チキン

 はい、おはようございます。

 いい朝ですね。空には雲一つなく、燦々と降り注ぐ太陽光が僕を殺しにかかっています。

 吸血鬼的には、全くいい朝じゃなかったわ。というか、朝に良いも悪いもない。



 は? お泊りイベント?

 ログアウトしたよ(白状)。

 時間も時間だったし、そもそも全年齢対象のゲームでそんな素敵なことが出来る訳ねぇだろ(半ギレ)。

 サラに連れて行かれた後、夕食を御馳走になった。鶏の香草焼きっぽいもので、とても美味しかったです。宗教的な理由で肉が食べられなかったらどうしよう、と思っていたから、大丈夫そうでよかった。

 そうしてシャワーを勧められたのだが、出てきたのが【ログアウト勧告】。

 理由は長時間の連続ログインと、不適切な展開が予想されるためだと。それと見た瞬間、都合のいいことなど起こらないんだなぁ、と悟ってしまった。

 


 という訳で、この健全なゲームにお泊りなんてなかった。

 多分プレイヤー同士だったら行けるんだろうな。NPCだったから駄目だっただけで。

 虚ろな目をしつつ、教会の前まで見送ってくれたサラに手をふる。

 彼女は突如ログアウトしてこの世界からいなくなった俺のことを、どう思っているのだろうか。ログアウトのことを認識しているのか? NPCにとってログアウトが違和感のあるものでなかったら、もしかするとログインしていない間は、AIが自動でキャラクターを動かしているのだろうか。

 疑問が湧いてきたが、もう既にだいぶ距離が空いてしまったので、わざわざ聞きに戻るほどでもないな。

 もちろん俺のAGIを参照した歩行速度なので、そこまで移動した訳ではないが。



 さてさて、あの教会にお邪魔したのは、もともと赤ポーションの素材を手に入れるためだった。

 薬草が手に入ったので、後は【ガラス瓶】と【綺麗な水】なのだが…………もう集めるのが面倒くさい。

 アイテム一種類集めるのにこんな時間がかかったんだから、あと二種類も集めるとか気が狂いそう。

 何とか都合よく手に入んないかなぁ、とブラブラしていたら、いつの間にかブルハさんの家の前まで辿り着いていた。



「おや、薬草は手に入ったのかい?」



 そして扉の前で掃き掃除をしていた魔女に出会う。

 ここまで歩いてくるときに、視界に写っていたから驚かないぞ。

 まぁ、それと話せるかは別問題なので、沈黙をもって返答したが。

 当然、首は振ったぞ。縦に。



「へぇ、それはよかった…………ん? ポチ君、何か君から神っぽい気配を感じるんだけど、気の所為かな。ここを出る前は、むしろ悪魔っぽい気配だったのに」

「……?」



 神っぽい気配? 何だそれ。

 心当たりがイザベルと話したことぐらいしかなかったので、首を傾げる。

 悪魔っぽい気配には反応しない。吸血鬼だし、称号で悪魔呼ばわりされるからね。

 ……あ、【夜の加護】かな。加護って何だか神様っぽいし。偏見だけど。



 それを何とか伝えると、ブルハさんは少し固まった後、箒を胸に抱えて大笑いし始めた。




















 どうしてこの人は笑ってるんだろう。

 目の前でお腹を抱えている魔女を見て、俺は真剣に考え込んでいた。

 過去、俺を前にしたクラスメイトが笑い出すという場面に遭遇し、その理由が分からなくて泣きかけたというトラウマがある。今思えば、タイミングがよかっただけで俺に理由があった訳ではないと分かったが。

 その経験もあり、こうなった経緯を考察する。

 


 再開する→少し話す→大笑い!



 駄目だ、全然分からん。

 これだけのヒントだと、多分小学生の死神系探偵でも推理できないだろ。

 彼よりも頭の回転が悪い俺では、言わずもがなだ。

 


 そのまましばらく待っていたら、ブルハさんはようやく笑いが収まりましたという様子で、目尻に滲んだ涙を指ですくった。



「いやいや、すまないね。笑うつもりはなかったんだけど、まさか加護とは。神というは加護を与えるための存在とはいえ、僅か一日でそこまで気に入られるとは恐れ入った。相当君が『ぴーん』と来たんだろうね」



 うーん……?

 神が加護を与えるための存在、って言い回しに心当たりがあるな。

 確か、イザベルがそんなことを言っていたような気が。

 聞いてみようとしたら、後ろからダンディなお父様ボイスが聞こえてきた。


 

「おぉ、坊主じゃねぇか。一体その悪の巣窟に何の用事があるんだ? 出来る限り、ブルハには関わらないほうが良いぞ、って…………いたのか」

「やぁやぁスタベン! ポチ君の影に隠れていて、この美少女が目に入らなかったのかな? それよりも、私に関わらないほうが良いっていうのは、一体全体どういう訳かな」

「言葉の通りだろうが。見ろ、坊主もお前の圧力に屈して黙っちまってる」

「………………」



 いや、俺が黙ってるのは突如始まったマシンガントークのせいなんですけど。

 目の前で繰り広げられる会話に、コミュニケーションスキルの熟練度が低い自分がついていけるはずもない。僅かな隙も見当たらず、最早熟練の技とも言えるようなやり取りを目にしていた。



「――全くもう、君はいつからそんな生意気になったのかな。小さいときは、『俺がお前を連れ出す』なんて可愛かったのに」

「なっ、それを言うのは反則だろうが……っ!」



 急に赤くなるおやっさん。

 正直、俺はもうこの砂糖空間にいるのが耐えられないので、ホログラムウィンドウを開いてログアウトのボタンにまで指を伸ばしていた。

 流石にこの状況でログアウトするのは常識に欠けるのでしないけれども。



 そもそもここに来たのは、ガラス瓶と綺麗な水を手に入れるためだっけ?

 このまま二人を放っておいたら、固有結界『愛を囁く二人の世界リア充ワールド』から戻ってくる気配が見えないので、何とか割り込むことにした。

 会話の隙を見つけるだなんて上等なことが出来る訳もないので、頑張って声を張り上げる。



「えっ、えっと、ガラス瓶と、綺麗……な水って、何処で手に入ります、か…………っ!?」




















「……………………」

「……………………」



 陰キャがリア充の会話に割り込んだ結果。

 当然、その場に降りるのは重い困惑を含んだ沈黙。

 俺はあわあわして、もういっそここで腹掻っ捌いてお詫び申し上げます! とかしようかな、と考えていた。あぁ、やはりコミュ障がいっちょ前に人(NPC)と話そうとするなんて、烏滸がましかったんだ。



「ガラス瓶?」



 ブルハさんが不思議そうな顔で首を傾げる。



「そんなの、お店で買えば良いんじゃないかな」

「綺麗な水も、まぁそこら辺に売ってるよな」



 続けて、おやっさんも畳み掛ける。

 リア充が自分の質問に答えてくれた、ただそれだけの事実が、どうしようもなく嬉しい。

 俺が喜びに浸っていると、やっと返答の内容が理解出来てきて、目が点になった。



 …………店?



 え、なにそれ。

 今までこのゲームをプレイしてきたけど、そんなもの存在してたんすか。

 いや、不思議には思ってたんだ。

 街中を歩いているときに、建物の入口の前に木製の看板がかけられていることがあったから。

 なんだろう、あれ。とか思いながらも、通り過ぎてたんだ。鬼避けみたいなものかな、って。

 でもそりゃそうか。建物の看板なんて、うちはこういう商品を取り扱ってまっせ、という主張だよな。普通に考えて。こんなことにも思いつかないなんて、俺ってばもしかしなくても馬鹿?



 愕然としていると、再び二人は彼らだけの世界に入ってしまった。

 一度返答してもらったため、また間に割り込むということはしにくい。

 そもそも、あのリア充空間に無理矢理入っただけで、だいぶ精神力を消費したから、短いスパンで同じ行動をすることは出来ないだろう。というかしたら死ぬ。熟練のぼっち舐めんな。



 俺は二人にたどたどしく感謝を伝えると、一礼してその場を去る。

 …………AGIが低いせいでなかなか離れることが出来ず、背中からずっとイチャイチャした声が聞こえてきたのは、DEX極振りプレイヤーにAGIにステータスを振ろうかと思わせるほど辛いものだった。

 まぁ振らないけどさ。



 ◇



 ここが店か。



 俺が見上げているのは、ブルハさんの家よりは小さいレンガ製の建物。

 木製の扉の上には、ポーションのような丸型フラスコのイラストが描かれた看板がかかっている。

 おそらく、薬屋だとかポーション屋の類じゃないだろうか。



 プレイヤーの特権、マップを最大限活用してここまで来たは良いものの、これからどうしよう。

 扉の前に突っ立っている不審者。

 現実だったら通報されかねないが、きっとゲームの中だから大丈夫だろう。……大丈夫だよね?

 何か不安になってきたので、早く店内に入ろうとドアノブに手を伸ばす。

 が、捻るという動作がどうにも難しい。コミュ障である俺は、こういう店に入るのすら躊躇してしまうのだ。どうしてゲームの中でインターネットショッピングが出来ないんですか。



 しかし流石にそこで五分も邪魔していたら、とんでもなく迷惑になるだろうから、覚悟を決めてドアノブを捻った。

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