「えーと、いらっしゃいませー……?」

「………………」



 現在、店内。

 華麗に店に踏み込んだものの、俺以外客が見えないそこには気まずい空間が広がっていた。

 扉には鈴が付いており、開けた瞬間にチリンチリンと結構大きな音を立て、カウンターで寝ていた店員さんは慌てて飛び起き、そんなもの付いてるとは思っていなかった俺は滅茶苦茶びっくりした。

 寝起き故かボーッとしているような印象を受ける。

 まぁそんなこと言ったら、俺の印象は全身黒いローブで覆っている不審者コース一直線なんだが。



 その後、こちらが何も反応しないで突っ立ったままだから、お相手も不思議に思ったようだ。

 何か腕を組んで、舌打ちなんかをしている。これ不思議に思ったんじゃなくて不機嫌になってんな。

 ……え、態度悪くね? よく見たら金髪ピアスだし。

 こんな不良っぽい人が店員だとは思わず、店に入ったということで緊張していた口は更に縮こまってしまった。



 あー、困った。

 額から汗が滝のように流れ出して、ローブを着ているはずなのに寒くなってきた。

 まさか、俺以外に客がいないとは。

 誰かしらいたら、これほど緊張はしていなかっただろうに。コミュ症故か、俺だけの特性かは分からないが、このような店で一人でいると、何も喋れなくなるのだ。逆に人がいっぱいいる店のほうが、多少ましまである。もちろん比較的であって、基本的に人がいると駄目なタイプの人間なので、どっちもどっちなのだが。

 そしてお相手も不機嫌であると見える………………あ。



 この態度ってもしかして称号のせいでは?



 必死に自分の持っている称号の説明を思い出して、現状の解析を試みる。

 確か、【悪辣なる悪魔】とかいう名誉毀損罪で訴えられそうな称号が、NPCからの好感度を下げるという効果だったはず。それに人に嫌悪感を抱かせるとも。

 それを考えたら、今の状況は納得出来るものだ。

 気持ちよく寝ていたら嫌悪感を抱くような不審者が黙って突っ立っているんだもんな。そりゃ、不機嫌にもなるさ。いや、仮にも店員さんなんだったら、起きていろよとは思うが。

 どうもこの店は流行っているという訳でもないらしい。それだったら、少しくらい寝ても……バレへんかと思ってしまうかもしれない。知らんけど。



 俺は心臓の抗議に耐えきれず、後ろ手にある扉に手をかける。

 そしてそのままあっさりと開くと、鈴が鳴った。



「ご、ごめんなさい…………」



 消え入りそうな声で謝罪すると、相手の返答も待たずに扉の隙間に体を滑り込ませる。

 出来る限り素早く扉を閉めると、思わず安堵のため息を付いてしまった。



 …………あぁ、結局ガラス瓶と綺麗な水は買えなかった。

 いや、この店に売っているかどうかは分からなかったが、この様子を見ると他の店でも同じ様な挙動を見せるだろう。

 コミュ障だから喋れない上に、称号の効果で初見から嫌われる……ってコト!?

 悪い、やっぱ辛えわ。



 俺は空を見上げて、目から汗が出ないように我慢した。
























 これからどうするか。

 俺は街のベンチに座って、頭を抱えていた。

 赤ポーションを作るための道具を手に入れるために、店まで買いに行ったのはよかった。問題なのは、そこでコミュ障を発動させて購入できなかったことだ。

 これでは、ポーションの素材が足りない。ひいては、MPKしてしまった彼女に謝罪をすることができないではないか。いや、ゲームなのだから、それくらいは許されると思うのだが……自分がこういうものに慣れていないせいか、きちんとしたいと思っている。



「はぁ……」



 俺の格好のせいで、どうも周りの人に変な目で見られている気がする。

 ゲームの中だから中二っぽい見た目をした人はいっぱいいるのに、こんな不審者のような奴はあまりいないからな。NPCに関しては、多分称号のせいだから。俺は悪くないから……!



 内心で涙を流しつつ、人に注目されるのは辛いので約束の地路地裏へ行こうと立ち上がった。

 すると、「あー!」なんて声が聞こえて来る。一体何なんだ、とそちらの方に顔を向けてみれば、ずんずんと俺の元へ歩いてくるプレイヤーの姿が。

 ……いや、「俺」の元、というは酷い勘違いだろう。

 現実に友達もいないため、プレイヤーと関わりを持つこともない。であれば、きっとこちらの方向に何か用事があるとか、そういうことだろう。



 肩を怒らせて歩く彼女の姿を見て、お近づきにはなりたくないなーと思い、ササッと進路から脱出する。

 まぁ、誰でもお近づきにはなりたくないのだが。ほら、そういうとこやぞ、ぼっち。

 自分が独りでいる理由を垣間見てげんなりしたが、それで足を止める訳もなく。



 ここら辺までくれば大丈夫だろ。

 そんなふうに俺が油断した瞬間――振り向いた先で、彼女と目が合った。

 


 ピンク色のさらさらな髪。それは肩のあたりで切り揃えられており、色さえ違えば日本人形かと思っただろう。それが今は、上下に大きく動いているせいで、ブオンブオンと荒ぶっていた。

 同色の瞳は、平時であったら可愛らしく感じたのだろうが、きつくつり上がっているせいで恐怖しか感じない。それも睨みつけられているのでなおさらだ。



 はて、俺は何かしただろうか……?

 思わず首を傾げてしまう。少なくとも、こちらにはあの少女の記憶がない。

 だというのに、迷う様子を見せずにこちらへと歩を進めている。一度進行方向から外れたというのに、だ。

 


 なんとなく怖いので、さり気なく走り出してみる。

 街中で走るとか羞恥心がマッハなのだが、恐怖よりかはマシだ。

 流石に俺を追ってくることはないだろう……と油断していたのが悪いのか、後ろからとんでもない勢いの足音が聞こえてきた。

 オイオイオイ、AGI抜きダッシュオイオイオイ。



 …………俺は、欲しい……! 他の誰にも(逃げるとき)負けないような、そんな絶対的な“速さ”が……!



 まぁ、AGIゼロな俺の走りは当然遅く、いともたやすく捕まってしまった。

【逃亡者】君さぁ……働いてくれる?
























 肩を掴まれて硬直。

 そこに温かい手の感触を感じ、人と接するのになれていない俺は動けなくなってしまった。

 どれほど動けなくなったかというと、後ろを振り向けないほど。よくギギギ……と音を立てて振り向くとか、そういう表現があると思うのだが、それすらもできない。

 内心は混乱と疑問の嵐でいっぱいだ。一体どうして自分は彼女に止められたのか。はじめましてだと思うのだが? もしかして、気付かないうちに失礼なことしてた?



 ローブの中で脂汗を垂れ流してると、背中越しに怒気のこもった――落ち着いて聞いてみれば、平坦な声が聞こえてきた。



「貴方、アヤネを二度もキルした人でしょ」

「……………………」



 誰だよ、アヤネって。



 俺は知らない名詞に頷くこともできず、さりとて知りませんよとも主張できなかったために黙り込むしかない。コミュ障だからネ! 美少女相手に話せる訳無いだろ! いい加減にしろ!

 ……え、サラ? アレは美少女()でしょ。



 返答しなかったせいか、こころなしか苛立ったように手に力が込められる。

 すると遠くから、焦ったような声とともに足音が響いてきた。



「ちょ、ルナちゃ〜んっ!?」



 その声は、どうも何処かで聞いたことあるような――。

 そんな既視感を感じ、俺が思わず考え込んでしまうと、



「あ、アヤネ」

「あ、じゃないよ! どうしたの、そんな知らない人を掴むなんて!」

「だって、この人の見た目、アヤネが言ってたPKとまるっきり同じだった。だから、思わず止めてしまった」

「何で!?」

「……愛?」

「それこそ何で!?」



 なんすかこれ。



 何か背中の方で繰り広げられる会話が頭の溶けそうなもので、キマシタワーを立てるべきなのかどうか悩んでしまう。

 まぁそんなことよりも、俺を拘束していた彼女の手が、現在離れているという事実に目を向けたい。

 つまりどういうことかと言うとですね、今、余裕で逃げられるんですよね。

 しかし、この空気の中逃げ出すっていうのは一体どうなんだ……。

 個人的には非常に逃げてしまいたいのだが、常識的にここでいなくなるのは不味いだろう。



 願望と良識の狭間に囚われて、永劫続く自問自答に苛まれる俺。

 現状の処理ができなくて、思わず中二病的思考をしてしまったが許していただきたい。

 後ろで話しが続いているので、こちらも暇なんすよ。知らない人の会話に耳を澄ますって訳にもいきませんし。



「た、確かにこの人にはキルされたけど……」

「ほら。やっぱり私は悪くない」

「いや、お相手に迷惑でしょ!」



 …………あっ、もしかしてこの「アヤネ」ってスライムに飲み込まれてたり、不幸にも動けなくなっていたところをウサギに殺された人か?

 


 過去の記憶を思い出して、自分がキルしたらしいプレイヤーのことを思い出す。

 そうだとすれば、この声にも聞き覚えがあるはずだ。

 彼女の断末魔の声を、二度ほど聞いてしまったから。



 俺は謝罪すべき相手が急に現れたことで、緊張するのを抑えきれなかった。土下座で許してくれるかな?

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