見た目は魔法使い、武器は拳
「…………」
「…………?」
戦闘開始の合図から一分程経った。
しかし、俺とルナはどちらも動いていない。
初めは戦わなくていいんだったらいいやー、と思っていたのだが、流石にこれほど時間が経過してしまえば違和感を抱かずにはいられない。何かあったのだろうか。
そう思って、ルナの方をチラチラと見ていると、彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見つめていた。
「……貴方、魔法使いでしょ。どうして杖を装備しないの」
「…………」
あぁ、なるほど。
完璧に理解した。
どうやら彼女は、俺のことを魔法使いだと思っているらしい。
それならば、メインウェポンは杖だろう、と。
いやぁ、とても鋭い指摘だ。確かに真っ黒なローブで全身を覆っていたら、魔法使いにしか見えないだろう。むしろこれでそうじゃなかったら、問答無用で不審者だ。
しかもゴキブリの脚なんて首から下げているからな。見えないように仕舞っているけど。
が、残念ながら俺は魔法使いじゃない。
同じようなものだとは思うが、正確には錬金術師だ。ほんの少し前に魔法が使えるようになったから、そう名乗ってもいいんだが。
そもそもSTRが足りないから、装備したくても杖が装備できない。
それを伝えようとしたのだが、口が重くて動いてくれない。
「そう、ハンデのつもり。正直半分くらいは冗談だったけど、今本気になった。手加減しないから」
そう呟いて、彼女はなかなか堂に入った構えを見せた。
冗談だったのかよ。まぁ、お茶も飲んでるし、怒っているようには見えなかったけれども。
あとハンデじゃないです。喋れないのは俺のパッシブスキルというかバフです。この場合はデバフだが。
当然そんなことは言えず、気まずい雰囲気をごまかすために目をそらす。
そういえば、PVP用のフィールドは初めてだな。
何だか物珍しくて、戦闘中だというのにキョロキョロしてしまう。だってここに来るには、誰でもいいからプレイヤーとPVPをしないといけない……つまりはある程度のコミュ力がないといけないんだよ!
それなのに、偶然にもここを訪れることができるなんて。
石畳の正方形。見た目だけで言えば、某ドラゴンな星マークのボールを集める作品の武道会の会場みたいな感じだ。その正方形を囲うように透明な壁があるようで、落下などはしないようだが。
一辺は十五メートルほどだろうか。広いように感じるかもしれないが、この中で動き回ると考えれば狭いくらい。まぁ俺はAGIの関係であまり動かないので、特に問題ないけど。
PVPでは、HPが全損しても死なないらしい。
ルナに戦いを申し込まれたのを承諾したあと、PVPに関する説明が出てきたので読んだらそう書いてあった。正しくは、全損してもほんのちょっとだけHPを回復してくれる程度らしいが。
とはいっても、女子相手に殴りかかるのもなぁ……。
俺は詠唱を始めるルナを眺めながら、このあとどうやって戦おうかと考えていた。
「――我は精霊の
「うおっ!?」
のんびりと様子見に徹していたら、突然炎でできた矢が現れ、俺に向かって飛んできた。
流石にまともに食らうわけにもいかないので、何とか回避する。
今までの戦闘スタイルは、相手の攻撃を全て躱して少しずつHPを削っていくというものだったのだが……魔法であるせいか、予備動作というものが殆どない。
スライムやゴキブリ、蛇なんかは動きをよく観察していれば容易に攻撃が躱せたのだが、ルナの場合はギリギリだ。もともとAGIが少ないせいで移動にも一苦労だというのに、通常のものより遅いとは言え矢を回避することになるとは。
まぁ、でもさ。
そんなことよりも、言いたいことがあるんだ。
VITが低いから……いや、この場合はMNDかな。魔法を食らったら一撃で死ぬ? それじゃない。
いきなりPVPを仕掛けてくるなんて常識外れだ? もとよりPKが存在するゲームで何を言っているんだ。違うだろ、もっと大事なことがあるはずだ。
俺は走り回りながら、心の奥底より湧き出てくる感情を抑えるのに必死だった。
………………かっっっっっっっっっっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!
え、え、えっ!?
今、詠唱してたよね!? してたよな!
このゲームでは、魔法を使う際に詠唱は必須ではない。そういうのが嫌いな人もいるからな。
しかし、
かっこよさだけでなく余計にMPを込めることができ、威力が上昇するというのだから、効率的にもよろしい。
魔法使いを自称する俺だが、お恥ずかしいことに今までろくな魔法を見たことがなかった。
人をボールにしてスリーポイント決める鬼畜魔女だとか、対象を黒くするだけのハズレ魔法だとか。
だが、今ルナが使ったのはそんなものではなく、もっと実用的なもの。
【
しかも詠唱付きと来たもんだ。これには自他共に認める(他はいない)中二病である俺もにっこり。
まぁしかし、意外と言えば彼女……ルナが中二チックな詠唱をしたことだ。
無表情の仮面からは、到底そんな文章を考えそうには思えなかったのだが。
人は見かけによらないものだなぁ、と思いつつ、こちらに杖を向ける彼女へ目を向ければ……。
「………………っ!」
何か、ものすっごい顔を赤くして、ぷるぷるしていた。
可愛らしく杖を両手で握りしめ、うつむいている顔に光るのは涙だろうか。
そして、何処からか聞こえてくる大きな笑い声。
何だか流れが読めてきて、半眼になってそちらを見やれば、やはり予想通り腹を抱えて笑っている
誤ってキルしてしまったことに対して抱いていた申し訳のない気持ちが急速に萎んでいくのを感じて、俺はガシガシと頭をかいた。
……あの詠唱、アヤネが考えたのか。通りでルナには似合わないと思った。
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