地下水道

 ……マジかー。

 俺はここ・・に入るのか、とげんなりした。



 サラに案内されたのは、教会から歩いて十分ほどの地下水道への入り口。

 石造りのそれは意外にしっかりとしているが、ポッカリと空いた口からは異臭が漂ってきている。

 下へとつながる階段の先は、あまりに暗くて見通せない。

 石製の階段にはヌルヌルとした苔が繁茂しており、少しでも油断すると足を滑らせそうだ。



「ここが悪魔達が潜む地下水道です。ネズミが生息しているだけで、悪魔以外に危険なモンスターは存在していないと思います。ですが、衛生的に良くないかもしれないので、怪我だけには気を付けてください」



 心配そうな顔をしたサラに、赤ポーションを渡された。

 普通のプレイヤーだったら喜ぶんだろうが、生憎俺は吸血鬼。回復の象徴であるこいつに二回ほど殺されている。正直、ポーションの赤が血の色にしか見えない。



 それでもまさか、はねのける訳にもいかないので、渋々受け取った。

 背中にシスターの声援を受けながら、一歩一歩慎重に足を踏み出す。

 足の裏に広がるびちゃ、びちゃという感触に、鳥肌が立ちまくった。まぁ、ゴキブリを素足で蹴ったことを考えると、それほどでもないのかもしれないが。



 階段を降りていくほど、失われていく光。

 吸血鬼だから暗視とか出来るのかと期待していたが、どうやら無理そうだ。

 少し肩を落としつつ、アイテムボックスからカンテラを取り出す。



 これは教会を出る前、サラに貰ったもので、火ではなく光る石を光源に使っているものだ。

 光る石は魔法石とかいうらしく、光属性を持っているために常に光っているのだとか。

 随分と便利に思えるが、魔力がないところでは使えないらしい。今までプレイしてきて、魔力のない場所に行ったことがないから、あまり想像がつかないが。

 そもそも、魔力とはなんぞや。と彼女に説明を求めたところ、イザベル様に対する信仰心を撒き散らされたので、記憶に残っていない。



 狂信者でなければなぁ。本当に。

 ため息を付きながら、教会にいたときよりも弱まってはいるが、ピリピリを感じて鬱陶しくなった。



 この魔法石、光属性だというだけあって、【光属性弱化】を持つ俺にダメージを与えてきやがる。

 流石に自動回復を上回るほどではない。ないが、ずっとピリピリしてとても気になる。

 


 やっとこさ階段を降りきって、俺はカンテラを掲げた。

 五分ほど下へ下へと歩き続けて、ようやく到着した地下水道。

 限りある光源によって照らされたそこは、まるでダンジョンのようだった。いや、ダンジョン行ったことないけど。



「ボスは最奥にいるのがテンプレ。これはゲームでも変わらないだろ」



 ローブの中からドクを出して、一人呟く。

 もしも本当に一人だったら孤独感が凄いだろうが、傍らにはドクがいる。

 つまりボッチではない。俺はリア充だったのか……?



 一人と一匹の組み合わせは、カンテラを頼りに地下水道の最奥を目指して歩き出した。



















「ネズミしかいないんじゃ、なかったのか!」



 斬撃を避けながら、相手に蹴りを叩き込む。

 それによって奴は怯み、その隙にドクの攻撃を受けた。

 分かりやすく、全身が紫色になる敵――剣を持った全身骨格、つまりスケルトンを眺めながら、俺はドクとの連携を生かしてとどめを刺しに行く。



 ドクが【加速】による体当たりを顔のあたりに食らわせ、視界を奪ったところで強烈なローキック。

 訓練による賜物か、腰の入った良いものが繰り出せ、スケルトンの右足が吹っ飛んでいった。

 どうやらノックバックはSTRの影響を受けないらしい。いや、影響はするのだろうが、STR値によって決められるだけではないようだ。



『スキル【強打】が取得可能になりました』というアナウンスを聞き流しつつ、片足を失ったせいでバランスを崩した敵に殴りかかった。

 相手はスカスカの骨であるため、物理攻撃をしてもあまりダメージはない。

 メイスなどによる粉砕が可能なのであれば、よく効くだろうが。



 だから、俺が取れる手段は骨を一本一本飛ばしていくことだ。

 アンデット系のモンスターのくせに、スケルトンは失った部位を再生させることは出来ない。

 流石に最初の街の中にいる敵が、そこまで強いと理不尽なような気がするが。

 あぁ、それで回復出来ないような設定になっているのか。普段「鬼畜運営」などと言ってしまってすまんかったな。



 地面に倒し、しっかりマウントポジションを取る。

 バタバタと暴れているスケルトンを、愉悦の大いにこもった目で見下ろしつつ、丁寧に丁寧に骨を抜き取っていく。

 肋骨を取り外し、そこら辺へぽい。

 体重などを利用して、何とか背骨を上下に分かつと、下半身の動きが停止した。



 何故か絶望したような目をしたスケルトンは、更に暴れ始める。目なんてないから気の所為だけど。

 しかしこいつを逃がすことはなく、頭蓋骨の一つになるまでばらしてやった。

 身体を構成するパーツが一つ一つ減っていく度に、ガンガンと削れていくHP。

 それは当然俺なんかの攻撃よりも大きなダメージだし、加えて毒状態になっている。

 頭だけになる頃には、すっかり風前の灯になってしまった。



 もはや動けまいと、拘束を解く。

 少し殴るだけでポリゴンと化すであろうそいつを見て、やはりアンデット系はしぶといな、とため息を付いた。こんな奴がうじゃうじゃといるのだろう、この地下水道には。

 


 スケルトンを踏み潰し、俺は戦いを終了させた。



『レベルが上がりました』

『称号【悪逆非道】が【悪辣なる悪魔】に変化しました』



 それと同時に、聞こえてくるアナウンス。

 お? 何でその称号が進化したんすか? 俺の持っている称号の中で、最も相応しくないランキング堂々の第一位のその称号がよぉっ!



 近くに置いておいたカンテラの光を受けて、骨だったポリゴンが輝いている。

 本来なら真っ暗である場所であるせいか、それはまるで星のように綺麗だった。



















 スケルトンとの戦いより数分。

 俺はカンテラの光を頼りにして、出来る限りモンスターとの戦いを避けていた。

 どうやら、こいつらは光を認識しているのではなく、音で存在を探知しているらしい。

 だから、それに気を付けていさえすれば、戦闘になることはない。



「……はぁー」



 数度目の邂逅を乗り切り、安堵のため息をつく。

 曲がり角でばったりと出くわした敵は、頑張って声を我慢した結果、こちらに気付かず歩き去って行った。

 壁を背中にして、ずるずると座り込む。こうして常に気持ちを張らせていたから、精神的な消耗が激しい。ステータスでも更新して、心を落ち着かせるか。



 俺はホログラムウィンドウを開いて、いつもの行動DEXに極振りをした後、スケルトン戦で変化した称号と、新しく取得できるようになったスキルを確認した。



【悪辣なる悪魔】

 悪辣なるものに送られる称号。その存在はもはや悪魔に近く、人に嫌悪感を抱かせるには十分だろう。与ダメージ+5%。NPCからの好感度−15%。悪辣なる行動に補正。



 うーん、この説明に出てくる「悪辣なるもの」って誰のことだ?

 俺は清廉潔白聖人君子コミュ強陽キャだから違うとして、その他となると……。

 …………スケルトンのことだな! 全く、死してなお動こうとするからこんなこと言われちゃうんだぞ、気を付けろよな!



 ダメージが増えるのは良いな。

 まぁ、元のダメージ量がお察しだから、それがいくら増えても……という気もするが。塵も積もれば山となる理論で。

 え、NPCの好感度? そんなの最初からゼロだからノーダメです(無敵)。



 そしてスキルは、



【強打】

 アクティブスキル。物理攻撃、特に拳、脚などの武器(ガントレット系の武器を除く)を使用しない攻撃によるダメージを僅かに増加させる。また、ノックバックを増加させる。攻撃補正、ノックバック補正はレベルによって増加する。レベルが上がるほど、MPの消費量は増える。



 ……なるほどね? アクティブスキルか。

 そういえば、俺のセットしているスキル欄に、戦闘用のアクティブスキルはなかった。全部パッシブスキルだもんな。

 でも、【強打】が必要か、というと……うーん。



 ダメージ増加はありがたいんだが、MPがなぁ。

 魔法系のステータスに振っていないせいで、未だに基本値の100。しかもドクを眷属にしているため、50が常に最大値から引かれて実質50だ。

 それに、ノックバックが増加するというこの効果。

 聞いたことがあるぞ。これはパーティー用のスキルだな!? 俺には関係ないじゃないか!



 そう思って、手に入れたスキルポイントを別のに振ろうとしたのだが。



「あ、いや、待てよ? どうせ俺はこれからも近接戦闘をやっていくんだから、ピンチになることもあるはず。その時は相手も近くにいるはずだから、ノックバックでふっ飛ばせば窮地を脱することが出来るんじゃないか……?」



 緊急脱出用のスキルだと考えれば、あまり使わないだろうしMP消費も大丈夫だろう。

 あと、もしかしたら必殺技的な使い方もできるかもしれない。男の子にとって、やはり必殺技とは憧れるものよ。もちろん俺は中二病などではないので、そこまでなんですけどね。



 緊急脱出と、必殺技。

 そんな二つの理由から、新しいスキルを取得することにした。

 スキルスロットは既に五つ埋まっているから、何か外さなければならないのだが……。



「まぁ、【杖】だよね」



 杖をペイっとした。

 STRがゼロになってしまったせいで、杖が装備できねぇんだよ! だったら要らないだろうが!

 杖スキルくんとさよならバイバイして、新たな仲間を迎え入れる。



 こうして俺は、新しいスキルをセットしたのだった。

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