King of the Snail Devil(2)
「……シッ!!」
「ゲェヘヘヘェェェッッ!?」
鋭く息を吐いて、正拳突き。
拳にすぐに潰れるゴム毬のような感触を覚えたが、無視する。
そのまま後ろに飛んで、毒液を回避した。
寄生虫型モンスターは、HPが
それどころか、デカカタツムリが動いたことによって少し欠けた床に引っかかって、HPを全損させていた。スペランカーかよ。
そんな
秒数にすると一秒ほど。
その間に、敵から半径二メートルほどの空間から離脱すると、最後の足掻きを回避することが出来るのだ。
ちらりとKing of the Snail DevilのHPを見ると、ロイコクロリディウムデビルの数だけ、HPバーの十分の一が減少していた。
これこそが、俺に与えられた光明。
デカカタツムリの角が破裂すると、中から寄生虫が出てくる。
その時、引き換えにHPの十分の一が減少。
このサイクルは一分ごとに行われ、放置しているとどんどん敵が増えていく仕組みだ。
角の破裂一回に付き敵が二体増加。
既に八回行われており、現在カタツムリのHPバーは二段目に突入している。
ここだけ聞くと、随分と善戦しているように思えるが、寄生虫は今十体残っている。
倒すだけなら一瞬なのだが、毒を回避するために距離を置くと、その分時間がかかる。
しかもあいつら、仲間の毒でも死にやがるから、一体になったところを狙わないと爆発連鎖してしまう。
体育館ほどの大きさのこの部屋で、そんなものが発生すると、回避不可能だ。
それ故にHPは削れているものの、逃げ場が少なくなっていた。
「右を見ても左を見ても虫、虫、虫! 気持ちが悪くてしょうがない!」
駆け抜けざまにラリアット。
勢いよく地面に叩きつけて、そのまま走り抜けた。
パァン、とポリゴンになった音と同時に、レベルアップの通知が来る。
しかしそれを確認している暇はなく、次から次へとやってくる敵への対応を迫られていた。
ドクはデカカタツムリの頭上にて、毒状態を付与し続けている。
だから同時に撃破などは出来ない。
……いや、こっちに来てもらって、寄生虫を倒したほうが早く倒せるかな。
飼い主に飛びつく犬のようにジャンプしてきた敵を、スライディングをして回避する。
このような動きは、ラインに教わっていないのだが、避け続けているうちに出来るようになった。
DEX様々だぜ。
腹の下をくぐるついでに、一発殴った。
少し重力に逆らった後、停止。そのままポリゴンになったが、俺は既にそこにはいなかった。
前転のような動作で無駄なく立ち上がると、敵のいないスペースへと逃げ出す。
後ろからズルズルと追ってくる音が聞こえるが、振り返らない。
『称号【逃亡者】を手に入れました』
……急に来たから、びっくりした。
どうにも人聞きの悪い称号を手に入れたようだが、一体どの様な効果だろう。
俺は足を回しつつ、ホログラムウィンドウを開いた。
【逃亡者】
数多くの敵から逃げてきたものに送られる称号。何かから逃げるときにAGIに補正がかかる。
……ハァハァ、逃亡者……?
否定出来ねぇ。
さっきも寄生虫から逃げてたしな。逃げるが勝ちってそれ。
まぁ、戦闘に役立つもので良かったよ。
俺はホログラムウィンドウを閉じて、追ってくる敵たちを振り返った。
思ったよりも近くまで来ていた相手に鼓動を高鳴らせながらも、腰のはいった拳を突き刺す。
あいも変わらず気持ちの悪い感触を残して、奴はポリゴンと化した。すかさず前に出て、後ろから爆発音が聞こえてくるのを無視し、更に足を踏み込む。
逃げ回っていた相手が立ち向かってくるとは思っていなかったのか、ロイコクロリディウムデビルたちは一瞬停止した。
その隙があれば十分だ。
一番近くにいた敵を持ち上げて―――こいつらの体は中身がスカスカなのか、発泡スチロールのように軽い。あの体液には重さがないのか――遠くへ投げつける。
俺の方はそこまで強くないのに加え、STRが低すぎるので距離はあまりなかったが、毒を撒き散らす範囲からは逃れられた。
そして他の寄生虫も。
狙い通り、一体で爆発するロイコクロリディウムデビル。
その音でやっと正気になった奴らは、目の前にいる
しかし、日頃から鬼畜ロリとの肉弾戦を行い、スライムの体当たりを回避し続けてきた俺にとって、もはや避けるのは簡単だった。
その後も同じ様に回避し、殴りつけ、倒し続ける。
やがて最後の一体のHPを削りきったとき、King of the Snail Devilの命はあと一段しか残っていなかった。もう一時間は戦い続けていただろうか。
単純に考えれば、一段三十分。
通常のモンスターとの戦いが三分から五分程度で終了することを考えれば、とんでもない強敵だ。
荒い息を何とか整えて、数メートルほど先に居座るデカカタツムリを睨みつけた。
思い返してみれば、奴自身の攻撃は非常に弱い。
それこそ、スライムにすら劣るだろう。もちろん、当たればボスモンスターなのだから、それ相応のダメージは食らうのだろうが。それでも、速度があまりにも遅いため、当たる気はしなかった。
主な攻撃手段は、自分の命を削っての寄生虫召喚。
カタツムリの悪魔の王と名乗っておきながら、その姿はロイコクロリディウムの王である。
寄生された物の末路か……と少し哀れに思いながらも、戦意は衰えさせない。
油断をすれば、あっけなく負けてしまうはずだ。
こいつはボスモンスターなのだから。
ボスと言えば、HPが減ったときに変身したり、強い攻撃をしてくるというお約束がある。
あの愚鈍な動きで何が出来るのかという疑問はあるが、とにかく気を引き締めていくべきだ。
残り一段。
このまま全ての攻撃を避け続けて、勝利を収めよう。
馬鹿の一つ覚えのように、触角を爆発させる。
俺はそれを見て、わざわざ自分からHPを削ってくれるなんて、良心的な敵だなぁと思っていた。
破裂した触角が再生すると同時に、ずるずると這い出てきたロイコクロリディウムの代わりに新しいものが補充されている。
そのおかげで、何度でも寄生虫を放出できるという訳だ。
その光景は、正直吐き気を催す類のものだが、目を逸らしている隙に何か攻撃されたら、と思うと目が離せない。
もしかして運営はこれを狙っていたのだろうか。
疑心暗鬼に陥らせ、精神をゴリゴリ削っていく。
すり寄ってきた寄生虫を【強打】によって吹き飛ばしつつ、残った一体に蹴りを入れた。
壁ジャンプの要領で距離を取ると、意味のない自爆が起こる。
見ると、吹き飛ばされた奴も毒液と共にポリゴンになっていた。
落ち着いて着地すると、デカカタツムリの観察に戻る。
現実において、ロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリは、元来の性質とは異なり、日の下へ行くことを好むようになるそうだ。
であれば、本来この地下水道に住んでいた巨大なカタツムリに、ロイコクロリディウムが寄生。
日の下を目指して、教会を襲うようになった……というところだろうか。
その仮説が正しかった場合、悪魔とは寄生虫のことではないか?
それなのに、名前が【King of the Snail Devil】とは。皮肉が効いているな。
HPバーは、既に風前の灯となっていた。
それ故か、かなり時間がたっても寄生虫を召喚する気配を見せない。
これ以上待っていても時間の無駄だと判断した俺は、拳を軽く握って駆け出す。
「グワァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!」
精一杯の虚勢か、激しく唸り声を上げる。
あまりの迫力と風圧にフードが飛ばされてしまい、顔が露出した。
しかし幸いなことに、ここは地下であったために太陽光が届かない。
一瞬の動揺を飲み込んで、更に加速する。
「ドク!」
「きゅー!」
俺の呼びかけに応えて、ドクが触角に体当たりをした。
スキルをも用いて放たれた体は、大きな相手であろうとよろけさせる。
事実バランスを崩して倒れ込んだカタツムリに向かって、大きく跳躍した。
「止めだァァァァァァッ!!」
勢いと体重と重力を全て乗せたスタンプ。
それは正確に頭へと突き刺さり、当然のようにクリティカルダメージを発生させた。
急速に減ってゆくHP。
固唾をのみながらその様を眺めていると、最後の力を振り絞って爆発を起こしてきた。
あれほど油断はしないと誓っていたのに、このざまか。
自分にため息を付きたくなるが、今はそれどころじゃない。
毒状態になったマークが表示され、HPが減少していく。
その速度はすぐにでも命が尽きてしまいそうで、死に至る前に敵を倒さんと前へ踏み込んだ。
「――――!」
シンプルな前蹴り。
通常だったら痛手にもならないような攻撃だろうが、相手は死にかけだ。
これが止めとなり、【King of the Snail Devil】のHPはゼロとなり、体が硬直した。
ほんの少しの間を置いて、爆発。
それは自爆などではなく、ポリゴンになるときの見慣れた現象だった。
巨体に合わせた、莫大な量の吹雪。
体育館ほどの大きさだったこの部屋だが、一部が覆い尽くされて前が見えなくなってしまうほどだ。
目を刺すような強い光に目を細めていると、HPの減少が止まっていることに気づいた。
どうやら、敵を倒したと同時に毒状態が解除されたらしい。
デスルーラの危険から開放された俺は、思わず安堵に支配され、そのままストンと腰を下ろしてしまった。
『レベルアップしました』
『新しい称号を手に入れました』
『新しいスキルを取得しました』
『ネームドモンスター討伐の報酬を手に入れました』
『ネームドモンスターソロ討伐の特別報酬を手に入れました』
「うわっ」
突然、大量のアナウンスが鳴り響く。
悲鳴に似た驚きの声を漏らしてしまったが、あの激戦の結果だと思うと笑みがこぼれた。
俺は少しニヤニヤとしつつ、報酬が記載されている画面を開いた。
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