King of the Snail Devil(1)

 そのモンスターの名は、【King of the Snail Devil】というらしい。

 直訳すれば、カタツムリの悪魔の王か。

 見た目は、ミスジマイマイだろうか。だが、その大きさが馬鹿げていて、おそらく体長五メートルはある。

 いつもは見下ろしているカタツムリを、逆に見上げる経験をしたのは初めてだ。その感想を伝えると、滅茶苦茶怖い。

 しかも、ロイコクロリディウムにでも寄生されているのか、両方の触角が緑色っぽくて、グワングワンと脈動してた。



 そんな奴が、真っ黒なオーラを纏ってこちらを睥睨しているのだ。

 扉の隙間から遠目に見ただけでも、困惑と恐怖の声を漏らしてしまったのは仕方のないことだろう。

 悲鳴を上げなかっただけ自分を褒めてやりたい。



 まぁ、ただ、アレだ。

 何が言いたいのかと言うと、その。



 …………逃げていいすか?



 ◇



「キモイキモイキモイキモイキモイキモイ!!!!」



 ドクに引きずられながら、段々と大きくなっていくデカカタツムリに向かって叫ぶ。

 扉を開けた後、踵を返して帰ろうとした俺を、眷属が無理矢理引っ張って入室させたのだ。

 どうもこいつはサラのことが気に入ったらしい。頼まれたんだから、叶えてやらなきゃとでも言いたげだ。



 いや、俺もそれは思うよ。

 あいつと戦う以外のことだったら、大体のことはするつもりだった。

 でもさ。あれは違うじゃん。

 見てみ? ものすごく気持ち悪いよ。カタツムリは可愛くて好きだけどさ、あそこまで大きかったらその範疇じゃねぇんだわ。

 しかも、ロイコクロリディウム入りですよ。寄生虫ですよ? 俺、虫は嫌いじゃないけど好きでもないんです。そんな奴が、あれを相手取るのは正気じゃない。



「嫌じゃ嫌じゃ! あんな奴とは戦いとうない!」



 上手いこと体を足に巻き付け、ずんずん進んでいくドクに懇願する。

 恥も外聞もなく、みっともなく手足をバタバタさせて全力で抵抗する俺。

 こころなしか冷たい一瞥を食らった気がして、すん……と冷静になった。



 確かに奴は気持ち悪いが、倒さなければクエストが終わらない。

 しかも、入室したと同時に扉が閉まり、脱出不可能となってしまったのだ。

 はいボス戦特有の逃げられない奴来た〜。

 それを見た瞬間、もう俺の中の全米が泣いたよね。



 彼我の距離が十メートルを切ったくらいで、ドクから開放された。

 嫌々、本当に嫌々立ち上がると、デカカタツムリの大きさが更に強調されて、軽く心が折れかけた。というか折れたかもしれない。



 相手は世界観間違ったような巨大カタツムリ。

 対してこちらが取れる手段はステゴロ。

 向こうを見やれば、謎の粘液で体表がテラテラしている。あれを、殴ったり蹴ったりするのか……。

 このゲームの運営は、どうしてこんな気持ちの悪いモンスターばかり用意するんです?(素朴な疑問)



 宇宙猫みたいな表情をしていたら、お相手が猛々しく鳴き叫んだ。

 おい、今何処から声出した。お前声帯ないだろ。

 何か猛獣みたいな声だったぞ。逃げていいか?



 非常に残念なことに悪魔からは逃げられず、そのまま戦闘開始した。

 と言っても、やはりカタツムリなので移動速度はあまり速くなかったんだが。

 ……締まらないなぁ。



















 ゆっくりと迫りくる【King of the Snail Devil】を眺めながら、今のうちに何か出来ることはないかと考える。ホログラムウィンドウを開いて、ステータスを確認。振り忘れていたポイントをDEXに振ると、やることがなくなってしまった。

 一応アイテムボックスを開いて、使えそうなアイテムを探す。

 当然のように、約束された勝利の薬爆発ポーションは存在しなかったので、ため息を付きながら閉じた。あれさえあれば、物理で殴る必要などなかったのに。

 赤ポーションを作った後、材料を取りに行こう。



「というか、本当に遅いな……」



 目の前に迫るは、デカカタツムリ。

 その巨体は確かに脅威なのだが、いかんせん移動速度が遅い。

 どれくらい遅いかと言うと、冬の日の爬虫類くらい遅い。それもう冬眠してんじゃねぇかな。



 万全の準備を終え、そんなくだらないことを考える程度には余裕がある。

 もちろん気持ち悪い敵と戦うことになるため、SAN値的にはギリギリだが。



 何かさ、あれだよね。目に悪い。



 デカカタツムリを見て、やはりそう思う。

 だって、蛍光色だよ。緑色だよ。そんな角(しかもドクンドクン言ってる)を一対持ったカタツムリ(体長五メートル)が、のっそりのっそりこちらへ向かってくるのだ。

 誰だって逃げる。俺だってそうする。



 が、あいつはボスモンスター扱いらしいので、逃げることは出来ません。

 はあああああ〜〜〜〜(クソでかため息)。



 いつまでも待っているのは暇だったので、こちらから向かってみる。

 出来る限り体勢を低くして、地面を滑るように駆ける俺。

 これ、傍から見たら忍者じゃね? この体勢を維持するには、STR値が重要だと思うんだが、何かDEXさんで出来るようになった。

 もしかして、DEXっていうのは自分の動きを制御するためのステータスなのかな。

 まぁ、オールステータスゼロって、現実と同じ身体能力ってことだし。それぞれのステータスで、それぞれの方向へと補正をかけているのだろう。

 


 まぁ、そんな変態行動をしたとしても、あんまり速くないんですけどね。流石にカタツムリくんよりは速いが。

 多分、興奮したカブトムシよりは遅い。このゲームに登場する奴って、皆現実に比べて速いんだよな。

 補正されたステータスに合わせるためなんだろうけど。



 とりあえず先手必勝。

 地面を強く蹴って、角を殴りつける――と見せかけて、袖からドクを放出する。

 苔掃除をしてだいぶ強化された彼または彼女は、気炎を撒き散らしながら体当たりをした。



 まさか、この俺がわざわざ真正面から飛び込むとでも?



 相手よりもステータスが劣っているのだから、搦手を用いるに決まっているじゃないか!

 駆け出す寸前、自分の影でドクを隠し、足元から収納。

 その後前傾姿勢で走ることで、足のところがグワングワンするのを誤魔化した。

 カタツムリ相手にそんなに警戒が必要かどうかは怪しいが。



 ま、彼奴は悪魔だ。

 抜群の頭脳を持っていたとしてもおかしくない。

 警戒はしすぎるってことはないだろう。



 無事に角に絡みついたドクは、【King of the Snail Devil】を毒状態にすべく行動を開始した。

 角と角との間を飛び越える際に、ついでに蹴りをお見舞いした俺も殻に着地すると、表示されたHPバーを見て絶望する。



「HPバーが、三本……?」



 しかも、どうも減ったようには見えない。

 これは、長い戦いになりそうだ。面倒くせぇ!
























 戦いが始まってから十分ほど経過した。

 その間俺はダメージを受けることなく、一方的に攻撃を食らわせていたのだが。

 ……デカカタツムリのHPバーは、一本目の十分の一も減らせていなかった。

 どうやら敵のVITは今まで戦ってきた誰よりも高いらしく、殴っても蹴っても一しかダメージが通っていない気がする。

 多分クリティカルダメージではあるのだろう。しかし、基礎ダメージが低すぎるため、いくら増加しようとも目に見える変化がないのだ。



 だが、それなりに通る攻撃もある。

 


「きゅー!」



 ドクが高らかに声を上げると、その体が加速する。

 圧倒的な運動エネルギーを得たスライムは、その柔らかさなど関係なく衝撃を与えた。

 が、俺の言っていた「それなりに通る攻撃」とはこれではなく、この後に待っているものだ。



「ぐ、グワァァァァァァッァァァァァッッ!?」



 苦しそうにデカカタツムリが悲鳴を漏らした。

 見れば、奴は体全体が紫色になっている。毒状態になっている証だ。

 毒状態は固定ダメージを与えられるため、VITが高かろうと無視することが出来る。まぁ、と言っても、当然そのダメージは低いのだが。

 それでも、俺が殴るよりはマシだ。



 ボスモンスターだからか、スライムよりも毒耐性が高いらしい。

 毒状態になる確率も低いし、短時間で回復されてしまう。

 その度にドクに攻撃させ、ヘイトを買いすぎるのを防ぐために挑発しながら俺も攻撃する。



 修行のおかげで、遅すぎるデカカタツムリの攻撃には掠る気配もない。

 これくらいならシャドウウルフのほうが、スライムのほうが手強かった。

 バカみたいに多いHPのせいで、面倒くさいことこの上ないが。



 このまま戦っていけば勝てそうだな、と油断した瞬間、奴の角に異変が起きた。



 緑色に脈動していた角が膨張し、破裂。

 辺りに気持ちの悪い液体を撒き散らして、その中から一メートルほどの芋虫みたいなモンスター――頭上を見れば、『ロイコクロリディウムデビル』と表記されていた――が現れた。

 そいつはウニョウニョとしばらく動き回ると、目らしきものは何処にもないのにこちらを向いた。



「ゲヘェヘヘェェェヘェェヘェェヘェェェヘ?」



 口もないくせに、気色の悪い声を上げると、デカカタツムリとは比べ物にならない速さで突撃してくる。

 何とかそれを回避すると、反撃するために蹴りを入れた。

 もにゅっ、と怖気の走る感触を俺の足に残すと、奴は破裂する。



 雑魚モンスターか、と考えたとき、身体の中から緑色の体液が噴出してきた。

 突然のことだったために固まってしまい、もろにそれを浴びる。

 すると自分の手が紫色に変色し、満タンだったHPが減少し始めた。



「毒状態か……!」



 もう一匹のロイコクロリディウムデビルから距離を取り、状態異常から脱する時間を稼ぐ。

 幸いにも長時間続くことはなく、すぐに回復した。

 だが、減ったHPを回復することは現在の俺には出来ない。

 この地下水道に入る前にサラに貰った赤ポーションは持っている。しかし、それは吸血鬼にとっては毒のようなものだ。

 正確には、【吸血】という回復スキルであろうものがあるが、あいつ相手に使いたくないし、それに体液を吸うものだった場合、自分から毒状態になりに行くということになってしまう。



 混乱に陥っていた意識を立て直し、体勢を整えた。

 何だか、ボスモンスターにしては弱いなぁ、とは思っていたんだ。

 想像通りというか、デカカタツムリは自分で戦うタイプではなく、ザコ敵をたくさん呼び出すという戦闘スタイルらしい。しかも毒持ち。

 いやらしい相手だな。まともな攻撃手段がなくなってしまった。



 俺はため息を付きそうになるのを我慢し、活路を探し始めた。

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