キラー系称号

 衝撃のレベルアップ方法を思いついてから一時間。

 俺達は、この暗くてぬめぬめしてて、若干臭い地下水道を掃除し続けていた。

 ドクの体の大きさは腕で抱きかかえられるほど。大きめのぬいぐるみサイズだ。

 その面積のダンジョンモスを倒すのに、約二十秒かかる。やはり雑魚モンスター扱いなのか、かなりHPが低いな。



「きゅー」



 また一仕事終えたのか、満足気に鳴くポイズンスライム。

 俺の眷属だから良いもの、他のプレイヤーからしてみれば、こんな真っ暗なところで状態異常を付与してくるスライムがいたら、滅茶苦茶嫌だよな。



 ぽーん、とアナウンスが鳴り響き、数え忘れてしまったレベルアップを知らせてくれた。

 眷属が倒したモンスターの経験値は、多少主人の方にもはいるらしい。

 ちょっと前に、一レベルだけ上がった。これで22だ。その間、俺はスケルトンから逃げ出したりしていただけ。

 これがパワーレベリングですか。

 もしかして、今の俺とドクとで比べたら、ステータスもう負けてるんじゃねぇかな。



 地下水道の深いところに来たからなのか、さっきから一体で行動しているスケルトンを見かけない。

 そのおかげで、逃げ出してばっかりだ。少し腹がたったので、そこら辺に落ちてた骨を投げつけた。

 


 なんで骨が落ちてたんやろな〜。不思議やな〜(しらばっくれ)。



 いそいそとドクは地面を這いずり、ダンジョンモスの駆除に戻る。

 その時、鈴の鳴るような音がして、目の前にホログラムウィンドウが現れた。



『ドクが称号【モスキラー】を手に入れました』



「モスキラー……?」



 殺虫剤みたいな名前だな、と思いつつ、薄くすけているボタンをタッチする。

 すると新たな画面が表示され、称号の説明が載っていた。



【モスキラー】

 モス種のモンスターを多く討伐したものに送られる称号。

 モス種のモンスターからのヘイト値が増加。モス種へのダメージが5%増加。



 あぁー、こういう奴か。

 たくさん同じの倒したから、更に倒しやすくしてやるやで、みたいな。

 ゲームとかではお馴染みのやつなのかな? それに、この説明を読む限り他のモンスターでもこれ貰えそうだな。とすると、新しい種類のモンスターを見つけたら、絶滅させる勢いで倒すべきか。



 そんな称号を貰ったのを理解しているのか、ドクが嬉しそうに鳴いた。

 


 こころなしか、ダンジョンモスのHPを削り切るのにかかる時間が減っている気がする。

 まぁ、5%だと変化はこんくらいか。

 じゃあ、俺はどうするかなー、と辺りを見渡して、ビックラットを見つけた。



「あー……………………」



 なるほど。

 うん、この流れでアイツが来たってことは、そういうことだよな。



「――絶滅させてやる! 称号置いてけ!」



 俺は意気揚々と声を上げると、ビックラット目掛けて飛び出した。

 彼の敵は何処となく物悲しげに、か細く鳴いた。



















「よ、っと……!」



 脳天に踵を叩き込み、デカネズミをポリゴンに変身させてやる。

 悲しそうな断末魔を地下水道に残し、ビックラットは俺の経験値となった。

 それと同時に、レベルアップと称号を手に入れたというアナウンス。

 急いで確認すると、そこには目当てのものが煌々と輝いていた。



【ラットキラー】

 ネズミを多く倒したものに送られる称号。モンスターでもないのに殺戮するその姿は、動物虐待という言葉を強く想起させる。この称号を持つものの家には、一匹たりともネズミが住み着かないであろう。

 ネズミの恐怖の対象になる。ネズミに対するダメージ+10%



 ……やっぱ、ビックラットはモンスターじゃなかったんだな!

 それなのに経験値が得られるなんて、なんて美味しい存在なんだろう! いやぁ、ありがたいなぁ!

 そして、この「キラー」系の称号は、同種のモンスターを百体以上倒すことによって手に入れることが出来るらしい。今まで戦ってきたビックラットの数が、ちょうどそれくらいだ。

 


 戦ったというよりも、それはもはや一方的な殺戮――いや、死闘だったな。

 ワンサイドゲームなんて俺がする訳ないじゃないか。ハハハハハハハハハハハハ。



 さて、特に意味はないが、今後はこの称号の確認はしないでおこう。

 本当に深い意味はないんだけどね。ついでに、誰にも教えんとこ。もちろん意味などないが。



 トコトコとドクがダンジョンモスを経験値にしている現場まで歩いていくと、「きゅー」と可愛らしく鳴いてくれた。

 あぁ、ご主人の帰りをそうやって出迎えてくれると、日々のストレスが無くなっていくようだよ。

 暗いところに何時間もいて、全身骨格が追ってきて、サンドバ……デカいネズミと死闘を繰り広げれば、当然ストレスも溜まる。

 しかしそこにペット、もとい眷属がいてくれると癒やされるのだ。

 これが噂の眷属リラクゼーションですか。流行るな(確信)。



「それにしても……だいぶ綺麗になったなぁ」



 あたりを見渡せば、そこはピッカピカの石畳。

 ちょっと前まで我が物顔でへばり付いていた苔の姿はなく、素足で歩いても不快感を感じない。

 これにはブーツはいてない系男子の俺もにっこり。

 ついでにレベルも上がって、ドクもにっこりだ。



「きゅーきゅー」



 褒めて褒めて、と言うように、その体を足に擦りつけてくるドク。

 可愛いなぁ、もう! 俺、お前がいなきゃやってらんないよ!



 足元のスライムを持ち上げて、くるくると回り始めた。

 なんか感情が高ぶって色々とバグっているような気がするが、誰も見てないから大丈夫だ。

 突如始まった、歪で不器用なワルツ。中心にカンテラを置き、僅かな光を頼りに踊り続ける。

 その姿をまともに目撃してしまったダンジョンモスとビックラットは、しばらく悪夢に襲われたとか。いや、苔に目があるのかとかしらんけど。



















「何やってんだ俺」



 ふと冷静になって自分の行動を振り返ってみると、どう見ても狂人のそれだった。

 え? スライムと抱き合いながら、こんな環境で踊りだすとか頭大丈夫か? あれか、ダンジョンモスが訳の分からない粉みたいのを噴出してて、それを吸引してしまったとかない? 素面であの行動?

 ……わーお、黒歴史だ。



 俺は顔を両手で隠して、ドクのおかげで綺麗になった地面を転がる。

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!

 何やってんの何やってんの!? ばっっっっっっっっっっっっっっかじゃねぇの!

 どうしてわざわざ黒歴史を作りに行ってんだよ。マゾかよ。



 しばらくそうやって悶えていたが、もうどうにもならないと諦めた。

 手を枕にもしないで、石畳にうつ伏せになっている俺が心配になったのか、ドクが心配そうにこちらを見てくる。

 うふふ、全く問題ないよ。ただ、何故数分前の自分は、あそこまで愚かだったのだろうかと哲学していただけさ。



 ま、誰も見てないからね!(強がり) 黒歴史っていうのは、周囲の人に認識されて初めて黒歴史になるんだよ。つまり、誰も見ていなかった先程の行動は、黒歴史になり得ないんだよ。

 はい証明完了。



 完璧な理論を持って立て直したので、何事もなかったかのように立ち上がる。

 予想以上に、この暗い空間に長時間いるというのは影響していたらしい。

 早急に脱出せねば。そのためには、この奥にいるであろう悪魔をとっとと討伐する。んでここを出る。

 


 ドクが足元に来たので、気持ち速めに歩き出した。

 とは言っても、AGIの値がお察しなので、眷属にも遅れを取るレベルですが。

 え、君速くない? スライムってそんな素早くなかったよな。俺とタメを張るレベル。ポイズンスライムとはいえ、あくまでもスライム。そこまでAGIは高くなかったはずだが。



 レベルが上がった影響で、AGIが急上昇したのか。

 ビックコックローチの脚によって強化された、俺の足よりも速くなるほど。



 これからの移動、ドクに乗って行えば良いんじゃないかな。



 そう思って提案してみたのだが、全力で首(というか体)を横に振られた。

 どうも大きさの問題で、俺が乗った瞬間に潰れてしまうらしい。

 流石に愛すべき眷属を殺したくはないので、これからも移動は自分の足で行わなければならないようだ。

 でも、いつかは移動手段欲しいよな。車とか売ってないかな、このゲーム。

 現実じゃ運転できないけど、ゲームの中だったらセーフだろ。



 ペタペタペタペタ。

 素足プラス石畳という状況のせいで、だいぶ間抜けな音が歩く度に聞こえる。

 それがスケルトンを呼びやしないかと不安になりながらも、黙って前に進み続けた。

 やがて大きな扉の前にたどり着くと、その向こうから真っ黒なモヤのようなものが漂ってくるのが見える。



「なるほど、これがサラの言っていた判別方法か」



 曰く、悪魔というのは存在しているだけで悪らしい。

 であるならば、まぁ邪悪なオーラくらい放出しているものなのだろう。



 俺は意を決して、扉を押し開けた。

 構造的に、奇襲は出来ないみたいだ。この扉さえなければ、後ろからズバーとかやれたのに。



 建て付けが悪いのか、かなり大きな音を立ててゆっくりと開いていく扉。

 おい、開閉自体はスムーズなのに、どうしてこんな音が鳴るんだ。

 STRが低いせいで若干重いだけで、抵抗は感じないぞ。絶対恐怖を煽るために効果音付けたろ。

 俺には効果的なのでやめてください。死んでしまいます。



 文句を言いつつ、両開きの扉に出来た隙間から向こうを覗いてみる。

 だが、どうも想像していたのと違う光景が目に飛び込んできて、思わず困惑の声を上げてしまった。



「ナニアレ」

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