ハッタリ

「…………っ」



 もじもじ、もじもじ。

 ルナの放った魔法を全て回避した俺は、何故か彼女に睨みつけられていた。

 通常であれば、人間相手……しかも異性相手となれば緊張によってがちがちになるところだが、顔を赤く染めて涙目がちに上目遣いで睨まれれば、誰でもほっこりとしてしまうものよ。

 だからといって会話ができるわけではないのだが。



「流石ルナちゃん! 詠唱かっこいいよ! もっと見たい!」

「うるさぁい……っ」



 外野からの声に、震えた返答。

 初めて会ったときはルナがボケ役で、アヤネがツッコミ役だと思っていたのだが、この様子を見るとどうにも違うらしい。

 正しくは、どちらもボケとツッコミを担当しているということだろうか。おそらく当人達は、その様な意識を持っていないと思うが。傍から見れば漫才をしているようにしか見えない。それも百合漫才。

 良識のある人間なら、「ここにキマシタワーを建てよう」を合言葉に間に挟まることを拒否するはずだが、あいにく俺は一般人。だからといって邪魔をしたい訳でもないのだが、「じゃあね」の一言が言えないので実質同じようなものである。



 さて、彼女が真っ赤になっている原因だが、まず間違いなく先程の詠唱だろう。

炎の矢フレイム・アロー】を放つとき、けったいな詠唱をしていた。ルナに対する印象から違和感は感じていたのだが、アヤネの様子から彼女が犯人だと断定した。

 で、多分アヤネが悪ノリでかっこいい・・・・・詠唱を考え、それをルナに教えた。ルナは恥ずかしいのでそんな事は言いたくないと拒否したが、アヤネがゴリ押して言うようにさせた……とか言う流れだろうか。



 俺はカッコいいと思うんだけどなぁ。

 何で駄目なんだろう。



 このままボケっと突っ立ててもPVPが終わらないので、再び魔法を唱えようとしている彼女へ向かって走る。やはりAGI不足が大きく、詠唱が終わる前に攻撃を仕掛けることはできなかった。

 ルナが両手で握りしめた杖の先から、赤い魔法陣が現れる。

 そしてその中から、炎でできた矢。



 あえて直線上に走ってきたことを利用して、射出されると同時に横に飛ぶ。

 数回炎の矢フレイム・アローを観察していたが、飛ばしてから起動を修正するなどのことはできないようだ。

 ルナは自分の攻撃が避けられたことに口を歪めるが、俺は情けをかけずに次の動作を行う。



「――【影はシャドウズ・堕落にインヴァイト・誘うディプラヴィティ】」



 小さく小さく呟いたので、ルナには聞こえなかったようだ。

 まぁ俺はいつも声が小さいから、是非もないよね! 泣きたくなってきたわ。



 ……そんなことは置いておいて、俺の魔法のことだ。 

影はシャドウズ・堕落にインヴァイト・誘うディプラヴィティ】は、乏しい想像力のせいなのか分からないがハズレ魔法だ。

 だって、対象を黒くするだけの魔法だぞ。そんなの某死神系小学生探偵の犯人にしかなれないじゃないか。

 と考えていたのだが、他の使い方をさっき思いついた。



「……行くぞ、ドク」

「きゅー」



 ルナに近づくと、予想以上に綺麗な太刀筋の杖を回避して、腕を振るう。



「【黒爪ブラック・クロウ】!」



 さぁ、ハッタリの始まりだ。




















 俺の使える魔法は、対象を黒くするだけのハズレだけだ。

 では、戦いには全く使えないのか? というと、意外とそうでもない。

 ぱっと思いついたものだと、布なんかを黒くして相手の顔に巻き付けて、あっという間に目隠しの完成だ。説明曰く、どうもこの黒くするのは光さえも飲み込む影とやらを使っているようなので、目隠しに使えば明かりさえも認識できなくなるだろう。

 なんでこんな危険なアイデアが湧き出てくるのだろうか。

 自分でも怖いわ。



 まぁ、今回はそのような使い方をする訳ではない。

 そもそも布を持っていないしな。

 じゃあ何をするのかというと、ルナにハッタリをかまそうかと思う。



「――【黒爪ブラック・クロウ】!」



 そう叫んで、右手を振るう。

 異性を相手にしているため、もしかしたら声を出すことができないんじゃないかと心配していたのだが、どうやら大丈夫なようだ。流石の俺でも戦闘中なら口が軽くなるのか。

 だと言っても、まともな会話をしろと言われたら死にそうだけど。



 訳の分からん技名を言って、意味ありげに腕を振ったのには理由がある。

 何度でも言うが、俺は一つしか魔法が使えない。

 そして、技名を行ったりしないと使えないアクティブスキルなども【強打】一つしかない。

 つまり、【黒爪ブラック・クロウ】なんてものはありもしない出鱈目という訳だ。

 だったらどうして、叫ぶだなんて無駄な行動をしたのかというと。



「……くっ、闇魔法…………?」



 何とかルナは俺の攻撃を回避したようだが、残念ながら完全に避けきれた訳ではない。

 よく目を凝らしてみれば、彼女の腕に僅かな傷跡が残っていることが分かる。

 そして、ちょっとでも当たればこちらのものだ。



「っ!」



 驚いたように目を見開くルナ。

 そりゃそうだろう、攻撃を避けたと思ったら、「何故か毒状態になっている」のだから。

 俺を警戒しているのか、すぐに距離を取られる。

 その速度は自分よりも圧倒的に速く、魔法使いにすら負けるのか……と少々心に来るが、今は気にしないでおこう。

 それよりも、先程の彼女の発言のほうが大事だ。



『闇魔法』と、確かにそう言った。

 御存知の通り、俺は対象を黒くする【影魔法】しか使えない。

 では、どうして彼女は闇魔法を使われたと勘違いしたのか?



 それは、さっきの俺の攻撃に理由がある。



黒爪ブラック・クロウ】だなんてそれっぽい・・・・・名前を叫んで、相手の黒い腕が伸びたように見えたら……まぁ魔法か、スキルを疑うよな。

 しかしその正体は、影魔法によって黒くしただけの眷属――ドクだ。

 ポイズンスライムであるドクは、何が気に入ったのか常にローブの中にいる。

 STRが低いためにろくな装備ができず、下着の上にローブをそのまま着ているのに、その中にスライムまでいるんだ。変態の誹りは免れぬだろう。

 黒くしたのはそういう理由もあるし、単純に手の内をバラしたくないというのもある。



 もしかすると、近い将来、俺が多くのプレイヤー・・・・・・・・・・を相手取って戦う時が・・・・・・・・・・来るかもしれない・・・・・・・・

 そうなったら、戦い方がバレているというのはリスクにしかならない。

 いやまぁ、そんなことにはならないとは思うけどな。だって、コミュ障だし。負けたな、ガハハ!



 俺はハッタリが上手く行ったことに安堵のため息を付きつつ、ボロを出さないようにと気を引き締めた。

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