される。
何か、凄い祝福されてるよ……と微妙な顔になったが、内心は結構喜んでいるのであった。
初めてのPVPに勝つことができた。やったぜ。
俺が滅多に味わえない勝利の味に酔っていると、ルナがぺたんと腰を下ろした。
PVPが終了したあとに、専用フィールドから追い出されたため、ここは公共のスペース。
他のプレイヤーもNPCもいるのだから、流石に路上に座り込むのは迷惑になるだろうと彼女に立つよう言おうとしたら。
「…………っ」
何か、俯きながら体を震わせてた。
えっ、えっ、えっ?
もしかして泣いた?
ちょっと待ってよ。俺何かしたかね。せいぜい心当たりがあるとすれば、先程のPVPで割とえげつない戦法で勝利したことくらいしかないのだが……。
絶対それだな。思えば、よく知りもしない人間に毒状態にされたうえ、自分の攻撃は当たらずに一方的に殴り続けられたんだ。もしも彼女の現実での姿が、キャラクターの外見と同じように学生程度だったとしたら、トラウマになっても仕方のない光景だろう。喧嘩を売ってきたのはあちらなので、俺が完全に悪いとは言えないが。
それでも、他人を泣かせるということに対してものすごい忌避感がある。
コミュ障だからなのかもしれないし、単純に自分の性質がそうなのかもしれないが、誰かを傷つけるのがあまり好きじゃない。ここはゲームだからマシだけど。
だから今のこの状況をなんとかしたいと思っている。
周りのプレイヤーから、
「うわ……あの子可愛そう……」
「きっとあの不審者に泣かされたんだな。運営に連絡する?」
などなどの声が聞こえてきた。
やべぇ、状況もそうだが、俺の見た目もだいぶ勘違いを加速させている。
何とかしないと、運営に話が行ってアカウント凍結まであるかもしれない。人生で一番ハマっているゲームで、そんな事になったら多分ダメージが凄いのでそれは回避したいのだが。
「ハァ、ハァ……」
ほらぁ、やっぱり泣いているよ!
地面に座り込んで顔を俯かせて、そのまま肩を震わせてたら九割九分九厘泣いてるから。
混乱に包まれた俺は、これ以上何をしたらいいのかわからず、頭が真っ白になった状態でその場を去ろうとした。いや、クズの様な行動だとは分かっているんだけどさ、体が勝手に動いたんだ。
「……待って」
そうしたら、背中の方に微弱ながらも抵抗を感じた。
恐る恐る振り返ってみると、そこには涙目でこちらの服を掴んでいる美少女の姿。
俺が不審者でさえなければ映えたものを、ただただ真っ黒なローブで全身を包んだ奴が相手だというだけで台無しにしている。
「……ねぇ、貴方の名前は何ていうの?」
ぽつりと呟かれたのは、名前を尋ねるという平凡なもの。
しかしこの状況では悪い方向へしか想像が巡らず、名乗ろうものなら死ぬと思ってしまった。
だから、悪いとは感じながらやはり
とは言っても、流石にこれではいさようならというのも救いようがないので、せめて減らしてしまった彼女のHPくらいは回復させようと、アイテムボックスの中を探した。
赤ポーションなんて、自分の命を危険に晒すだけだからあんまり持っていないけれども……。
あっ、サラにもらったものがある。
相手が美少女だからというだけではなく、状況的にも緊張して声が出せないので、何も言わずにポーションを振りかける。
その行為が終わってから、「これって美少女に不審者が謎の液体をぶっかけたってことだよな……」と思い至ったのだが後の祭り。
何故か驚いているような様子のルナを置いて――驚いた拍子にか、手の拘束は外れていた――俺はさっさと歩き出してその場を立ち去った。
本当にごめん。後で会ったら、ジャンピング土下座を百回くらいするわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます